第34話 心の距離

 珍しく、芽久美は自力で起きることが出来た。

(…この間もそうだけど、私の体って都合がいいな。)

 ぼうっと朝日で照らされた床を見ていると、タイミングよく電話がかかってきた。画面を見ると、明楽の実家からだった。

「…もしもし。」

『あっ、芽久美ちゃん?おはよう。』

「おはようございます…。どうしたんですか?」

『もしかしたらもう明楽から連絡あったかも知れないけど、あの子熱出しちゃって。学校に行けそうにないから、今日は一人で行ってもらえる?』

「わかりました。…明楽、大丈夫ですか?」

『どうも昨日帰ってきてから元気がなかったのよ。風邪かしら…、芽久美ちゃんも気をつけてね。』

「はい…。お大事にとお伝え下さい。」

『ありがとう。じゃあ、またね。』


「…明楽、熱出しちゃったんだ。」

 会わなくて済むのは有り難かったが、心配だ。

 すっかり目が覚めた芽久美は、顔を洗ってキッチンに向かった。

(…いつも朝ごはんは明楽が手作りしてくれてたもんな。)

 何も置いてないテーブルを見ると、とてつもなく寂しい気持ちになった。

(もう、作ってもらえないよね。もう、一緒に学校に行くことも…。)

 立ち尽くして泣いていると、母が夜勤から帰ってきた。

「ただいま…って、どうしたの!?」

「お母さぁん…!」

 母にしがみついて芽久美は泣きじゃくった。

「明楽を傷つけちゃった、もう仲良くしてもらえない…!」

 子供のようにボロボロと泣く芽久美を、母は優しく抱きしめた。

「明楽くんがあなたの事嫌いになるわけないじゃない。」

「だって、だって…!」

「人同士だもの、時にはすれ違うこともあるわ。でも今までずっと一緒に居たんだから、その絆が簡単に無くなったりはしない。大事なのは、長引かせないこと。直ぐに謝れば、また仲良くなれるわよ。」

「そうかな…?」

「えぇ。だから落ち着いて。ね?」

「…うん。」


 母は芽久美を座らせると、疲れているだろうに朝ごはんを作ってくれた。

「フレンチトースト、好きだったわよね。」

「…うん、昨日も明楽が作ってくれた。」

「流石!明楽くんは芽久美の事何でも知ってるわね。」

「……。」

 元気づけるようにわざと明るく言ってくれた母に、芽久美は否定も肯定も出来なかった。

(……坂本くんのことは、明楽には言えないな。)

 何でも話していた間柄に、初めてできた秘密だった。



「おはよう、坂本くん。昨日はありがとう。」

「おはよ、元気?」

 隣の席に座った坂本くんは芽久美の顔を見つめた。

「…元気、って言ったら嘘になるかな。」

「…そっか。」

 深くを聞いてこない坂本くんは、やっぱり優しい。

「おっはよー!!西原、今朝は明楽と来なかったの?あいつ休み??」

 坂本くんとは真逆の人間、三上が話しかけてきた。

「…熱で欠席。」

「あいつが熱!?めっずらしー。」

「太郎、そろそろ席付けよ。先生来るぞ。」

「なんだよ真司しんじ、真面目くんだなぁ。」

 三上は興冷めだ、といった感じで自分の席に戻っていった。

「ありがとう、坂本くん。」

「どういたしまして。」

 何が、と聞いてこない辺り明楽とはやっぱり違う。芽久美は少し安心してホームルームが始まるのを待った。

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