第31話 自覚

 結局この日、芽久美から話しかけてくることは無かった。

(俺が何をしたっていうんだよ…。)

 もやもやしたまま部室に入ると、逸先輩が着替えていた。

「おう、おつかれ。」

「…おつかれーっす。」

「どうした?元気ないな。」

「幼馴染と、ちょっと…。」

 自分のロッカーを開け、荷物を置いてネクタイを緩めた。

「喧嘩?」

「喧嘩じゃないと俺では思ってるんですけど、今朝から口聞いてくれなくて。」

 今朝あった事を先輩に説明していると、先輩までため息をついた。

「鈍さは可愛さでもあるけど、鈍過ぎたら時に人を傷つけるぞ。」

「そんなこと言ったって、分からないものは分からないし…。」

「ふーん…。」

 先輩は少し黙って、俺の前まで近づいた。そして―


 ダンッ


「!!」

「…異性に・・・こうされてなんとも思わない奴居るか?」

 先輩は俺を隅に追いやった。腕で俺のサイドを防ぎ、逃げられないようにしていた。

「えっ、あの…。」

 驚く俺を無視し、先輩は顔を近づけてきた。

「…!」

「西原とはどれくらい近かったんだ?」

 先輩の目は本気だった。真っ直ぐに俺のを見つめ、互いの鼻が触れそうなくらい近くに顔がある。

「せ、先輩…っ。」

 どれほど時間がが流れただろう。俺としては永遠にも感じる長さだった。

「…お前がしたのはこういう事だ。」

 押し黙っていた先輩がふと顔をずらして俺から離れた。

「……。」

 俺は何ということをしていたのだろう。事の重大さに今やっと気づいた。

「…ありがとうございます、ようやく分かりました。」

「…それなら良かったよ。」

 先輩は、耳まで真っ赤に染まっていた。



 部活が終わり、着替えて玄関まで移動すると、既に芽久美は来ていた。

「…お待たせ。」

「…お疲れ様。」

 未だ気まずいながらも、返事が返ってきたことに少し安堵した。

「今朝のことだけど。」

 俺が切り出すと、空気がピリッと張り詰めた。

「…悪かったよ、デリカシーが無かった。」

「…いいよ、幼馴染だし、なんとも思わないのは仕方ない。」

 再び重い沈黙が流れた。やけに雨の音がうるさく聞こえる。

「…謝りたいのはそれだけじゃないんだ。」

「え?」

 この先を言おうか迷った。言ったらきっと今までの関係では居られなくなる、そんな感じがした。

「……。」

 言い淀んでいると、芽久美が口を開いた。

「あの子のこと、よっぽど好きなんだね。」

「えっ…。」

「でも、諦める気無いから。」

(違う、そうじゃない…。)

「ずっとアタックしてれば私にだってもしかしたら―」

「ごめん。」

 耐えきれず遮ってしまった。これ以上は言わせたくなかった。希望を持たせてはいけない。

「…俺、芽久美がって言うより、女の子が駄目みたいだ。」

「どういう事…?」

「……女の子には、ときめかない。」


 芽久美の持っていた傘が手からストンと落ち、その音は玄関に響き渡った。

「…女の子にはときめかないって、意味が…わからないんだけど。それじゃまるで、明楽が…。」

 小刻みに震えだす芽久美。

「…多分、男が好きなんだと思う。」

「っ。」

 俺の返事を聞いて、彼女は逃げるように走って行ってしまった。…落とした傘を置き去りにして。

「…ごめん。」

 俺はもうここには居ない芽久美に謝るしか出来なかった。

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