第2話 戸惑う男の娘

「困ったことになった…。」

 今までの恋愛対象は女性だった。この姿・・・はあくまでファッションとして楽しんでいるだけで、心まで女性になったつもりはなかった。

「何が困るの?ヒールは取ってもらえたじゃん。」

 確かにヒールは取ってもらえた。しかし、余計なものまで取られた気がする。

「うーん…。」

「変な明楽。」


 足を捻ったこともあり、今日のショッピングはお開きとなった。

「足、大丈夫?」

「うん、湿布でも貼っておくよ。」

「そっか。あ、今日は送ってくれなくて大丈夫だよ!まっすぐ帰ってね。」

「わかった。じゃ、また明日。」

 手を振って別れ、そのまま帰路につく。

(…女の子の格好をし過ぎて感覚が麻痺ってきたか?)

 女性の格好をしている間は自分のことを「ワタシ」と呼び、なるべく話し言葉も女性らしくするように心がけてはいた。

 15歳の割には身長も低く華奢な体格だったため、立ち振舞にさえ気をつければ男性だと気づく人は居なかった。なんなら、ナンパだってされたことがあるくらいだ。

(確かにこんな姿を定期的に見てたら、心も乙女チックになるかもな。)

 帰って自分の部屋に戻り、姿見で全身をくまなくチェックした。

 ツリ目がちな目はアイテープで二重にしてマイルドな印象に変え、更にマスカラで自まつ毛の長さとボリュームをアップ。小さめの口には淡いピンクのグロスを塗ってぷっくりさせている。身につけている紺のプリーツワンピースは、スカートの裾にラメが付いていて動く度キラキラと光る。我ながらおしゃれで可愛いと思う。

(…どっからどう見ても女だよなぁ。)

 技術も去ることながら、明楽の体型は女装に向いていた。完成度の高さに満足していると、部屋の扉がノックされた。

「明楽、そろそろ夕飯にしましょう。」

「あ、うん。着替えてから下降りるよ。」

 急いでメイクを落とし、男物のジャージに着替えた。キッチンに降りていくと、両親は既に居り、母が親父のご飯を器に盛っているところだった。

「ごはん、どれくらい食べる?」

「並で良いよ。」

 母が盛ってくれたごはんを受け取っていると、それを見ていた親父が大きくため息をついた。

「お前、まだ女装なんかしているのか。」

 慌てて着替えたからか、ブレスレットを外すのを忘れていた。

「…いいじゃん、ファッションを楽しんでるだけだし。」

「良くない。近所の人が見てるんだぞ、恥ずかしい。」

 いつも親父は俺のすることにケチをつけたがる。誰かに迷惑をかけているわけでもないのに。

「それ、俺の完成度を見てから言えよ。半端な女装じゃない。普通にナンパだってされるし―…」

「お前は男であることに不満でもあるのか?わざわざヒラヒラしたものを着て。ナンパされるということは、それだけ隙があるってことだろう。何を自慢しているんだ。」

「親父は俺のすることにケチをつけたいだけだろ!!」

 勢いよく立ち上がったせいで、まだ一口もつけていない味噌汁が溢れてしまった。

「学校でも家でも男として過ごしているし、別に女になりたいわけじゃない!」

「だったら女装なんて恥ずかしい真似するんじゃない!」

「時代遅れなんだよ!ファッションとして楽しんで何が悪い!」

「後ろ指を指されているのを知らないのか!?いつまで恥を晒すつもりだ!」

「それは親父が勝手に被害妄想してるだけだろ!」

 どれだけ話をしたところで、この人には通じない。いつだって世間体を気にするばかりで、俺のことを見てくれない。

「口を開けば”恥ずかしい”だの”情けない”だの。もう聞き飽きたんだよ!!」

「明楽!」

 呼び止める声を無視し、俺は飯も食わずに自室に戻った。

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