3

 翌日。エボニーは目を覚ますと、ウィスタリアに声をかけた。ウィスタリアは既に目を覚まして身支度を済ませていたようだったが、エボニーが起床するまで待っていたようだった。


「おはようウィス。早いな」

「おはよっ! エボニー!」


 ウィスタリアは満面の笑みを浮かべている。


「エボニー♡」


 ウィスタリアはエボニーに飛びついて抱きしめると、そのままベッドを転がった。


「あだだだだだちょっちょっと待って」

「だって久々なんだもん! 我慢できないの!」

「全く……変わってないな」

「うん♡」


 ウィスタリアはエボニーの腕にしがみつくように腕を組む。そして突如、動きを止めた。


「ウィス……?」


 ウィスタリアの腕を離しながらエボニーが彼女を見ると、ベッドの付近にある窓をじっと見つめていた。


「ねえエボニー……あれ……なに……?」


 エボニーも窓を見て、外を確認してみる。するとウィスタリアが指差した方向に、どす黒い影のような黒い物体があった。そして近くにいた村人を襲っているようだった。


「助けないと!」

「うん!」


 エボニーとウィスタリアは急いで家を飛び出した。だが、エボニーよりも先に村人が一人、その黒い影のようなものに向かっていく。黒い影からは凄まじい殺気や威圧感を感じる。明らかに、普通ではないとエボニーは思った。


「おいあんた! 危ねぇぞ!」

「うるせぇ! 黙れ!」


 エボニーの制止に聞く耳も持たず、その村人は黒い影に向かって行った。


「グオオオオ!」


 すると突如、黒い影が巨大な腕のような形に変わり、村人は吹っ飛ばされてしまった。


「ぐあぁあっ!」

「大丈夫か? しっかりしろ!」


 エボニーは倒れた男の肩を持って起こそうとするが、村人は気を失っていた。


「やるしかないか!」


 村人を安全そうな木陰まで運んだ後、エボニーは魔法を使う体勢になった。


「バトルモード、オン!」


 エボニーはそう叫ぶと身体から魔力を発生させ、それを鎧のように纏った。これは魔力により自らの身体能力を強化する、強化魔法だ。


「行くぜ!」


 エボニーは拳を構え、黒い影に突っ込んだ。


「うおおぉりゃああ! ガイアパンチッ!」


 エボニーはパンチを放った。しかし、手応えがない。まるで空気を殴るような感覚だった。


「グワアアアアアアアアアアアア!」


 が、黒い影が悲鳴のような声を上げた。攻撃は確かに効いているようだ。


「物理攻撃もちゃんと効くってか! 見掛け倒しだな!」


 エボニーは再び構え、打撃を連続で黒い影に浴びせた。


「グオオォッ!」


 黒い影はエボニーに反撃してきた。巨大な腕を振り回してくるが、エボニーは軽々と避けていく。


「遅い!」


 エボニーは回し蹴りを放つ。


「グアアッ!?」


 黒い影はよろけながら後退する。


「よし! あと少しで倒せる!」


 エボニーはもう一度攻撃を仕掛けようとする。だがその時、


「グオァアアッ!!」


 黒い影が雄叫びを上げ、身体がどんどん巨大化していく。


「おいおいおいおいなんだなんだなんだ!?」


 エボニーは慌ててその場から離れる。そして黒い影は四倍近い大きさまで膨れ上がった。


「デカくなりすぎだろ!」

「エボニー! 後ろ!」


 その光景に呆気に取られていると、後ろからウィスタリアの声が聞こえてきた。振り返ると何か小さなものが猛然とこちらに向かってきているのが見えた。


「今度はなんだ!」


 エボニーは飛んでくるものを避ける。しかしその小さなものの狙いはエボニーではなく、黒い影のようだった。


「ブヒィィ!」

「い、犬ぅ!?」


 その小さなものは、短い鼻と立った耳が特徴的な白い犬だった。その姿は、アンバーととてもよく似ていた。


「あの子……まさか、アンバーの……」


 ウィスタリアが呟く。


「……隠し子?」

「んなわけないでしょ!」


 ウィスタリアの発言に戦闘中にも関わらずエボニーはツッコんでしまったが、白い犬は速度を落とすことなく、黒い影へと突っ込んでいった。


「グワアアアアアアアアアアアア!」


 すると黒い影は、銅鑼の音のような巨大な悲鳴を上げながら空へと溶け込み、消滅した。


「き、消えた……」


 黒い影が完全に消えると、先ほどまでの威圧感や殺気が嘘のように消え去った。


「バトルモード、オフ……」


 エボニーはそう言い、魔力の鎧を脱いだ。


「間に合って良かったブヒ」

「え!?」


 戦闘が終わり一息つこうとすると、白い犬が流暢に喋り、エボニーは目を疑った。確かにアンバーと似ているが、見た目は普通の犬であるため、獣人であるとは思えなかった。


「君が心魔怪しんまかいにダメージを与えてくれてなきゃここまで楽に倒せなかったブヒ。ありがとブヒ」


 白い犬はそう言うと、お座りの姿勢になった。


「あー……。俺はエボニー。バー爺……アンバーの知り合いなのか?」


 とりあえず、エボニーは自己紹介をして、白い犬に尋ねた。


「アンバー? 誰の事だブヒ? ブヒはポコっていうブヒ」


 ポコと名乗った白の犬は首を傾げた。


「知らないのか……この村の長老で、俺の育ての親だよ」

「そうブヒか。きっといい人なんだろうブヒね」

「そうなんだよ! 珍しく話が分かるやつだな!」

「ブヒヒ……照れるブヒねぇ……」


 エボニーの言葉にポコは嬉しそうな表情を浮かべ、エボニーもそれを見て笑顔になった。


「それよりワンちゃん! あの黒い影、しんまかい? って言うの? それって何なの?」


 隣に来たウィスタリアの質問にエボニーははっとし、軽く頭を振って表情を整えた後、ポコに向き直った。


「そうだった。お前、アレが何なのか知っているのか?」

「あれは心魔怪……人間の心の闇が具現化したものブヒ」

「人間の心の闇……」


 エボニーはポコの話を聞いて眉間にシワを寄せた。そんな怪物がいるなんて話、今までどこでも聞いた事が無い。


「人間には様々な感情があるブヒが、その中でも特にネガティブなものが具現した存在が心魔怪なんだブヒ。心魔怪は人間の負のエネルギーを吸収しているんだブヒ。ちなみにブヒは、善の心が具現化した、善魔怪ぜんまかいだブヒ」


 ポコの話を聞いて、エボニーは耳を疑った。


「善の心が具現化って……犬じゃないのか?」

「ブヒは元々シンタ……ブヒの宿主が飼っていた犬だったブヒ。その姿を借りてるブヒ。だからブヒは犬だけど、犬じゃないブヒ。でも元々のブヒの記憶もあるから、犬といってもいいかもブヒね」

「私……すっごく混乱してきた」


 ウィスタリアが頭を抱えてゆらゆらしている。


「大丈夫だ。俺もよくわかってない」


 エボニーも理解不能な言葉が続き、頭が痛くなってきていた。


「ブヒぃ……どうすればわかってもらえるブヒかねぇ……」


 そうしてしばらく沈黙が続いて気まずくなりかけたその時「ポコー!」という声が遠くから聞こえてきたのだった。

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