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「おかえりエボニー。待っておったぞ」
「ああ! ただいまバー爺!」
エボニーが村に着くと、村の長老であり、エボニーの育ての親でもあるアンバーが出迎えてくれた。バー爺というのはエボニーが付けた愛称である。
「元気にしておったか?」
「おう! 最強の魔術師になって帰ってきたぜ!」
エボニーは笑顔で答えた。
「最強……か。あながち今のこの国では本当にそうなのかもしれんのう」
アンバーは鼻をフガフガ鳴らしながら笑った。アンバーは短い鼻が特徴的な犬の獣人であるため、自然とそういう音が鳴るのである。そういや獣人ももうほとんど絶滅しちまったんだよなと、そんなアンバーを見てエボニーは思い出した。
「俺はそんな重い話をしに帰ってきたんじゃねえよ。もっと明るい話をしようぜ!」
「そうじゃな。どこもかしこも絶望で溢れかえっているが、わしらだけでも気をしっかり持たんとな」
「そうだぜバー爺! 下じゃなくて上を見ようぜ! 上にはヤバいのいるけど!」
「ふぉっふぉ……相変わらずで安心したわい。ウィスも喜ぶじゃろう」
「ウィスか。今どうしてるんだ?」
「普通に家で元気にしておるぞ」
「良かった。本人は大丈夫大丈夫だからって言ってたんだけどちょっと心配だったんだよ。ウィスとまた一緒に暮らすんだし、元気じゃないと困るしな」
「それじゃ、早速家に向かうとするかの」
「ああ!」
こうしてエボニーはアンバーと共に、両親が自殺して以来、自分が暮らしていた家へと向かった。道中、数少ない村の人々がエボニーに怪訝そうな目を向けている事を感じた。
「エボニーが帰ってきたらしいぞ」
「留学してたらしいけど、今更意味あるのかしら?」
「どうせ遊んでただけなんじゃないの?」
「帰ってこなけりゃ良かったのに」
「ウゼぇ奴が戻ってきたよ」
「さっさとあいつも自殺しろよ」
「犬ジジイも何考えてんだか」
耳を立てずともそんな声が聞こえ、村人たちからは全く歓迎されていないのはエボニーはすぐに理解した。
「気にするでないぞ。あれからずっとそうじゃからな」
「大丈夫。わかってるって」
アンバーが空を指差しながら言い、エボニーは頷いた。こういうことは村に向かう間だけでも何度も経験しているし、反応すればますます火に油を注ぐ結果になって収集が付かなくなる事もとっくに理解している。
「だからこそ、どうにかしたいと思ってんだけどなぁ」
エボニーは空を見上げながら苦笑しつつ呟く。
「わしはいつでもお前の味方じゃ。それだけは変わらないぞ」
エボニーの肩を、アンバーは柔らかい肉球で優しくポンポンと叩いた。
「ありがと、バー爺」
エボニーはアンバーと共に自分の家にたどり着くと扉を開けて中に入る。するとエボニーが帰ってくるのを待ちわびていたらしいウィスタリアが、エボニーに飛びついてきた。
「おかえりなさい! エボニーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
「うわぁ!」
ウィスタリアはエボニーに抱きついて頬擦りする。彼女の桃色の長い髪が顔やら首やらに触れてエボニーはくすぐったかった。
「会いたかったよぉ! 寂しかったよぉ!」
「わかった! わかったから離れろ! ウィス!」
エボニーはウィスタリアを引き剥がすと、アンバーに目を向けた。
「相変わらずで安心したじゃろ?」
「ああうん……安心したぜ……」
「どうだった? 学校は? 楽しかった?」
ウィスタリアは再びエボニーに抱きつきながら、目を細めて尋ねる。
「色々あったけど楽しかったぜ。でもウィスに会えなかったのはちょっと――」
「だよねだよねだよね! 私もエボニーに会えなくて寂しかったもん! 私にも魔法の才能があったらなぁ! エボニーに寂しい思いさせずに済んだのに!」
「でも、これからまた一緒に暮らせるし」
エボニーはウィスタリアの頭を撫でてやる。ウィスタリアは嬉しそうに微笑むと、今度はエボニーの手を握った。
「エボニー、大好き♡」
「わかってるわかってる」
エボニーもウィスタリアの手を握り返すと、ウィスタリアは思いっきり腕を上下に振り回した。
「わーいわーい♡」
「これこれ。エボニーは長旅で疲れとるんじゃ。少しゆっくりさせてやれ」
「はーい……」
アンバーが窘めると、ウィスタリアは不満足そうな顔をしつつも手を離してくれた。
「今から夕食を作ろうと思う。それまで部屋でゆっくりするといい」
アンバーにそう言われ、エボニーは「ありがと……」と息を切らしながら言った後、二階にある自室へと向かった。
エボニーは部屋の扉を開ける。中に入ると、ベッドの上に見た事もないような服を着た少女が座っていた。
「人は心の闇と共に生きていくことで強くなるんだよ」
少女はそう言うと立ち上がってこちらに向かってくる。エボニーは咄嗟に魔法を発動する体勢を整えた。
「あれ……?」
しかし、瞬きをすると少女の姿が消えていた。エボニーは辺りを見渡す。だが、やはり姿は見えない。
「疲れてるせいか……?」
そのせいで変な幻でも見えたんだろうか。エボニーはため息をつくと、やっぱり長い間誰も使った痕跡もないベッドに倒れ込んだ。
(さっきのは一体何だったんだ?)
幻覚にしては妙に現実感があった。それにそもそも今まで疲れていてもそんなものを見た経験は一度も無い。エボニーは考えながら寝返りを打った。その時、ドアがノックされている事に気づいた。
「エボニー。おるかのぅ?」
声の主はアンバーのようだ。エボニーは起き上がると「いるよ。どうぞ」と言った。アンバーが部屋に入ってくる。
「夕食の支度ができたが、食べれるかの?」
「うん。ありがとう。食べるよ」
(今は考えるのはよそう。せっかく家族と再会できたんだしな)
そう思い、エボニーは再びリビングへと戻ったのだった。それから少ししてエボニーは食事を食べ終えると、再び二階の部屋へと向かいベッドに座って考え始めた。
(やっぱりさっきのは一体何だったんだ?)
「どうしたのエボニー……?」
なぜかウィスタリアも部屋までついてきていた。
「ウィス!?」
「あ、え、えっと……やっぱり、迷惑……かな? でも、心配だったから……」
ウィスタリアは申し訳なさそうな表情をしながら訊いてきた。
「お前のせいじゃないよ。ただ、さっきちょっと気になる事があってな……」
「気になる事?」
「ああ。一応聞いてみるけど、この家に他の誰かが住んでるって事は無いよな?」
「え? 無いよ?」
「だよなぁ……実はさ、さっき変な格好をした女の子の幻が見えたんだよ」
「女の子ぉ!?」
ウィスタリアはそのワードを聞いた途端、表情を変えて、エボニーをベッドに押し倒した。
「うわっ! ちょ、ウィス!?」
「ど、どこで見たの!? どんな子だった!? 可愛いかった? ねぇ!」
ウィスタリアは興奮しながらまくし立ててくる。
「さっきここのベッドで見たんだけど……やっぱ気のせいだな。忘れてくれ」
「待ってよ! 何か世界の存続にまつわる重大な秘密があるかもじゃん! 教えてよー! ほら早く! どんな顔だった!?」
「いや、だから一瞬見えたような気がしたかなくらいで覚えてない……あーもうどんどん忘れてきたぞ……」
「そっか……そうだよね……。ごめんねエボニー。私ったらつい取り乱して……」
「怒ってないよ。それより俺はもう寝るぞ。朝から歩きっぱなしだったからな」
「……エボニー」
「ん?」
気づくと、ウィスタリアがエボニーの寝間着の袖を掴んでいた。
「一緒に……寝よ?」
エボニーがウィスタリアの顔を見ると、茹でたように真っ赤になっていた。
「その、私達幼馴染だし……何ならもう家族だし……エボニーの事は昔からよく知ってるし……」
「昔はよく二人で同じ布団で寝たもんな。懐かしいな」
「そうでしょ! それで、久しぶりにどうかなって思って……」
「いいぜ。久々の再開だしな」
「いいの!? エボニー大好きぃ!」
ウィスタリアは喜びを爆発させたかのようにエボニーに抱きついた。
「いくらなんでもはしゃぎすぎじゃないか?」
「だって嬉しいんだもん。ずっと会えなくて寂しかったし」
「そうか……そうだよな」
エボニーはウィスタリアの頭を優しく撫でながら呟いた。それから、ウィスタリアに笑顔を向ける。
「俺も会いたかったよ。ウィス」
ウィスタリアは顔を赤くして俯く。
「そんな事言われたら照れるよぅ」
エボニーはウィスタリアの頬に手を当てて言った。
「やっと再会できたんだ。今日はお互いの思い出話に花を咲かせようぜ」
「うん。あの時は……」
二人はこうして、夜遅くまで語り合ったのだった。
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