第3章・3
汽車は、五両で動いている。
材料を積んでいた荷台が二両分。
ドワーフの休憩所兼細かな資材置き場としての、客車が一両。
石炭を積んだ燃料置き場が一台に、機関車部分である。
揺れる荷台の上を歩くのは、非常に大変だった。
だが、傍らのドワーフは、そんな中でもズンズンと歩いて行く。彼らは、想像していたよりも重く逞しい。彼が揺れる度に、腰をぎゅっと掴む。まるで岩に捕まれているかのように、体が安定する。
荷台と荷台の間は、隙間が空いている。
下の線路が見える。――ここを飛び越えるのか?
と思っていたら、後ろから襟首を掴まれ、投げ飛ばされた。
「止まらずに、行くぞ」
あの大きな武器を投げる怪力だ。
簡単に持ち上げられて、飛ばされた。
怖いという考えが、頭に思い浮かぶよりも早い出来事だった。
車両と車両の間は、そんな飛ばされながら、ドワーフの散らかした客車を通りぬけ、石炭の上に放り出され、何とか機関車部分にまで辿りついた。
「ポド!」
スコップを握っていたユールが、真っ黒なわたしに気付いた。
「なんで、こんなところに」
「いいから、今すぐ街に連絡を取りたいのだけど」
「一応すでに俺らの会社には連絡してある」
と答えたのは、ホヅディルさんだった。
「だが、城にはまだだ。龍を連れて、帰るとなったら何を言われるか」
「だから、その前にちゃんと準備をしてもらわないといけないんです。ホヅディルさん、わたしが話しますから」
「いいのか?」
「まあ、今だからこそ、ですかね」
わたしは、なんとか笑おうとした。
うまく笑えたのかは、分からない。
連絡用の札に、大統領執務室と書き記す。
それで、大統領の部屋へと連絡が取れる。
「もしもし、おばあちゃん!」
『私は、アナタのおばあちゃんじゃない』
「え、お母さんっ? なんで、おかあさんがそこに?――というか、おばあちゃんは?」
『いろいろと訂正すべき点があります。私もアナタも仕事中のはずよね、それなのに家のように“おかあさん”だなんて情けない。ちゃんと役職名で呼ぶこと』
「でも、今はそれどころじゃ……」
はあと大きなため息が聞こえた。
おかあさん――いや、ポミ官房長官は、辛そうに悲しそうに大きく息をついた。
『本当にそれどころじゃないわね。さっきから大統領の姿が見えず、代理で私がここに詰めている。上の姉さんたちは全員国外に行ってしまっているしで』
「さらに大きな問題が起ころうとしてまして」
後ろで轟音が響いた。
客車の影で、何が起きているのか分からない。
「一時的に、わたしたちは街に戻っています……
『龍? そんな神話の話が……え?』
部屋の中で、誰かとの声が聞こえる。
『今、南方の見張りから、龍を見たという話が来た――そういうことはさっさと報告しなさいっ!』
「えっと……大丈夫?」
『少し前に、西の砦の見張りが「大亀裂」から浮上する龍をみたという話が、今になって届いたわ。今になってね! どうやら本当に、龍が現れたということね』
「それでね」
『今から軍隊を整え、街の前で食い止めるわ。あんたは何もせず、さっさと隠れるように』
「いえ、聞いてください。大統領代理――違うんです」
『私も、出るから、この話はおしまい』
勝手に、通信が切られそうになる。
「待って!」
『何? こっちは忙しいのよ』
「お願いがあります。できれば、多くの兵を出さないでいただきたい。少数精鋭の火の魔法使いで攻撃を。あとは防御とみんなの避難を」
『そうだ、城のみんなを避難させないと』
「城内も、街の魔法使いのみなさん以外もです」
『リヒロたちは、私たちの話には従わないでしょう?』
ちらりとホヅディルさんの方を見る。
彼も、ちらりとこちらを見たが、すぐに前に視線を戻した。
「街には、すでにホヅディルさんが連絡をしているそうです。街は大混乱に陥っているでしょう。なので、全員で助けてあげてください。魔法使いとリヒロが、また一つに――ヒトとしてやって行けるように」
『ヒト?――まあ、何か分からないけれど、何か手立てはあるの?』
「できるかは分かりません。でも、やれるだけはやらないと」
そう言って、こちらから通信を切った。
ここまで母と話せたのは、いつぶりだろうか。
いつもすぐに目を逸らし、どこかへと行ってしまう母。
街のために、城のために、同じ目的のために動くことができるなんて。
「で、本当に策はあるのか?」と彼は心配そうに言った。
「いえ、本当に些細なことだったんですけど、倒し方を思い出したんですよね。そう言えば、おばあちゃんが昔ちょっとだけしてくれた寝物語なんですけど」
そうか、とホヅディルさんは静かにつぶやいた。ここまで焦っている彼は初めて見た。
そして、彼の目は、優しくユールを見つめていた。
「とりあえずわたしたちは荷台に戻りますね――」
瞬間、また汽車がぐらりと揺れた。
後ろは、大丈夫なんだろうか。
「ポドっ!」
客車の屋根の上で、ガブリエットが叫んでいた。
「どうして、そこに? 何かあったんですか?」
「盾の準備よりも早く、炎でやられてね。荷台の部分が二つとも燃え尽きた。ドワーフたちは軽いやけどを負ってはいるが全員無事だ。今は客車の中に入っている」
「あ、荷台が焼けた? 本気で言ってるのか?」
ガブリエットの発言にいち早く答えたのは、ホヅディルさんだった。
怒りと焦り――それと困惑が次々と顔に現れる。
おそらく心配とともに、もう一度作るという面倒くささがふと頭に浮かんだのだと思う。
「エルフの兵士も、残り1人。それも馬を捨てて、なんとか生き延びただけだ。道の途中でこちらには追いつけないだろう」
「なんとかして、こっちで仕留めましょう。街に辿りつく前に」
街の端、南方の壁がだんだんと近づいてくるのが見える。この速度では、すぐにそこまで辿りつくだろう。街に魔法使いの配備は終わるだろうか。
「仕留めるって言っても……」
「タイミングを見て、火球の魔法が撃ち込めればいけると思います」
「ポンの作った札なら、もしかしたらいけるかもしれないが……それにどの程度の威力があるのかは分からないだろう?」
「いいえ、威力はいらないと聞いてます。ホヅディルさんのライターと一緒ですよ。一番熱のたまっているタイミングで、さらに熱を与えれば――」
「そういうことかっ!」
つまりは、火を吐く前のたった一瞬のチャンスにかけて、龍の真ん前に立ちはだかり、火の札を打ち込む。それが成功し、うまく龍の体が燃え尽きればこちらの勝ち。
でも、それが失敗すれば火にまかれるだろう。
ガブリエットさんには水の盾を広げて、汽車を守らなければいけないという仕事がある。
水と火という二つの魔法の相性を考えると、札を使う者は盾よりも前に立たなければならない。まさに勝負の分かれ目が、自分の生死を分ける戦いになる。
「おばあちゃんの『魔法は』信用してます。わたしがやりますから」
「それは……」
わたしは客車の上に昇る。
三人の視線が、痛いほどわたしに注がれているのを感じていた。
分かっている。
こんなわたしがと。
だからこそ、ここで実験の贄に成るべきだ。
あとは、出来る人たちが失敗から何かを学べばいい。
「わたしなら大丈夫です。防御の呪文だけは、得意ですから」
「そんなので防御できたら、苦労はしないと思うけれど」
「わたしの防御魔法、見たことないから言えるんです。すごいんですよー、はははは……」
それに――、とわたしは口を滑らす。
「それに、わたしなら死んでも大丈夫でしょうし」
――
瞬間、わたしの頭に石炭が飛んできた。
「痛っ」小さな欠片だったけれど、小石程度の重さはある。
それが額に当たった。それが深めの傷となって、血がたらりと落ちてきた。
「……何を」
後ろを振り返る。投げたのは、ユールだった。
その顔は、怒りで真っ赤になっている。
彼女は持ち場を離れ、石炭の上に乗っている。怒りに任せて、ザクザクと力強くそれらを踏みしめて、こちらに向かってくる。ホヅディルさんも止めようと出てくるが、それでも彼は止まらない。
ユールは、力強くわたしの襟首をつかんで叫んだ。
「命は、そんな簡単に捨てていいものではない!」
「だって」
「誰の命も安くない。ヒトの命は安くなんてない。あの時、オレが――私が――もっと力があれば、多くの命を」
「何を言っているの?」
「何を?」
自分でも、分かっていないかのように首をひねる。
「ホヅディル」
と、ガブリエットさんは、身をひるがえしながら言う。
「たぶん、今がこの時だと思うぞ」
「……」
対する彼は、何も言わなかった。
だが、その無骨な手をユールの頭に置いた。
「なんだよ」
「たしかに、今がその時かもしれないと思ってな」
頭をわしゃわしゃといじくり回す。
「何をしたいんだ、あんたは」
「お前の生まれについて、話さないといけないと思ってな」
そして、彼は静かに語りだした。
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