第0章-表-・3

 戦争は一時、東の城――ポンの城にまで圧されてしまったが、何とか巻き返しを図ることもできた。他の大陸からの増援が望めたからである。

 兵士の最前線には、四つの魔石を持つ英雄たち。

 彼らが自身の力で敵陣を切り開けば、それこそが士気の増加に繋がった。


 特にゴルヴィアス王は、ドワーフの発見した魔法を防ぐ金属・<王白銀シルブ・オキバルド>の盾を持ち、風の魔石を嵌め込んだ大剣を持って、自ら先陣を切り戦った。一太刀で一軍を切り裂く王は、指揮を上げることにもなり、押し込まれた戦線を再び大陸の中央まで押し戻したのである。

 さらに、ひとつの発明品の存在も、ヒトの側の勝利に一役を買った。

 火薬を用いた目くらましの爆弾である。

 敵の兵士は、光に弱い。それを発見したのもゴルヴィアス王だった。彼の盾が日の光を跳ね返し敵の目を焼いた。ヒトであっても不意を突かれては、目を晦まされるところだが、彼らの苦しみ方はそれの比ではなかった。

 地下世界にいた彼らの目は、強烈な光に弱かった。

 

 光の爆弾と四人の英雄たち、彼らは前線を押し返し、ついにファーヒルの城の前まであと少しという所まで辿りつく。

 だが、戦争が好転したのはその日までだった。

 魔族の王自らが、王宮から出てヒトの前に立ちはだかった。


 魔王は他のどの兵士よりも強大でまがまが々しい魔法の剣を右手に持ち、左手で魔法を操った。

 ただ手を振り上げるだけで一軍を消滅させ、剣で軽く薙ぐだけで周りにいる者をただの肉塊へと変える。


 それは王の鎧ですら、例外なく破壊された。

 ボロボロの王は、自らの死を悟ると、剣をさらに東へと放つ。

 風の魔石の力で、それはどこまでも飛び、どこかの海の底へと沈んでしまった。

 さらに魔王は、その矛先をポンへと向けた。


「それがあるからいけないのだ」


 ポンは、魔法によって吹き飛ばされ、手に持っていた杖を取り落した。

 そこには大事な魔石が嵌っている。


「宝の持ち腐れとは思わないか?」


 魔王は、その地の魔石を手に取って、石に力を込めた。

 石がポンの手に有ったときよりも、激しく美しい橙色の輝きを帯びる。


「ヒトの弱々しい偽者の力ですら、地面を揺らし、火を吐かせるのだ。これが我らの手で使われたとすれば、どうなるか分かるかね」


 橙色が世界を覆い尽くすほどに輝いた。

 ポンや王の一軍は尋常ではない地面の揺れに必死に逃げ去った。

 その際、王の亡骸はどうすることもできず、この事件の中で失われてしまう。

 魔王の魔法で、地面に――いや大陸、星にさえ真っ直ぐな亀裂が入った。まるで卵を半分に割るかのように、亀裂は一瞬にして星を切り裂く。


「我々の世界を、地上へ!」


 魔王の叫び声が、地上全土に響き渡った。

 魔王の立ちはだかる、その地点から半分が地下世界に飲み込まれた。

 星を一つの鞠だとして、それを半分に切り裂いて、片方を裏返し、縫い合わせる。というような、壮大過ぎる組み換えが瞬時にして行われた。地上の半分が裏返った世界になったのだ。地表は火を噴き、大きな亀裂が歪に残った。

 それは地表世界の半分が敵になったことを意味した。

 そして、こちら側の生命の半分が人質となったことを。

 

『大いなる地割れ』以降、今まで魔王との邂逅は行われていない。噂としては、力を使いすぎて未だに床に臥したままだとか、再度地下世界に戻りそちらで新しい軍隊を組織しているのだと課そんな話がヒトの間では囁かれた。

 六〇〇年、地下に連れて行かれた者たちの安否も分かっていない。

 みんなが無事かどうかも。

 魔石はポンの手から魔王に渡ったまま。

 戦争は静かになったとはいえ、終結してはいない。


 ヒトの代表の地位は、王からポンへと渡る。

 彼女以上にヒトたちをまとめられる英雄が不在だった。ゴルヴィアス王には、世継ぎがいなかった。このままヒトの歴史は彼女の手によって伝えられ、戦争の真実は彼女の手によって伝えられるしかなかった。

 もう一人の魔法使い・ファーヒルは魔王の地割れから行方が分かっていない。

 


 すべての民族の生き残りが、この最前線の地で敵を監視しながら生きてきた。

 そういう風に世界は作られてきたのである。

 

 

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