第0章-表-・2

 魔族ダマギス

 ――そのように呼称しましょうか。


 ゴルヴィアス王に進言したのは、ポンであった。

 王城ミンド・リタティス。

 この世界を平らげる、ゴルヴィアス王の城。

 街の中央にまるで根を張るかのように作られたその城は、王威を示すために高くではなく横に大きく作られてはいるが、中は豪華絢爛とは程遠い質素な作りとなっている。横に城を広げたのも、街のあらゆるところからでも相談に訪れることができるようにという王の優しさに他ならない。

 慈しみ深き王は、玉座を離れ、今は城の一階にある会議室で頭を悩ませていた。

 民の喪失を誰よりも嘆きながらも、王は威厳ある態度を少しも崩すことはなかった。

 彼女はまるで見て来たかのように、敵の姿を的確に伝え、戦争への心構えについて語る。



「侵略には、武力で対抗するしかない――すべての民族で。でしょう、王様?」

「だとしても」とファーヒルはポンへ不快感を露わにする。「まずは、交渉でしょう?」

「問答無用に、街ひとつを潰したやからに交渉が通じるとでも思って? あなたの治めた街の住人は殆どが消されたらしいわ。それを同じように叩き潰さず、それが治世を行う者の責任でしょうに」


 その言葉に、招集されていたガブリエットはまゆひそめた。

 王の城には、各種族の王たちが会議のため集められていた。

 エルフからは、先のガブリエットが。ドワーフからはバービス王……さらに、巨人や魚人、多種多様な少数部族たち――中には戦争には絶対参加できそうもない小人や妖精なども混じっていた。

 彼らは、誰も口を開かず、魔法使いの言い争いを静観していた。


「待ってください、そんな魔族というのもについてなぜ戦争という方法を選ぶのです?」

「彼らが、我々に情けを掛けるのなら交渉でもなんでも応じます。ですが、彼らにそんな意思はないでしょう。ならば、剣を交えるしか」


 ファーヒルは肩を震わせて反論する。


「しっかりと策を練るべきだと言っているのです。あなたのどこかから聞きかじったかのようなあやふやなデータだけで攻められるとお思いですか? しっかりと、この世でもっとも歴史ある生き字引に答えを求められては?」

「そんなことを言われましてもね」


 指されたガブリエットは、目元を抑える。


「あまりに長く生きていると、忘れることも多くなるものだ。でも、私の知る限りで、そんなものがいるということは聞いたことがない。だから、この件に関して私は役立てないよ。そろそろ隠居を考えている身だ……これから先は、孫がエルフを仕切ることになるだろう」

「楽隠居とは、いい御身分ですねえ」と嫌味を言うのはポン。

「ポンよ、私が何年国に尽くしてきたと思う。そろそろ自分のことをしてもいいだろう。それに王の要請となれば私も出るが、基本的にはエルフの王の仕事は、我が孫が仕切るとご理解いただきたい」


 ガブリエットは、王の目を見て、はっきりと呟いた。

 王は、承服したとばかりに片手を上げて見せる。

 だが、謎は深まるばかり。




 古いエルフの純粋種であるガブリエットすら知識がないのは不気味だ。

 同じ世界に生きて、長い年月互いに出逢わないということがあるのか。

 ファーヒルは、再び立ち上がる。


「ガブリエット様、敵の言うことが本当だとすれば、単にこちら側の――地下世界があるとしてだが――盗人というのが誰かは分かっていないのだ。どこかの山の洞に住む、ゴブリンの洞が地下世界に通じてしまって、やらかしたということかもしれないのだろう」

「だが、この件には、本当に知識がない……そんなことがあり合えるのか?」


 金の髪を、さらりとかき上げる。

 思い出せないことにイラ立っているかのように。


「わからん。何らかの不思議な力が働いているかのようだよ」


 その言葉で、誰もが息を飲んだ。

 何かが起こっているのだと。

 それに武力で、対抗できるのか。

 ざわざわと部屋の中で、言葉が沸き起こる。

 城内の混乱に、ポンは立ち上がって、王に言う。

 王の耳元で、囁くように。


「我が王、今こそ王の威厳を――我らの魔法が揃えば、彼らにも太刀打ちできましょう」


 不安が過る中で、ヒトの王はどんと卓を叩いた。


「全員で戦おう。ヒトもエルフも、ドワーフも巨人もない」


 全面戦争だ。

 威厳のある王の言葉は、まるで魅了の魔法であるかのように、部屋に電波した。

 会議室の中で、最後まで難しい顔を崩さなかったのは古いエルフと、ファーヒルだけだった。




 

 王の招集によって、連合軍が作られた。

 ヒトとエルフは揃って、西へ。その隊列に後からドワーフと巨人が合流した。

 巨人が最後まで戦いへの参加を渋っていたのは、彼らの一族がかなりの少数だからであった。大陸の北の端で、寒い土地に住む彼らは自分の民族の繁栄よりも少ない資源をか細く運営させることを選んだ。

 激しくなる戦争を避けたいと願う気持ちの強さを、誰が推し量れたろう。

 巨人の力は、戦争の中で重要なものだった。

 大きな荷物を運ぶための労力として、攻城戦における投石もこなした。

 戦場で大量の馬車や荷車を使う必要もなく、投石機を作る必要もない。重大で重要な戦力――そう呼ぶにふさわしい彼らの力は、最前線の中でこそ必要だった。

 それゆえに、多くのものが傷付き倒れ――巨人の長は魔王の言葉を選ぶ。


 巨人は、一番遅くに戦争に加入し、一番早くに裏切った。


 100人ほどの巨人族が一斉に魔族側へと加担し、残されたのは力に圧倒される三民族と裏切ることにさえ置いて行かれたまだ若い巨人が8名ほどであった。

 そして、それにより戦線は押し返され、ついに敵は王宮を手に入れてしまう。

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