第0章-裏-・1

 すべての物語に裏がある。

 すべての歴史に裏がある。

 

 誰かの手のひらの上で、世界は回っている。

 

 それを感じたのは、あの日――魔王が土の魔石を持って、星の半分をひっくり返したときだ。

 わたしは星から吹き出す火に焼かれて――それからずっとこの岸辺を漂っている。

 体を燃やす火が、まだメラメラと激しく燃えている。

 彼岸と此岸――どちらかへ寄るでもなく、水の中を滔々と流れる。

 

 手の中で、石が光っていた。

 赤い魔石――これが周りを包む火の源だ。

 そう考えた時、わたしの体は自然と片方の岸へと引き寄せられる。

 

 水の中で、わたしはこんな風景を見た。

 

 


           ◆

 



「魔王様、お名前はなんと言うんです?」

「ソーディニジョルム」


 二人の者が小さな部屋で話をしている。

 片方は、例の魔王だった。

 そして、もう一つはポン。

 時間は、わたしが星の火に巻き込まれるよりも早く。

 いや、この日は――。


 二人のいる部屋から西日とわたしのいた城が見える。その城の上に、大きな虹がかかっていた。戦争より少し前、わたしの三百歳の誕生日を祝って、ガブリエットの力で掛けられた虹だった。

 となると、ここは王宮の上階にある一室。

 ポンの城からは、わたしの城は王宮の影になって見えない。

 彼女は堂々と王の膝元まで、敵を呼んでいたことになる。


「ソーディニジョルム殿、先に参謀たる私がお話をと」

「待て。まずいくつか聞こう。なぜ我々のことを知っている。そして、今ここにこちらへ出て来たことが分かった」

「簡単ですよ、わたしたちは前々からそちらの世界の存在を認識していましたし、何度かそちらへの視察団を送り込んでいたこと知りませんでした?」

「やはり、あれはお前らか」


 魔王は、椅子の上で足を組み直す。

 態度には、威厳に溢れ、王の気風を感じさせる。


「蟻や鼠が、我々の国に現れるのは、今に限ったことではない」

「蟻? 鼠?」

「魔力のない獣や虫、それらと変わらんだろう、貴様らは」


 フフフ。

 ポンは、石を光らせ部屋の中に砂嵐を呼んだ。

 だが、魔王は顔色一つ変えることなく、一息に鼻から息を吸い込む。それも砂の粒の舞う部屋中の空気を、一気に飲み込んだ。そして、窓へとひゅうと清らかな風を吐きだした。


「だから?」

「……あなた方が戦争を求めているのは知っております。目的を」

「こちら側に盗まれた太陽の一部の返還を求めている」

「……太陽の一部……」


 手を天にかざす。

 そこに写った物を見る前に、私の体は再び流れだし、違う所へと運ばれた。

 流れ着いたところで見たのは、この世のどこにもない不思議な世界のことだった。

 ああ、これが地下世界の正体なのだと無意識に思えた。


 

 

          ◆



 

 地下世界は、想像よりも明るいところだった。

 表の世界の陽のように、明るく熱い物ではないが、それでも明かりが天井に存在する。

 こちらの世界は、灯りも何もない暗闇ではなかった。

 世界の中心に太陽が浮かんでいる。

 それは火の持つ光ではなく、紫と白の宝石が無数に集まった魔石の光だった。それが魔力で浮かび、魔力で輝いている。白い魔石は白く光り、紫の石は紫に光る。集まった光は、地上の太陽とは違い、少し暗い歪んだ光を地上に降り注がせていた。

 これが地下世界の人間たちの手元を照らす光の源だった。

 それがどうだ。今は、その一部が無くなっている。

 まるで太陽の黒点のように、黒く――そこだけ輝きが欠けていた。

 魔王の言葉、彼らの怒りの正体を理解したとき、私の体は再び水の流れに押し出される。

 誰が、あれを――。

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