第2章・8
エルフの席には、植物の葉や木の実が中心の菜食主義なメニューが乗っている。
ヒト側の席には、もちろんそれもあるが、少しばかりの肉や魚があり、酒もある。
わたしは呑めないので、丁重にお断りした。
聞いてみれば、エルフは肉類を食べないとか。
だが、人間の客人の――さらに言えば、最近ずっとエルフとともに過ごしているヘイロンの――ために、最近は少量ながら肉や魚のメニューも用意されているらしい。もちろん同様に酒というのも文化はなく、ヘイロンが作り方を教えたものだという。
べろべろに酔ったヘイロンが、上機嫌に呟いた。
「火あるか?」
「ああ」
取り出した葉巻に、ホヅディルが自前の、あの火起こし機で火をつける。
そう言えば、エルフの里で見つかったものを使っているとか言っていたような。
「これは、あんたから貰ったもんだがな」
「自慢したくてよ」
「たぶんだが、エルフのみんなは耳にタコなんだろうな」
周りを見回せば、そっと全員が目を逸らした。
どれだけ話しているのか。
ホヅディルは火起こし機を慎重に両手で持って、胴体部分のカバーを外した。中には小さな石が入っている。それがオレンジ色の液体の中をフワフワと漂っている。液体は、油なのかもしれないけれど、石はなんなのだろうか?
「エルフの里にあったものを使っていると言ったが、まあ、元々はそんな生易しいものではないんだ」
ヘイロン氏は真面目ぶって、言った。
「この中身は……」
「
だが、肝心の台詞は、ガブリエットさんに盗られた。
ん? でも、今、彼はなんと言った?
「遥か昔、魔族との戦闘の折、敵には龍がいた。今でも時折西から飛んでくるものもいるが……誰も手を出さない。攻撃などはもっての外と言われている。何故なら、奴は戦争中にも多くの被害者を出したのだからな」
かつての戦争にて、敵の勢力には龍という生物がいたという。
見た目は蜥蜴のようだが、前足はカギヅメをもつ翼がある。空を飛びながら炎を吐き、体中を覆うウロコは、魔法や物理攻撃を跳ね返すほどに強靭で、敵の軍勢の多くがその脱皮後の皮を防具に用いていたほどだと。
龍の姿を直接見てきただろうガブリエットさんは、生々しく龍の恐ろしさを語る。
「当時の我々の軍団には、空からの敵に対抗するにはエルフの弓が主力だった。だが、我々の弓では、固いウロコが貫通するわけもなく、奴を倒し切るには魔法を用いるしかなかったのだよ」
彼は、その指に輝く指輪を見つめる。
そうだ、あれはたしか――
「戦争の中で龍の姿は十匹ほどしか見ることはなかったが、こちらにも龍を倒し切れるほどの魔法を使えるものは限られていた」
「ガブリエット様も、龍を打ち倒したのですか? その魔石で」
「いや、それは孫の仕事だ。私は知恵を貸しに、一緒に戦場を回っただけ。だが、当時主戦場となったこの大陸において、四つの伝説の魔石――この世の四つの元素の魔力を司り、呪符を不要とする、強大な力を持ったもの……これらが揃い戦う姿は見た」
「呪符がいらない?」
ホヅディルが首をひねる。
「それは魔法の法則に反するはず」
「呪符が魔法を使うのに必須というのは、こちらの世界での常識なだけ。魔族たちが言っていたよ。魔法とは、もともと魔族たちのものであり、こちらの世界の流儀に合わせるために複雑な工程がいるのだと」
「魔法が、魔法使いのものではない?」
わたしには、信じられなかった。
「そうだ。私たちのような生き残りしか知り得ない世界の秘密だ。向こうのセカイのものとされる魔石にはこちらの法則は通用しない。向こうのセカイは、こちらとはまったく違う『決まり』でできているセカイなのだから」
ガブリエットさんが魔石をはめた手を振るうと、空間から水が現れる。
それを自分のコップへと導く。コップには清らかな水が揺れ、彼はそれを飲み干した。
「これが水の魔石。当時は、孫のだった。人の王は、風の魔石を使っていた」
「おばあちゃんのは、土の魔石ですよね? そんな話を、昔は寝物語として聞いていましたから。ですが、もう一つの石は……」
「それは、もう一人の魔法使いが昔持っていたのだけれど……」
ちらりとガブリエットさんは、ヘイロン氏の方を見た。
彼はと言えば、ただ黙々とグラスの中の酒を飲んでいた。
さっきからガブリエットによって、グラスの中身が水と入れ替えられているのにも気づくことなく黙り込んでいる。
ようやく口を開いたと思えば、そうじゃねえと呟いた。
「俺の武勇伝の話をしてくれよ」
「ああ、分かったよ」
ガブリエットさんは、渋々話し始めた。
「我が孫は、龍をこの城の上空で撃ち落とした。この時点でどうにもヘイロンの武勇伝らしくはないが、黙って聞いていてくれ。打ち倒した龍のウロコの丈夫さを見、敵の防具を思い浮かべた私は、その死骸を有効利用することを思いついた」
落ちた龍の死骸を、ガブリエットは解剖し、細かく保存したというのだという。
「さすがに二年ほどで多くの臓器は、腐敗して土に帰った」
それはそうだろうと思うと同時に、二年ほども形が残ったことに驚愕せざるを得ない。
龍の内臓や肉というのは、それほどに違うものなのかもしれない。
「だが、それでもある部位だけは、それから数百年、この変な――いやユニークな男がやって来るまで、呪われた臓器だと放っておかれたものだ」
「変な、と言ったのは誤魔化せれてないがな」
ヘイロンは口を挟む。
「残ったのは龍の火を吐くための器官『
ガブリエットは気にせず話を続ける。
「火を吐く器官がそんなに弱々しいわけもないのだが、あきらかに異常な頑丈さを持っていた。そして、臓器の中に貯め込まれていた体液も、腐らず蒸発することもなく、そのままに残り続けた」
「体液は、油みたいなものだったからな。油は、簡単に蒸発しないだろ」
ヘイロンは、ほらと火起こし機を指し示す。
「だが、油だって高い温度で熱すれば気体――つまりガスとなる。龍の『火袋』に入っていた体液は低い温度でも急激に気体へと変わる油だった。それが、これに入っている」
「その仕組みを解明したのが、ヘイロンの手柄なのですよ」
「ああ!?」
ガブリエットさんの言葉に喜んで、ぐいとグラスを飲み干す。
「ん? これ水じゃねえか」
ようやく自分のグラスの中身が取り開けられていることに気付いたらしい。
周りにいるお付のエルフに、無理やり新しいボトルを持ってこさせ、酒を注ぎながら得意げにそれを話した。
「それに、この石だ。石と体液――これが龍の火の秘密だ」
「わたしたちは、『
ガブリエットさんは話に混ざりながら、今度は瓶の中に水を発生させ、同時に酒をするすると瓶から抜き出していく。静かなその行為に、彼の指を見ていなければ気付かなかっただろう。
抜き出された酒は、卓の下を浮きながら、すでに下げられた瓶の方へと飛んで行った。
「火石は、面白いぞ。周りの熱を膨脹させて放出する。そしてその温度こそが、器官の中を満たしていた油を揮発させることができるんだ。でな、龍はその歯の形状が特殊であって……」
と説明は続きそうだったが、ホヅディルさんがそれを奪った。
「つまり、じいさんはこれを見て機関車を思いついたのか」
「え!?」
わたしには、まったくその発想はできなかった。
発明家ゆえの勘の良さかもしれない。
「あの機関部には、水を沸騰させて生まれる風の力を使って全体を駆動させるという技術が組み込まれている。それがこの龍の『火袋』にそっくりだなと思ってな。石の残りも少しは使ってるんじゃないのか?」
「ああ、石も使わせてもらっているぞ。これが、なかなか都合が良くてな。低い温度の火でも簡単に蒸気の圧力があげられるから、燃料の節約にもなるわけだ」
「ヒトは、変なことを考える」
ガブリエットさんは、わたしたちを変な目で見ている。
わたしからすれば、エルフの方が様々なことに長けているように見えてしまうが、彼らにとってはまた逆なのかもしれない。
ヒトにはヒトの、彼らには彼らの良いところが確かにある。
それが気付けただけでも、ここに来てよかった。
この仕事をしてみて良かったと思う。
さて、わたしのいいところはどこだろう。
自分の中に問うてみても、自分の生きてきた社会を裏切ったわたしにいいところがあるとは思えない。
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