幕間の寝物語

 ポドがエルフの里へと向かう数日前のこと。

 ポンはいつの間にか書類の海の中でまどろんでいた。大量の仕事の他に、彼女自身のずっと前からの借金のようなものが彼女の片づけなければならないものとして残っている。


 その日、久しぶりに夢を見た。いつの間にか、遠くに行っていた孫娘についてだ。

 なにもできない子だと思っていたが、仕事は普通にこなしていると言えた。

 報告として流れてきているものとしては、いささか入り込みすぎているようではあるが。

 無能な子。

 無能力な子。

 ポドの不思議な能力には、なにかあったのでは? と考えていた。


 もしかしたらアレが、と。

 ある意味、アレは忘れたくても忘れられないポンの唯一の失敗と言える事件である。

 



 事件の前日、報告として上がってきたのは、謎の石だった。

 指の先よりほんの少し大きな、透明な石だ。

 魔力の気配を帯びているため、魔石ではないかという話だったが、どれだけ力を込めたとしてもなにかが起こるわけでもなかった。だが、それは美しかった。光に照らせば、光はただ反射するのではなく、水面に浮かぶ油膜のようにやさしく光が虹色に散乱する。

 ただの綺麗な石として、彼女は石を身に着けていた。

 加工することを試してみたが、どうにもできないほどの硬度がある。

 限りなく完全な球体であるため、紐で結ぶのは難しかったが、金属の爪で挟み込むことでどうにか身につけることができた。

 祝いの席には、相応しい石だと思った。

 彼女の末娘ポミに、一人の娘が生まれたのだ。


 疲れ切っているポミとは違い、生まれてすぐにもかかわらずやんちゃだったポド。

 祖母が見舞いに来たのを喜んだのか、元気に空へと手を伸ばした。

 まだ開いていない目で、なにかを見ていたのだろうか。

 ポンが孫を抱いた時も、キャッキャと笑っていた。

 帰り際、首にかかっていた宝石がないことに気づく。もしや、と思いすぐに娘の元へと戻ったが、あっけらかんと「なにかあったの?」と笑うばかりだった。もちろん孫娘も無事に呼吸をしていた。

 さらに後日、しっかりとした健康診断をしても異常は見当たらなかった。

 だから、一応はポンもその場では落とさなかったのだと、納得しようとしてきた。なにもなかったのだと思おうと。



 もしかしたら、あの石が?

 魔石の誤飲が、そんなことになった例は一度もない。

 だが、魔石の分類上あんな石は、見たことがなかった。

 あの石は、なんだったのだろうか。



 

           ◇

 


「あの、ポン大統領……」

「ええ、ああ――」


 大統領執務室に呼びに来たのは、テルトであった。

 この前の面談の折、彼女には大統領から特別な任務が与えられていた。ポドが商会へと向かったあの日に。


「それで結果は?」

「えっと……『バルガレフ』で間違いないかと思います」

「そうか。では、準備を急ごう」


 テルトの顔に、不安げな色が浮かんだ。

 その顔に、ポンも気づく。


「どうした?」

「いえ、私なんかの意見でいいんでしょうか?」

「無論だよ。君の魔力感知能力は、希少だ。とても制度もいい。もし今が戦時下ならば君に大隊を預けて、指揮を振るってもらっていることだろう」

「はあ」


 ピンと来ていないようだ。

 しかし、テルトという少女がいて良かった。世界地図からでも実際の世界を感知できるような探索能力は、もはや天賦の才能でしかない。

 彼女は、天才だった。


「そこにあったのか、王よ……」とポンは呟いた。

「え? なにか、言いましたか?」

「いや、なんでもない。準備ができたら、渡航開始だ」

「はい!」

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