第2章・7

「おう、終わったか?」


 ホヅディルさんは、わたしたちが入ってきたことにいち早く気づき、声を上げた。

 たくさんのエルフたちの中に、人間がいると目立つ。周りの多くがわたしたちよりも背が高いからだ。

 いや、気付けば、ホヅディルさんよりも少し背の低い白髪のヒトがいる。

 彼もまたこちらを振り向いた。


「これが、例の魔法使いの子か」

「まあ、魔法使いといっても鼻つまみもんだがね」

 

 ホヅディルさんは、冗談っぽく笑いながら言った。


「失礼な!」


 さすがにその言い方はひどい。

 悪意のある言い方ではないにしろ、抗議すべき言い方だ。


「まったく……これはあとで言いつけないと」

「誰にだよ」


 いや、そうだった。

 この人は社長代理だった。

 じゃあ――


「社長さんに、です!」

「あ、社長は、コレな」


 彼が指示したのは、隣にいた白髪の人物だった。

 背が低く、髪の毛は真っ白。顔やら腕には深い皺とポツポツ火傷のあとがある。

 彼が商会の社長・ヘイロン氏か。


「コレっていうのは、なんだ!」


 彼もまた火が付いたらしい。

 明らかにわたしが怒るタイミングを逸した。


「だいたいてめえは、昔から口が悪い。エルフにも敬意を払わなければ、社員の給料もケチったり、ドワーフたちに異常に高い給料をだしたり、まったく訳の分からねえことをしやがる」

「いや、ドワーフの給料勝手に上げたのは、ユールのバカだ」

「てめえ、うちの娘をバカ呼ばわりかよ。クビにしてやろうか」

「え!?」


 ユールの親……。年齢的には孫娘か、もしくは引き取った子のかなと思った。

 それくらいの年齢の差はある。

 どういう関係性なのか?

 考えている間も、まったく罵倒を止めようとしない。

 あ、そうだ。ユールが渡してくれっていっていたものがあったのだ。誰かは聞いていなかったが、間違いなく彼にだろう。


「あのっ!」


 わたしは声を遮って、おじいさんに声をかける。


「あ? なんだ」

「これをユールが渡してくれと、おそらくあなたに」

「ああ、ユールがなあ……あー、ちょっと代わりに開けてくれないか」

「は、はい」


 何も考えず言われたようにする。

 ――!

 目の前が真っ白になった。

 いきなり顔を殴られたような、大きな音。

 持っていた小箱が、凄まじい爆発音を立てたようだった。

 小さな火花が舞ったが、基本的には音だけのびっくり箱。


「んなことだろうと思った」

「……なにが起きて……?」


 ホヅディルさんが尻餅をついた、わたしを起こす。

 そして、こっそりと耳打ちをする。


「ああやってびっくり箱作ったり、変な発明勝負したりする変な親子なんだよ」

「……」


 内心正気を疑うが、それが普通ならしょうがない

 あれだけの炸裂音をさせながら、小箱自体は少しも破けず、火傷することもなかった。

 確かに発明力勝負でもあるのか。


「さて、魔法使い……お前さん、あの大統領の孫娘らしいな。どうする、おれたちの仲間にならないか?」

「仲間に? いえ、協力はさせてもらいますけど」

「仲間ってのは、あれだ。もしおれたちが政権をとった場合、傀儡にでもなってもらうとか、そういうことも含んでくるってことだ。つまり――」


 ゴン、という鈍い音で言葉が途切れた。

 ホヅディルさんが、おじいさんに思いっきり拳骨を喰らわせていた。


「痛っ……、何しやがんだ、バカ弟子」

「おまえ、そんなことしようとしてたのか。政権転覆は目的じゃない、世界を守るための手段の一つだ。俺らがそのまま王になるわけじゃねえ」

「ったく、ただの冗談だっての」


 殴られたところをぼりぼりと掻きながら、部屋の隅へと歩いて行った。

 どうやら不貞腐れてしまったようだ。

 けれど、今、何かやってたのではなかったのか?


「ポド」とここまで付いてきたガブリエットさん。「あれのことは私に任せろ」

「はい、お願いします」


 彼がヘイロン氏の元へと向かうのと、わたしがホヅディルさんに呼ばれるのは同時だった。


「おい、これを見ろ」


 彼は、目の前の地図を指し示す。

 地図は都から森、さらにその奥の目的地である沼までの地形などが精密に書かれている。


「当初の話では、都から真っ直ぐに沼までのルートを通すという話をしていたと思うが、その案は却下した。これでは利益が全員に行き渡らない」

「ヒトの生活そのものを考えてということですね」

「ふん」


 彼は少しこちらを見て微笑み、すぐに目線をまた地図に戻した。


「そこでだ――一度線路を半島の越えた先、森向こうの町へと通す。そうすることで、輸送ルート上に違う町をはさむことで、利益を分散し、成果を集合できる」

「つまり、どういうことです?」

「沼地で得た糸を、他の町で加工すればそれは雇用や技術の需要を生むし、それと他のものを交換することもできる。その交換したものがこの都市で違うものになるかもしれない。そうやって経済を回すこともできるのではってことだ」

「すごいです!」

「とはいっても、考えたのはエルフたちだがな」


 褒め損だったらしい。

 だが現在魔法と呪符に頼る生活形態をもつ、おばあちゃんの考える世界にその考えは理解されないだろう。町には町の、都市には都市の、経済を持てというのが彼女の方針だ。


「エルフは長寿であるが故に聡明だ。この案は、かなり良い案だと言えるだろう」

「ただの年の功だ」


 エルフの中でも、一際に背の高いエルフが言った。

 顔立ちがどこかガブリエットに似ている。

 おそらく彼がエルフの王なのだろう。


「森に道を通すことも許してくれたんだ。本当に助かる」

「一部に過ぎませんが。あそこには今期、間引く木も多い。鉄の道を通した後で最低限の橋とトンネルを準備するという条件さえ飲んでくれれば、我らも譲歩はするさ。他の魔法使いたちのように高慢な交渉をしてこなければ」


 わたしも、ホヅディルさんも彼の言葉に深々と頭を下げた。


「エルフは、協力させていただくよ」


 最大限の謝辞も共に、彼に伝えた。

 途中から、緊張で何を言ったか覚えていないのだけれど。



 いつの間にか、わたしはエルフたちとの会食の席にいた。

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