第45話
「ではすべて、ファディアとミゼアンのために、だと? 平民二人のために王子が国宝を私用で使う暴挙を行い、侯爵令嬢が己の名誉を打ち捨て私とイシュエル殿下を煽ったと?」
「間違っていると思いましたから」
肯定したわたくしに、ヒューベルト先生とイシュエル殿下が絶句します。
「多少、わたくしにも落ち度はあったかと思いますし」
エスト嬢の印象が、お母様に殊更悪くなってしまったのは、わたくしの迂闊な行動も一因でしょう。
「さて。ここ最近の騒動の真実はこんな所だが、どうする、二人共」
「どうする、とは?」
「沈黙するか、平民二人のために戦うのか」
実利は無きに等しいです。その代り、不利益を被る可能性は多大ですが。
だからヒューベルト先生は黙して従い、イシュエル殿下はわたくしへの追及を止めたのですもの。
明確に変化したと言える状況は、ヒューベルト先生の弟君の件だけですが……。
トレス様の問いに、ヒューベルト先生は息を付きます。
「子どもにそこまでさせておいて、大人である私が沈黙し続けるのもあんまりだな。――いいだろう、認めてやる。ファディアを襲い、ミゼアンに罪を擦り付けたのは私が」
「いえ、それは結構です」
お父様と敵対したくなく、しかしクルスさんの冤罪を晴らそうと考えてくださった場合。
ヒューベルト先生が偽りの自白をする、というのはもとより考えていました。
ですので、その案は即座に拒否させていただきます。
「どうか誤解をなさらないでください。わたくしはエストやクルスさんを助けたいのではありません。ただ、世の中は真実によって回るべきだと思っているだけです」
ヒューベルト先生が罪を肩代わりするのは、クルスさんが陥れられたのと何ら変わりません。
それでは、意味はないのです。
「とはいえ、世の中の構造がそれを許していないのは承知しております。ですので、イシュエル殿下」
「な、何だ」
殿下が考えていらっしゃった真相とは、色々と違っていたことでしょう。
事態を飲み込む方に気を取られていらっしゃったようで、わたくしが話を振ると、ややうろたえた声を上げられました。
「断罪パーティーをいたしましょう」
にこりと笑って、そう申し出ます。
少々予定と変わりましたけれど、元々の予定通りではあります。
きちんと、決着を付けに行きましょう。
「やれやれ。改めて見ると、酷い有様だな」
ほんの数十分前まで華やかに飾り付けられていた会場は、実に無惨な光景へとなり果ててしまいました。
というかレグナ様、他人事のように仰っていますが、貴方が最たる要因でしょうに。
……あら? けれど会場に被害を与えたのは、むしろわたくしの魔法ですね。
もしかして、わたくしが主犯……。
い、いえ。あれはやむを得ない措置です。やはり主犯は原因を作ったレグナ様のはずですわね、ええ。
わたくしとレグナ様、治療を終えた幾人かで再び会場へと戻ってきました。
様子を確認する、という名目ですが、実のところは演出のために、イシュエル殿下と一度離れて行動する必要があっただけです。
「史上稀に見る、酷いガーデンパーティーとなりましたね。満足ですか、レグナ」
「あー……。まあ、魔物と不審者の侵入は仕方ないよな? 実行委員長、俺で本当によかったなー」
多少の失点が付いても、将来に困りませんものね、レグナ様は。わたくしもですが。
同じく、将来に然程不安のないセティ様も、誉れを得る機会を逃したことをそう惜しむでもなく、軽く呆れたため息を付いただけでした。
そしてほどなくして、治療を終えた第二陣を連れたイシュエル殿下とヒューベルト先生、エスト嬢が戻ってきます。
お姉様とトレス様は断罪の場には関わりがないので、席を外していただくことになりました。
このような騒動になってしまったので、当然、ガーデンパーティーは中止です。
そのお詫びと挨拶をレグナ様がして、閉会にする――という名目で、もう一度軽傷の方々に戻ってきていただきました。
「皆、突然の事態に驚いていることだろう。すぐにでも心身を休めたいところだろうが、その前に少し、私の話を聞いてもらいたい」
王太子に話を聞けと言われて否を唱える者などおりません。疲れた様子を見せていた方も、姿勢を改めて傾聴の構えとなります。
「ありがとう。――話というのはDクラスの生徒、エスト・ファディアのことだ」
イシュエル殿下の言葉に、少しざわめきが起きます。
その意味合いは好悪というより、『今その話なのか?』という戸惑いが強いように見受けられますね。
……ええ、皆様のお気持ち、お察しいたします。魔物の侵入や謎の魔導装兵の方が、余程重要に感じますもの。
イシュエル殿下とて、常であれば混乱に見舞われたこの場で、そのような話など持ち出さないでしょう。実際、少々この役回りを嫌がっておられましたし。
けれどそこはやはり、王家の方です。
内心、己自身も乗り気でない様子など一切伺わせず、戸惑いの視線を軽くうなずいて受け止めます。
「国の大事が起こったときに、なぜこのような話なのか。そう考える者もいるだろう」
揃っているのはほぼ貴族ですから、多かれ少なかれ、その意識はあるでしょう。
イシュエル殿下が理解して話していることが分かり、皆が身を入れる気配がします。分かっていて尚、話す必要がある、と殿下が判断したということですから。
「その意識こそが、問題だと思うからだ」
やや口調を厳しくして、話を進めます。
「近頃は貴族と平民の在り方を、誤解している者が多いように思う。この学園内部に限って言うのなら、尚更だ。優秀な人材を育てるための場所で、優秀さを発露させた途端に失わせるなど、本末転倒もいいところだ」
そこで殿下は、満遍なく向けられていた視線を一ヶ所に留めます。
「そう思わないか、ラクロア・クラウセッド」
わたくしに。
「まあ、何のことでしょうか」
手を頬に添え、白々しく訊ね返します。
「見苦しい言い訳はよせ。お前がこれまでエストにしてきた仕打ち、耳にした者、目にした者も大勢いる」
「お言葉ですが、殿下。わたくし、恥ずべきことなど何一つしておりません。エストにしてきたこと? それはただ、取るべき態度を理解できていない愚か者に、常識を躾けて差し上げているだけですわ」
「本気でそう思っているなら、考えを改めろ。お前の常識は、ただの非常識だ」
どれだけ強く否定されようと、悪役令嬢たるわたくしの心に響くはずもありません。こてりと首を傾げ、不思議そうな顔をすることにします。
場の空気は、わたくしへの非難三割、イシュエル殿下への戸惑いが七割でしょうか。
この空気感に、イシュエル殿下もやや当惑されているご様子。ご自分の発言に賛同されないことなど、少ないお立場です。無理もないと言えます。
己の言葉が与える影響の弱さと、貴族たちの意識。その両方が、イシュエル殿下にとっては驚きだったのでしょう。
ですがこの経験は、きっとイシュエル殿下の糧となるかと。
貴族の賛同者の多くは、ただの賛同者ではない。与えられる利益と、被る不利益の支持者なのだと、感じ取れたことと思います。
だからこそ、王には同志が必要なのです。
利益のみで繋がった関係など、どこまでも脆い。縛る鎖が千切れれば終わりです。
逆風の中でも共に立ってくれる友こそ、尊い関係性と言えます。
……しかし、このままでは困ります。わたくしが許されないことをしたのだと、皆に同意を得ていただかなくては断罪になりませんわ。
ううん。もう少し、わたくしもしっかり悪役にならないといけないのかもしれません。
「非常識、とはどういうことでしょう? 貴族と平民の身分を定めているのは、王家ではございませんか。無知な平民に立場を理解させることの、何が非常識だと仰るのですか?」
「いや、それは、だな……」
そこで言葉に詰まらないでくださいませ。
失敗したでしょうか……。
よく考えてみれば、イシュエル殿下も身分に重きを置く方でした。ご自分が好ましく思った相手が特別になるだけで、主張そのものには賛成なさっているかもしれませんわ。
「聞き分けのない平民への躾は、むしろ貴族の責務と言えましょう。ねえ、ヒューベルト先生」
ここは早々に、助けを求めることといたします。
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