第44話
後に釈明はさせていただきますが、今はそのように思っていただく方が都合がよいので、弁明はしません。
これは殿下を騙しているとも言えます。しかしイシュエル殿下は、元々わたくしの行動を似たような解釈で受け取っていらっしゃいました。おかげで、然程の罪悪感を覚えません。
「では、少々失礼させていただきます。怪我人の治癒に向かいますので」
わたくしにできる最善ではありました。ですが、離脱のさせ方としては相当乱暴です。
幸運な方であれば無傷か軽傷でしょうが、不運な方であれば一緒に流されたテーブルや椅子とぶつかって、打撲を負っていると思われます。
レグナ様とお姉様は、早くも行動に移しています。
属性上、治癒の苦手なトレス様は――。
「ロア。……と、兄上」
お二人に任せて、こちらにいらっしゃったようです。
「トレス。そういえば、一番初めに声を上げたのはお前だったな。よく被害を防いでくれた」
「パーティーの話はロアとしていた。演出ではないのはすぐ分かったからな」
「そうか」
イシュエル殿下は、少しばかり複雑そうです。
ご自分が戦いの場から追い払われ、護るべき生徒――国民へ、あまり貢献できなかったことを悔やんでいる気配ですわ。
「皆様の行動が間に合ったのは、イシュエル殿下の迅速な足止めがあってこそです。感謝を申し上げさせてくださいませ」
「民を守るのは王族の義務だ。今回の私の行動は、少々意味が外れているが」
王の仕事は、前線で戦うことではありませんものね。ヒューベルト先生の判断に同意いたします。
そうして一段落ついた頃、魔物の叫びが聞こえました。外に出てみれば、魔物が地に伏した姿が見えます。
「魔物を連れてきたらしき魔導装兵は、出てこなかったな」
まだ警戒を解かれていない様子で、トレス様は呟きます。
……ですが、その心配は無用かと。
ヒューベルト先生がセティ様に何事かを指示してから、厳めしい顔付きでこちらに向かってきます。
「イシュエル殿下、お伝えしたいことがございます。お時間を頂けますか」
「構わない」
殿下は即座にうなずかれました。
魔物のことでしょうか? それとも……。
「それと、レグナ・アスティリテ。お前も来い」
「分かりました」
――レグナ様も……?
ヒューベルト先生がレグナ様を見る目は冷ややかです。わたくしに向けられる温度と酷似しています。
むろん、これまでレグナ様をそのような目で見ていたわけではありません。
わたくしはもしやと思っただけでしたが、先生は確信なさっているご様子。
ならば、黙って見送るわけにはまいりません。
「ヒューベルト先生。わたくしもご一緒させていただきたく存じます」
「ラクロア」
驚きと共にわたくしの名を呼んだのは、レグナ様です。わたくしがここで名乗りを上げるのは、彼の予想外だったようですね。
「だったら、俺も」
「わたしも!」
「あたしにも、勿論権利ありますよね!」
トレス様とお姉様、そしてこちらの不穏な気配に気付いて駆け寄って来たエスト嬢が、挙手をしてそう言います。
「……まあ、全員関係者か。いいだろう」
許可が下りました。
「この人数だと、準備室では狭そうだな。会議室を使うとしよう」
近いですし、顔ぶれやするべき話に相応しい場所と言えましょう。
混乱する現場を後にして、わたくしたちは会議室へと向かいます。
委員長たるレグナ様や、顧問のヒューベルト先生が会場を放置して離れるのは、失点です。お二人とも、気にされないような気はいたしますが。
ほどなく到着した会議室に全員が入ると、ヒューベルト先生は防聴の魔法を掛けました。これまでと比べて、慎重です。
当然かもしれません。これからするのはおそらく、不用意に聞かれては本格的に都合の悪い話でしょうから。
ヒューベルト先生がやらなければご自身がやるつもりだったか、レグナ様が構築しかけていた魔力を霧散させました。
「では、お掛けください、両殿下。――お前たちも」
促され、それぞれが適当な椅子に座ります。
「さて、まずは――。レグナ・アスティリテ。あの魔導装兵はお前だな」
「何だと!?」
「バレましたか」
ぎょっとして、着けたばかりの腰を上げてしまったイシュエル殿下と対照的に、レグナ様はあっさりと犯行を認めました。
「顔を隠そうと、魔力質を変えなければすぐに分かる。どういうつもりだ? 魔物を学園に連れ込んだ意図は何だ。なぜ国境を荒らした魔導装兵を模した格好をした。そして己の存在を誤魔化さなかった理由は?」
ヒューベルト先生は、レグナ様が魔力質を誤魔化さなかったのをわざとだと思っていらっしゃるのですね。
同感です。レグナ様は、そのように迂闊な方ではないと思います。特に、魔法に関して見落としをするなどあり得ません。
……だからその理由はきっと、トレス様のため、ですね……?
「魔導装兵を模した、ですか。なぜそちらが俺ではないとお思いに?」
ヒューベルト先生が模したという言い方をされたぐらいです。色彩はきっと、近しいのでしょう。
しかし国境に現れた魔導装兵は、秘宝を使ったもの。
別物だという確信を持ったヒューベルト先生の言い方……。知る方が見れば一目瞭然、ということですね。
もっとも、そうでなければトレス様が使うはずもありませんか。先生の弟君を呼び戻すためには、むしろ一目で分かるぐらいでなければ不安です。
「下らん騒ぎを起こす馬鹿に知る権利はない。質問に答えろ」
「危機感を持ってもらう、いい機会だと思いまして」
あらかじめ、言い分を用意していたのでしょう。レグナ様は淀みなく、そんな言葉を口にされました。
「魔導装兵は国内に入ったという話でしたから。王都はもっと警戒を――」
「ああ、もういい、アスティリテ。お前を話の外に置いた俺が馬鹿だったよ」
レグナ様の発言をため息とともに止めたのは、トレス様です。
「ヴェイツ。国境に現れた魔導装兵を使ったのは、俺だ」
「トレス!?」
イシュエル殿下も、件の存在が秘宝を使ったものだとご存知だったのですね。
弟のまさかの発言に、驚愕の声を上げられます。
「アスティリテは俺を庇うために架空の犯人を作って――そして後々大勢の前で脅威を倒して、民衆に安心感を与えるつもりだったんだろう」
わたくしが懸念していた『犯人』を、レグナ様は作ろうとしてくださったようです。
「殿下、なぜ貴方がそのようなことを」
まったく理解できない。そんな様子でヒューベルト先生が問いを重ねてきます。
「お前の弟を呼び戻すためだ」
「弟? 殿下にどのような関係が……。いや、まさか」
その存在が現在弱味になっているのだと僅かにでも彼が漏らしたのは、ただ一人です。
「先生に証言してもらうためには、最低条件かなー、っていうのは分かりましたので。大切な相手の安全と自分の正義感じゃあ、秤にかけるの難しいですよね」
視線を向けられたエスト嬢は、けろりとして繋がりを認めました。
「ではヴァルトレス殿下はファディアのために? ならばラクロア・クラウセッドは」
ええと……。
私が主犯説は、まだ揺らいでいませんよね? でしたら……。
「そんな、トレス様……」
裏切りにショックを受け、悲しんでみましょう。
「ん。止めような、ロア」
わたくしが主犯の方が協力を得やすいのでは――という部分は変わっていないかと思うのですが、止められました。駄目なようです。
トレス様の表情……。微笑していらっしゃいますが、内側からの否定をひしひしと感じます。
「つまり、何か? 全員共犯だと?」
「そうなります」
「ま、待て。おかしいだろう。ラクロアのエストへの仕打ち、私の耳にも入るほどだぞ!」
「人目につくことしましたもん」
悪役令嬢演出家のお姉様が、むしろそれこそが目的であったと明かします。
イシュエル殿下も、エスト嬢に味方していただきたかった方の一人ですので、むしろ積極的に届けました。
「教科書破られたり、制服濡らされたりしましたけど、全部相談の上の合意ですから。知っていて、しかも物に納まる分マシだったと思います。ね、ヒューベルト先生」
「っ……」
にこりと笑ってエスト嬢が言えば、ヒューベルト先生は言葉に詰まります。
死にはしないよう、計算はしていたと思うのです。けれどいきなり階段から突き落とされれば、恐怖以外の感情はありません。
もしあのときクルスさんが庇わなければ、確実に怪我をしていたはずです。
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