第43話

 穏やかな午後の昼下がり。蒼天の空の下、楽団の奏でる音楽が会場を華やかに染め上げます。

 前日までの曇り空が嘘のよう。今日は絵に描いたような、美しい晴天です。

 野外パーティーの雰囲気は天候にも左右されますから、幸いでした。

 訪れた招待客の名前が次々と読み上げられていく最中、会場がわっと沸き立ちます。どうやら、イシュエル殿下が到着したようです。


「やっぱり王太子殿下は人気あるのね……」

「次代の王だ。人気ないよりずっといいだろ」

「そうだけどさ」

「ご安心くださいませ。お姉様のご入場のときも、負けておりませんでしたわ」


 トレス様については……ええ、言及は避けさせていただきます。


 招待状を送れるのは、一人一枚という決まりがあります。でなければ上級生の殆ど全員をお招きすることになりかねませんから。

 わたくしの招待状の枠はトレス様に使わせていただきましたが、さすが、学園で屈指の人気者であるお姉様。ご来場に困ることはありませんでした。


 送るべき相手が沢山いらっしゃる方にも縛りがあって、送る当てのない方もいらっしゃいますので、招待客は第一学年の三分の一程でしょうか。

 とても、賑やかです。目当ての方を見失ってしまいそうなほど。


「で、どうなの。ヒューベルト先生は証言してくれそう?」

「あまりエスト嬢と接触しないようにしているので、遠目からですが……。まだそのような気配はないようですわ」

「以前より親しくはなっている、とは思うんだけどな」

「……弟君は、王都にいるのですよね?」


 一度来ているのは間違いないのですが、その後の足取りは掴みようもありません。

 予定では、辺境に現れた魔導装兵の捜査をしているはずなのですが……。上手くいかなかったのでしょうか。


「お父様があの日王宮に行ってたんだから、多分そうだと思う。心配だったから、動かす権利があるお父様も進言しに行ったんでしょ?」

「だと思うが、なあ。断言はできないな。そこまでの情報は回ってこないから」


 国家機密レベルですものね……。知ることができる立場の者など、学生であるわたくしたちの中にはおりません。

 イシュエル殿下ならば、もしかすればご存知かもしれませんが。


「でも、ヒューベルト先生のピリピリ感、減ったわよね?」

「そのように見受けられますが、ただの希望的観測、と言われても否定できませんわ」


 望んでいると、どうしてもそちらの方に解釈しがちになってしまいます。


「ああもう。どうして上手くいかないかな」

「現実だからな。仕方ない」

「起こってほしくないことは避けようとしても現実になるくせにー!」


 トレス様とお姉様は、ここが絶対の機会とでも言うが如くに悔しがっています。

 勿論早い方がいいですが、機会はまだある……はずです! それに。


「まだ分かりませんわ、お二人とも。パーティーも始まったばかりですし」

「そ、そうよね。殿下も来たばっかりだし……」


 自分たちを鼓舞するようにそう言った直後、楽団の曲調が変化しました。同時に舞台に明かりが灯ります。

 アル・ソール、始まるのですね。


 舞台が目立つよう、会場周辺が少しずつ暗くなっていきます。魔法科の皆様による遮光の魔法です。

 物語の始まりは、空を昏くした者たちの来襲から――


 ――ドウッ!


「……え?」


 予定外に重たいものが落ちてきた音がして、思わず呆然とした呟きが出てしまいました。

 まるで演出の一部のように舞台に降り立ったのは、艶のない、漆黒の全身鎧に身を包んだ魔導装兵と、その装兵が持つ鎖に繋がれた金色の獣です。


 長毛の鬣に覆われた顔には竜種を思わせる鱗が生え揃い、体を支える四肢には猛禽の様な爪が。

 背中に生えた翼は今は畳まれていますが……。まさか、悠に人の三倍はあるあの巨体が飛ぶのでしょうか。


「な、何よあれ!? あんなの知らない!」

「魔物に見えるが……推測は後だ。――全員、建物内に逃げろ!」


 トレス様が叫んだのと、魔導装兵が魔物の鎖を手放したのは同時でした。

 ガーデンパーティーでの剣舞の披露、そして演目がアル・ソールであること。この二つは、すでにそれなりに参加者の知るところとなっています。

 そのために演出どうかを迷ってしまった招待客の皆々様の反応は、致命的に鈍くなってしまいました。

 動く人間は皆無です。


「押し流しなさい、ダイダルウェイブ!」


 苦情は後で受け付けます。

 わたくしは指向性を持つ大量の水を生み、招待客を会場の装飾ごと、舞台から引き離すように押し流しました。

 それでこれが演出ではないことを悟ったイシュエル殿下が、魔物と生徒たちの間に立ち塞がり、同時に構築を終えた魔法を放ちます。


「邪を封ぜよ、ホーリージェイル!」


 魔物の足元から伸びる光の柱が、対象を束縛する檻を形成します。

 魔物の側らにいたはずの魔導装兵は――姿が見えません。

 撤退した? それならばよいのですが、隠れて不意を狙っているなら厄介です。

 レグナ様は? あの方の魔力探知があれば、敵の数を正確に知ることができるはずなのですが……。


「嘘でしょ、こんな展開、どのシナリオにもないのに!?」

「言ってる場合か!」


 うろたえて後ずさるお姉様を、トレス様が叱咤します。

 勿論こんなシナリオは用意していませんが、ならばつまり、本物の襲撃だということ。

 イシュエル殿下の檻に囚われていた魔物は、二度、三度と檻に体当たりをして、ついには打ち破ります。体毛から察するに、光属性に耐性がある気がいたしますわ。


「下がれ、王太子! 自分の立場を考えろ!」


 魔物に対して、更に応戦の構えを見せたイシュエル殿下を庇うため、ヒューベルト先生が間に立ちます。魔物の巨体から見て、そこはすでに魔物の射程範囲内でしょう。

 学園内に武装を持ち込んでいる者など、いるはずもありません。自然、魔物への対抗手段は魔法となります。

 さらに、魔物と戦った経験を持つ者も王都の学園であるこの場所には殆どいないでしょう。

 トレス様の仰る通り、まずは戦えない方の避難を。


「落ち着いて急げ! こっちは安全だ!」


 いつの間にか建物入り口近くに、レグナ様の姿が見えます。避難経路を示すため、道に仄かな光が付与されました。

 アル・ソールの演出で会場が少し薄暗くなりかけていたので、より際立って分かりやすいです。

 偶然とはいえ幸い――……。


 ……偶然? でしょうか? 本当に?

 いえ、今考えるべきはそれではありませんでした。

 今は思考を追いやり、避難誘導に取りかかることとしましょう。

 無詠唱で精神鎮静の効果のある闇属性魔法を場に掛けつつ、トレス様、レグナ様と共に声を上げて、皆を建物内へと送り込んでいきます。

 粗方の避難を終えた頃。


「手伝うことは――もうなさそうだな」

「イシュエル殿下」


 不服気なイシュエル殿下が、こちらに合流しました。

 魔物の方を見れば、ヒューベルト先生を中心に、こちらもいつの間にか合流されていたセティ様とエスト嬢が応戦しています。

 セティ様はおそらく魔物との戦いの経験もお持ちかと思いますが……。エスト嬢、大丈夫でしょうか。

 ですがしばらく見ていて気付きました。どうやらエスト嬢は徹底して補助に回っている様子。危険であることは変わりませんが、多少は軽減される配置です。


「邪魔だと、追い払われた」


 妥当かと存じます。


「怪我はされていませんか?」

「ない。お前は貴族に向けるその配慮を、半分でも平民に向けられないのか」

「考えてはいるつもりですわ」


 貴族として、角の立たない振る舞いの範囲ですが。


「考えて、エストにあの仕打ちか」

「エストはまた別ですもの」


 ええ、本当に。

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