第42話

「まさかお父様の罪まで背負う気!? そんなの駄目よ!」

「ええ、勿論負いませんわ」


 そのやり方には反対ですし反抗しますと、お父様たちにも主張させていただかなくては。


「ただ、ヒューベルト先生にそう思っていただければよいのです」


 お父様と敵対するよりも、負担が軽くなりますから。


「わたくし、大元の存在のことをよく存じ上げなかったので想像できていなかったのですが……。トレス様は、どのような結末をご用意しているのでしょうか……」


 わたくしたちの――事情を知っている者たちの間では、事実をそのまま述べればよいかと思います。

 真実は何よりも正しく、誠実です。ですが一方で、不誠実であろうとも利のある嘘があるのも事実。

 そしてその境界は、所詮は主観。


 わたくしはエスト嬢が置かれている現状については事を詳らかにし、これ以上の横暴を防ぎたいと思っています。だから、真実で暴こうとしている。

 けれど辺境で魔物を焼いた魔導装兵が秘宝であることなどを、市井の民にまで広めようとは考えていません。その必要性を『わたくしが』感じていないからです。


 国の体制、貴族の意識という点では、ユーフィラシオ国民全員に関わりがあります。ですがその強さは薄弱と言えるでしょう。ゆえに、そこまでは真実を押し広めようとは思いません。

 代わりに発表ができる事実が必要です。端的に言えば、魔導装兵の犯人が。


「結末なんてつけられるの? どうやったって犯人が必要なやつじゃない」

「そうなのですよね……」


 やはりトレス様、犯人になるおつもりでしょうか。いえ、それが事実なのですけれども。


「……それが、一番かもしれませんわ」


 わたくしは平民の台頭を許さない、傲慢な貴族令嬢。トレス様は気まぐれに魔導装兵で魔物ごと森を焼き払う奇矯な方。

 …………。セーフですわね。処断されたり、追放されたりまではいかないと思います。


「……ロア」

「ごめんなさい、お姉様。わたくし、やっぱり悪役令嬢みたいです」

「馬鹿ね。本物の悪役令嬢は、人のために悪役になるような殊勝さなんか持ち合わせていないのよ」


 少し悔しげに、けれどそれを覆い隠した笑みを浮かべ、お姉様はわたくしの頭をそっと撫でます。


「ロア。わたしの、大切な妹。この先何があったってどうなったって、わたしはロアの味方だからね」

「はい。ありがとうございます、お姉様」


 お姉様がわたくしを愛してくださっているのを、わたくしは知っています。

 だからこの足を踏み出せるのです。

 どの道を歩もうと、わたくしには必ず居場所があるのを知っているから。




 ――ガーデンパーティまで、あと三日。


 窓から差し込む光は雲に遮られて弱々しく、気持ちを少々沈ませます。

 昨日も、あまり良いお天気ではありませんでした。当日は晴れるとよいのですけれど。

 因縁のできつつある図書館の一角で、ぼんやりと空を見上げていると、隣にお約束の相手が自然な様子で並ばれました。


「トレス様」

「物憂げだな。不安か?」

「少しだけ」


 まったく不安がないとは言えませんわ。


「昨日、兄上にもファディアから招待状が届いたらしい」

「イシュエル殿下は、来てくださるでしょうか」

「行くだろう。喜んでたから」

「まあ」


 エスト嬢のことを憎からず思っていらっしゃるのは知っていますけれど。お姉様にご執心だったのを見てきた身としては、複雑ですわ。

 来ていただけないと困るので、幸いなのは間違いないのですが。

 ……しかし。


「殿下はなぜ、難しい方にばかり興味をお持ちになるのでしょうか」


 平民と王太子が結ばれるのは、ほとんど不可能と言っていいでしょう。

 おそらくご自覚はないでしょうから、気が早すぎる考えということは承知で、それでも思わずにいられません。

 血筋ゆえにトレス様を軽んじているイシュエル殿下です。ご自分の子がエスト嬢との間にできたときは、一体どう考えるのか……。


「権力に魅力を感じない女性に、魅力を感じるんだろうな、多分」

「成程」


 イシュエル殿下の場合、ご本人よりも先に『王太子』という身分で見られることが多いことでしょう。

 ご理解はされていると思いますが、嬉しくない感情は誤魔化せません。納得です。

 ですがそうであるのなら、殿下の恋路は常に厳しいものとなりそうです。

 権力に魅力を感じない女性にしてみれば、殿下の王太子という肩書は、ただの重荷ですもの。


「で、俺も昨日お前から送られた招待状を受け取ったわけだが」

「はい」

「受け取ってから、今更、少し迷った」

「何をでしょうか?」


 計画は止められないので、迷う余地などありません。だとするならば……。


「俺は、倫理的にはもの凄く外れている、と言われるような行動を取ったつもりはない」

「はい」

「だが社会の規則の中では大層な違反だ。そして社会の枠組みの中で権利を享受している以上、俺がしたことは紛れもなく大罪だ」

「ええ、存じています」


 だから一度、そのご意思を確認させていただきましたもの。

 ですが正攻法で立ち向かうには、わたくしたちには力がありませんでした。また、時間も有限です。

 それでも納得できなかったから、褒められたものではない手を使ってまで、抗っています。


「この招待状を、ここで破くべきなのかもしれないと思って。お前が言った通り、俺がやった事だけは大罪に問われる可能性がある」

「トレス様……!」

「一連の事象は、繋がっているわけじゃない」


 わたくしたちはエスト嬢を護り、クルスさんの冤罪を晴らすため。最終的には、その目的も明かして裁きを待ちます。

 その中で一人だけ、気まぐれに秘宝を使ったとでもするつもりなのですか。わたくしたちを護るために。


「お気持ち、大変嬉しく思います」


 もしや、始めからそのおつもりだったのでしょうか。

 一緒に悪役をやろうなどと仰って、なのに最後はご自分だけ切り離そうと?


「ですがご無礼ながら――わたくし今、凄くトレス様を引っ叩きたい気分です」

「問答無用で手が出るタイプもアレだが、冷静に丁寧に口にされるのも結構怖いものがあるな」

「勿論、やりませんけれど」


 でも、わたくしの気持ちは分かっていただけたと思います。


「ロアは本当に、貴族のご令嬢だよなあ」

「はい。わたくしはお姉様のようにはなれません」

「ならなくていいだろう。そういうお前だから――やっぱりこの招待状は、ありがたく受け取って使うことにする」

「そうしてくださいませ」


 どうやら、トレス様の犠牲の元で護られることにはならずに済んだようです。

 ほっといたしました。……けれど、また少し……胸がざわつきます。

 よい、機会でしょう。ずっと恐れながら口を閉ざすのも、健康的とは言えませんから。


「トレス様は、どうされたかったのですか?」


 わたくしの意を汲み、トレス様は共犯となることを許してくださいました。ですがトレス様ご自身の意思は別だということも示されました。


「ご好意に甘え、逃げ延び、トレス様に罪悪感を与えない方がよかったのでしょうか? それこそ、もしお姉様であれば……」

「ん。そうだな。アリシアがもし婚約者で謀のパートナーだったら、俺はきっと、何も言わずに招待状を破っただろう」

「お姉様もきっと、怒りますわよ」

「かもな。でも理解して、納得もしてくれると思う」


 怒るでしょうし、悲しむでしょうし、その後は共犯である証拠を持って自分から乗り込みそうですけれど。


「怒りの種類が違う気がするんだよな。ロアは怒って悲しんで理解して納得して、――傷付くだろう?」

「――」


 言われてわたくしは、小さく息を呑みます。


 ……そうかもしれません。

 土壇場でそのような形で護られたら。わたくしはきっと、護られたとは思わない。

 己の信用のなさが恥ずかしく、苦楽を共にするに値しないと見なされたことに怒りを覚え、侮辱とさえ感じて傷付くでしょう。


「だから、それは違うよなと思ったんだ」

「……ありがとうございます」

「こちらこそ」

「?」


 こちらこそ?


「本当は、少し怖かった。どうなるかなんて、目が出るまで分からないからな」

「はい」


 世の中、思っても見ない方向に転がっていくことも少なくありませんから。


「身勝手に護るのをためらわせてくれるロアが婚約者で良かった。お前だから、お前に恥じない俺でいようと思わせてくれる」

「……わたくし、だから?」


 お姉様でもなく、クラウセッドの次女でもなく?


「そう。ロアだから」

「――……」


 迷いなく告げられた言葉に、胸がどきどきと脈打ちます。


「ごめんなさい、トレス様」

「ごめんなさい!? ここでごめんなさいなのか!?」

「い、いえっ。そうではなく!」


 今の言い方では、まるでお気持ちをご遠慮したいかのような返答です。無意味にトレス様をうろたえさせてしまいました。猛省します。


「とても――、とても嬉しいです。なのにわたくし、今、トレス様にお返しするべき言葉が分からないのです」


 この状況で返すべき単語のいずれも空々しく、お伝えしたい想いから外れている気がしてなりません。


「ああ、うん。ロアは――というか、この世界の貴族令嬢ならそうだよな」


 軽く咳払いをして、再びわたくしとしっかり目を合わせてから、トレス様は口を開かれます。


「俺は、お前が好きだよ。ロア」


 そしてわたくしが迷ったものの正体を教えるように、そう、形にしてくださいました。


 ――ああ。


 そう。そうなのですね。

 切り離されることで護られても、悔しくて悲しくて屈辱的だとさえ感じるのだろうその想いは。


 わたくしもトレス様が好きだから。


 好ましいのではない。わたくしは、この方が好きなのです。

 だから、勝手に護られるのが嫌だった。好きな方が自分のために身を滅ぼすのを、どうしてただ見過ごせましょう。

 わたくしだって、トレス様には幸せにいてほしい。笑っていてほしい。


「理解しました。わたくしも、貴方が好きです。トレス様」

「ん」


 わたくしの答えに、トレス様は僅かに頬を朱に染めながら、穏やかに笑ってくださいました。

 やはりわたくしは、トレス様の笑い方がとても好きです。


「なら、最後の結末まで一緒に迎えよう。もしもお互いどうしようもなくなったら、一緒に逃げてくれるか?」

「勿論ですわ」


 貴方の隣を失うぐらいなら、どのような世界にも飛び込みましょう。

 そうでなければきっと、わたくしの心が後悔するから。

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