第39話
「お掛けなさい」
お母様の私室に入ると、ソファを示されそう言われます。
「失礼いたします」
いただいた許可に礼を告げ、お姉様と並んで腰掛けました。お母様は正面です。
「これから話す内容は、しばらくは秘められるべきものです。そのことを常に留意し、使う場を間違えぬよう注意なさい。わたくしは、貴方たちにはその能力があると信じていますよ」
「承知いたしました」
神妙にうなずいたわたくしとお姉様に、お母様も小さくうなずき返します。
「辺境地帯に、魔導装兵が姿を見せたそうです」
魔法学によって生み出された、魔力伝導効率の高い武装を身に付けた者を、総じて魔導装兵と呼びます。
兵装のランクは様々で、国の正規兵であれば鎧や武器など全身を魔導装で固めているでしょうし、賊などであれば武器を持っているのがせいぜいだったりもするのです。
それだけ差があろうとも同じ枠に括られるのは、脅威だからに他なりません。
「賊の類でしょうか? それとも……」
「目撃者の話では、全身鎧であったとか。装備だけで決めつけるのは早計ですが、賊の類ではない可能性が高いでしょう。勿論、我が国の兵装でもありません」
「……」
その魔導装兵、トレス様の差し金にまず違いないと思うのですが……。
使われたのは秘宝、ですわよね? なぜ魔導装兵が?
……いえ、もしかしたら逆なのでしょうか。
魔導装はそもそも、秘宝を模倣したものなのでは?
強力な武器の存在を知って、かつ手元に置いておきながら使うことはできない。その状態で使用を諦めるほど、できた人間ばかりではなかったと思われます。
誰かが研究し、使いやすい形にした物が、現在の魔導装なのではないでしょうか。
ですがおそらく、魔導装は未だ秘宝の劣化版に過ぎないはず。そうでなければ国が秘宝を大事に抱えて秘匿するはずもありません。
その方が学園の入学時に同調率が調べられ、評価の一部となっているのも納得がいきます。
同時に今、得心がいきました。
妙だとは思っていたのです。共同で研究しているわけでもないのに、多くの国に必ず魔導装兵に類する装備があることが。
かつて世界を昏くした厄災に立ち向かったのは、何も我が国だけではありません。当時より続く国は勿論、何らかの理由で秘宝を得ることができた国もまた、開発に着手して現在の形となった――と考えるべきでしょう。
「国境の空白地帯より、我が国土に侵入したとの報も入っています。真偽は確かめねばなりませんが、無闇に騒ぐような無様な行いはしないように」
「心得ました」
わたくしたちにそう言うお母様はさすがです。声にも表情にも、一切揺らぎがありません。
ですが瞳には、僅かな戸惑いが残っていますわ。
お母様もきっと、秘宝についてご存知ないのでしょう。だからお父様の行動理由が分からず、不安を感じていらっしゃる。
内政を担当する財務局長のお父様が、なぜ外交や軍事の領域であろう魔導装兵の出現で慌ただしく動いていらっしゃるのか。
国としてどのような行動を起こすときもお金は必要ですから、お父様がご多忙になるのは自然です。ですが『それ以上』を感じるからこその戸惑いでしょう。
「話は以上です。お戻りなさい」
「はい。それでは失礼いたします」
お母様から事態の説明を受けることができましたので、この件に関して、少し知っていても問題なくなりました。
けれど……ああ。何を知っていてよくて、何を知っていては奇妙なのか、混乱してきそうです。人と話をするときは、きちんと考えながらにしなくてはいけませんね。
うっかり口を滑らせてしまっては、目も当てられません。
「魔導装兵、かあ。嫌だなあ」
あら?
「お姉様は魔導装兵がお嫌いなのですか?」
「魔導装兵がっていうか、武器とか、そーゆーのの全般がね、苦手。壊すための物を資源使ってせっせと開発するのも不毛だと思うし。……怖いじゃない。強い武器は。特に、殺している実感もなく殺せるような物は」
弓のことでしょうか? 剣や槍と違って、弓矢は肉を貫き骨を断つ感触が、己の手には直接は伝わってこない武器ですから。
「けれど強い武器は、人を魔物の脅威から護ってくれますわ」
強ければ強いだけ、安心です。
魔導装の研究をなさっている方の多くも、おそらく仮想敵は魔物として開発しているかと思います。
「分かってる。こっちには魔物って天敵がいるから、一概に止めればいいのにとかは言わないけど。でもやっぱり、人にも向けられるから。どうしてもね……」
「……そうですわね」
お姉様が仰る通り、魔導装の力は人にも向けられます。戦争が最たるものでしょう。
もし魔導装がかつて世界を守った秘宝を模したものであるのなら。……人の業を感じずにはいられません。
「ま、忘れちゃいけないけど、今憂えていても仕方ないわね。さーて。お風呂に入ってさっぱりしてこよ」
「ではわたくしは、部屋に戻って刺繍の続きをいたしますわ。ごきげんよう、お姉様」
「うん、ごきげんよう。程々にね?」
「はい」
お姉様とも別れ、言った通りに部屋に戻ります。
わたくしたちの方は、現状、問題ないでしょう。
ですがエスト嬢が向かった郊外で、一体どのようなことが起こっているのか……。察する術もありません。
トレス様が思い描いた通りに進んでいることを願うばかりですわ。
いよいよ、ガーデンパーティーが翌週にまで迫ってきました。
辺境で目撃された魔導装兵の話も決して皆無ではないのですが、学園内での中心はやはり、間近になってきたガーデンパーティーの話題となっています。
王都からは離れた地での出来事とあって、やや対岸の火事、という様子がありますね。
トレス様の采配、現在はどのようになっているのでしょうか。
気になります。しかし、自然に聞ける方がいません。
一番怪しくないのは、いっそエスト嬢かもしれませんね。たとえば嫌がらせの体でどこかに呼び出せば、密談はできる気がします。
……やってみましょうか。
都合がよいことに、今日は実行委員の全員でパーティー全体のリハーサルを行います。終わったあとにでも時間を取れないか、エスト嬢を捕まえてみましょう。
会場に到着すれば、そこはもう、完成した姿でわたくしを迎え入れます。
ですがその、特に感動や驚きはありません。だって、完成までの過程を逐一見てきましたもの。
集まった実行委員たちも、ほっとした表情をしている方が殆どです。
そんな中。
「わあー。完成すると、やっぱり壮観ですね!」
やや棒読み口調で感嘆の声を上げたのは、エスト嬢です。自然、皆の注目が彼女に集まります。
時々お芝居じみたエスト嬢の言動も、謎ですわ。
「いや、むしろここで一番細々と働いていたのは貴女では……?」
立場の弱いDクラスです。エスト嬢も度々雑用を押しつけられていました。
わたくしが彼女を嫌っている(ように振る舞っている)ことも、要因かとは思いますが。
疑問を口にしたセティ様を振り返ることなく、エスト嬢は彼に肘鉄を入れます。
「ぐっ!?」
ええ、肘で突く、とか、そう言った可愛らしい表現が許されない、見事な肘鉄です。無防備に受けてしまったセティ様が呻くぐらいには。
エスト嬢、貴女の心臓は一体どのようになっているのですか……。
ともあれそれが『口出し無用。離れてほしい』の主張なのは、セティ様も察せられました。眉を寄せ、やや不快気ながらもその場を離れます。
残ったエスト嬢は、テーブルクロスの刺繍の見事さにキラキラした目を向け……ていません。油断なく、周囲を探っています。
「ここに来てヴェイツルートの攻略進めろとか、無茶振りだし……ッ。あんな怖い家の好感度なんか上げてるわけないでしょー。アスティリテ家の権力、仕事してよね……っ」
などと、祈るような調子で呟いています。
「――刺繍がそんなに珍しいか、ファディア」
「先生」
先程セティ様を肘鉄で追い払ったエスト嬢は、不意に横に並んで声を掛けてきたヒューベルト先生の方を、ぱっと振り向きます。
どうやら彼女が探していたのは、ヒューベルト先生ですね。
しかし今の行動、まるでこの展開を知っていて、セティ様に席を外していただいたような。妙にタイミングが良い方なのは、相変わらずです。
「ええと、珍しいというか、わたしも仕事でやっているので、一流の方の技術を参考にしたいなと思いまして」
「……そうだな。悪くない品だ」
ヒューベルト先生、会話を弾ませるのがあまり上手な方ではないとお見受けします。お二人の間に、やや気まずい沈黙が流れます。
現在の二人の関係は、忠告をした者とそれを聞き入れなかった者。気まずいのは当然です。
ヒューベルト先生とて、エスト嬢と親しくはしたくないはずです。特に、わたくしの前では。
にもかかわらず接触している、ということは……。
「あの、先生。わたし……」
「話がある。あとで美術準備室に来い」
「……分かりました」
不安げにエスト嬢はうなずきます。
教師に呼び出されて否の返事はありませんものね。
これも、入学したときにお姉様が仰っていたことを思い出します。エスト嬢が放課後に教師と密室で何をしていても関わらないようにと、ご忠告いただいていました。
けれどエスト嬢への呼び出しは、ヒューベルト先生に先を越されてしまいましたね。
優先するべきはわたくしの心情よりも、エスト嬢とヒューベルト先生の仲の進展です。邪魔をするわけには参りません。
仕方ないです。日を改めましょう。
そしてリハーサルは、恙なく終了しました。外部から雇い入れた使用人たちの動きも問題ありません。
後は当日を待つばかり、ですね。
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