第25話

「まあその辺りの話は、俺たち自身が政治に食い込める年になるまで置いておいて、だ」


 参加できる状態になったら、切り込んでいくおつもりですのね。


「あまり、早まったことはなさらないことをお勧めいたしますわ」


 アスティリテ家は名門ですし、重要な地位に就いている力のある家ですが、相手は多数の貴族となります。慎重に事を運ぶ必要があるでしょう。


「心配か? それとも警告か? クラウセッドのお嬢様」

「心配のつもりですが」


 健全な状態とは思えませんもの。改革は応援します。


「だよなあ! ラクロアはそうだと思った。言い方、誤解されやすいけどな。それとも、ご両親に気を遣っているのか?」

「……いいえ?」


 気を遣っているというよりも……。これは、わたくしの弱さなのでしょうね。


「アリシア嬢がああだから、ラクロアへの期待は重いだろう。板挟みって苦労するよな」

「苦労など、しておりませんわ」


 お姉様とお父様、お母様の間に溝があること、外から見ても分かってしまうのですね。断固、認めませんけれど。


「そうだな。少し無粋なことを言った。すまない」

「構いません」


 そのような事実はないと、微笑と共に受け流すことで示します。レグナ様とわたくしは敵対しているわけではないので、ここで話は終わりです。


「貴族、面倒くさー……」


 そこでうんざりした顔をしているエスト嬢。近衛騎士になったら、貴女も身に付けねばならない暗黙のやり取りですわよ。


「そう言えば、エスト嬢。昨日は聞きそびれたが、どうして中央区にいたんだ? 君は理由がないと入れないだろう」

「欲しい物があったので、ちょっとズルをしました。制服を着て『ガーデンパーティーの用で』って言ったら通れましたから」

「いい度胸だ」


 手段にというよりも、考えついたことを実行したエスト嬢の胆力へと、レグナ様は感嘆の言葉を口にします。通れたということは、信じさせたわけですから。さぞかし堂々とした態度だったのでしょう。


「ちなみに、欲しい物っていうのは?」

「贈答用に研ぎ石です。わたしの手持ちだと、それでギリギリですね」


 あら。お姉様案がこのような所で早くも見受けられるとは。

 お姉様とエスト嬢、案外発想が似ているのでしょうか?


「セティ向けに賄賂か」

「いいえー。普段お世話になる機会があったときに渡す、お礼の品です」


 悪い顔をして明け透けに言ったレグナ様に、輝く笑顔で否定するエスト嬢。文脈がおかしいですが、おそらく間違っていません。

 まだ来ていない、しかし見越した未来の話なのです。


「何もなく渡すわけではありませんのね」

「だって、クロエ様が不安がってるんでしょう? 急いでないからいいわ。むしろクロエ様を不安にさせるとか、超地雷……!」


 まあ! エスト嬢が、ついにわたくしの言葉に聞く耳を持ってくれましたわ。


「絶対大丈夫なんだけどねー。セティ様は真面目な貴族だから、今の貴族社会の状況で、あたしを女として見ようとかしないわよ。ちょっと図々しく言うけど、あたしに好意を抱いてくれたとしてもね。自制する。絶対に。……序盤は」

「あー、セティはそうだな。だから堂々としてたのか」


 疚しいところが自分になく、かつ周りの認識も己と同じだと考えていたがゆえの行動、ということですね。

 セティ様はもう少し、中央の貴族社会に顔を出した方がよい気がいたします。

 ……そういえば。


「エスト嬢を襲ったあの二人、本当に警備軍の詰め所に預けて良かったのでしょうか?」

「そうそう。報告が来てたんだった。彼ら自身は、本当にクラウセッドの使いの者に頼まれたと思っているようだ。それ以上の情報は、彼らからは取れないだろう」

「そうですか」


 無念です。


「今、依頼をした人物に関しての聞き取りをしているところだ。堂々とやっているから、見張っている者がいれば背後にまで届くだろう。単純な行動に出てくれれば楽なんだが」

「行動って……」


 先を聞くのが嫌そうに、しかし聞かずにもいられない――。そんな様子で、エスト嬢がおそるおそる訊ねるのと真逆に、レグナ様は明快に答えます。


「襲いに来てくれないかなって」

「やっぱり!」

「そうならないと、先に進まなさそうだからなあ」


 エスト嬢が忌避感を覚えるのは、正しいと思います。命を囮にするわけですから、気が咎めるのは確かです。

 レグナ様も止めるつもりはないでしょうが、是非は口になさいません。


「分かってますけど。……どうして、そうやって命を軽く扱う奴がいるんでしょうね。自分だって、軽く扱われたら悲しいはずなのに」

「それは簡単だ。貴族はまず、平民は自分たちとは別の存在だという教育をされる。親の教えってやつは、強い。それがどれだけ歪んでいても、親のすることは正しいことだと、子どもには刷り込まれる」

「あ……。うん。それは、聞いたことあります。間違っていると思いながらも、親がしていたことと同じ行動をとる人は多いって……」


 わたくしは初めて聞きましたわ。

 けれど、子は親の鏡と言います。つまりはそういうことなのでしょう。


「間違っていると思い至れる理性があるなら、まだマシだがな。現状、間違いとまでは言えないのがまた歪んでる。今回の話だって、エスト嬢を襲ったことそのものは、おそらく問題にされないぞ」

「……そうなんでしょうね」


 悔しそうに、けれどエスト嬢は認める言葉を呟きました。

 今回の件で問題とされているのは、クラウセッドの名前を騙ったことです。

 襲われた事実よりも名誉の方が重いというのも、奇妙な話ではありますが。貴族の認識としてはそうなります。


 警備軍は……どうでしょうか。役職についているのは概ね貴族ですが、実務に当たっているのは平民が多いです。

 彼らも己の身と重ねて、エスト嬢に共感している者は少なくないかもしれません。


「親の教えを理性によって覆すような奴は、変わり者だけさ。で、どうしてそんな社会構造にしたかといえば、単純だ。その方が統率しやすいからだ。自分より『下』がいることに安心感を覚え、『上』に従う不満を緩和させる。そういう働きが期待できる」


 貴族は王に従い、平民は貴族に従う。平民の中でも、財を築いた者とそうではない者の間には序列が生まれていると聞きます。貴族の爵位と似たような社会を形成している、と言えるでしょう。


「それが続くと、意識の中でも真実になる。王は特別な存在になり、貴族はその次。そして力のある平民……ってな。その社会にある限り、ある程度の地位が保証される奴は変化を許さなくなるし、頭を押さえ付けられ続けた奴も、それを不思議に思わなくなる」


 少し……危険なお話になってきましたわね。

 あと一歩でも進んだら、わたくしはレグナ様を止めなくてはなりません。体制への批判は、王家への批判です。

 そのような危ういことに、巻き込まれるわけにはいきませんから。


「言っておくが、俺は体制を批判したいわけじゃないぞ? 合理的な部分も多いしな。ただ問題は、権利をはき違えている連中が多いってことと、権利を行使する知識を奪われていることにも気付いていない奴が多いってことだ!」


 個人の問題にすり替えましたわね。


「いいか? 発展っていうのはな、知識の積み重ねなんだ。そして発想は、その人物が生きてきた環境に大きく左右される。多方面からのアプローチに、人数は欠かせない。もしかしたら豊かな発想力を持つ奴が、今正にこの時代この国にいるかもしれないのに、その才が芽吹いていない可能性があるのがもったいない! っていう話だ」

「……それ、魔法のお話ですわね?」

「俺的にはそうだな」


 凄く個人的な問題で締めくくりましたわ。わざと、なのでしょうけれど。

 レグナ様は相当、変革をご希望のご様子。この方が政治の世界に入ったときが怖いですわね。


「先程も言いましたが、早まったことはなさらない方がよろしいですわよ」


 現国王陛下も、そして次に王座を継ぐイシュエル殿下も、レグナ様が望むような改革は求めておりませんもの。


「そうだな。俺の代で出来ることは限られているだろう。――ヴァルトレス殿下なら、話を聞いてくださる気はしているんだが。あのお立場で、あの離宮を作り上げられる方だからな」


 ……トレス様の離宮は、確かに居心地がいいです。それはきっと、働き手同士の関係が良好であるから。

 権力と離れた場であるからこそ穏やかで、しかし同時に失っている働き甲斐と誇りを、待遇と関係性によって生み出している。その結果が、あの離宮の空気感でしょう。


 あの方が王になれば、変わるのかもしれない。あの小さな世界を見ると、そう感じるお気持ちは分かります。わたくしも、考えたことがありますもの。

 ですが、レグナ様は大切なことをお忘れですわ。


「トレス様は、将来貴方よりも発言力を失うことが確定している方ですわよ」


 レグナ様の発言は、アスティリテ家のものでもあります。

 アスティリテ家がトレス様を王に押すなど、あってはなりません。


「なしじゃないと思うぞ? ラクロア。俺はセティを引き込む自信がある。アスティリテとレイドル、クラウセッドが付けば、どんな改革だろうとゴリ押しできる」


 この方は、なんて恐ろしいことを仰るのか。


「血の重さへの配慮が欠けておりますわよ、レグナ様。権力が許しても、臣の心が許さないでしょう。その歪みは、必ず後世に災いをもたらします」


 レグナ様も、ご自身で仰っていたではないですか。

 貴族の序列もまた、長い歴史の中で真実となっているのです。高位貴族は、自分たちの尊さから比べて著しく劣るトレス様の母君の血を、主として受け入れません。それは歴史が証明しています。


 もしもトレス様を皆が納得する形で王座に就けようというのなら、イシュエル殿下が亡くなりでもしない限り不可能です。

 まさか、そこまでは考えていないと思いますが。

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