第22話
「これは、また。アリシア嬢の突飛さに隠れてあまり目立たないが、君も相当変わり者だな、ラクロア嬢」
目立たないとか、失礼ですわよ。事実ですが。
くつくつと快さげに笑っている様子を見るに、どちらかといえば褒められているのでしょうけど。
「さて、エスト嬢。ラクロア嬢の言があれば、『それ以上』が出てこない限り捜査は確実に最後まで行われる。覚悟はいいか?」
「覚悟って、何ですか」
「一つ。君の発言が嘘だった場合、最悪、王族を侮辱したのと同等の刑が下る。ラクロア嬢はヴァルトレス殿下の婚約者だからな。王家の枠組みの中に入れられるかもしれない」
臣籍降下したとしても、トレス様に流れる血が変わるわけではありませんからね。
一代先、二代先となればまた変わってくるでしょうが、トレス様ご自身の扱いは、あまり変わらないでしょう。
「あたしが嘘をついているっていうの? 冗談じゃな」
「二つ。君とラクロア嬢が真実を求めた結果、彼らは死ぬかもしれない。クラウセッドの名前を騙った何者かは、絶対バレたくないだろうから。それぐらいのことはやる」
エスト嬢の発言を遮る形で告げたレグナ様に、彼女の表情は苛立たしげなものから衝撃を受けたものへと変化しました。
レグナ様の言、わたくしも否定できませんわ。
自分の発言が人を殺す――。そう言われて、エスト嬢には迷いが生まれたようです。わたくしも思う所がないとは言えません。
「で、どうする? そろそろ警備軍が来る頃だ。方針を固めておこう」
「……あたし。あたしは。……黙っていても、いいです。よく分からないけど絡まれた。それでいいんでしょ」
「いいえ。よくありませんわ、エスト。真実は明らかにされるべきです。でなければ貴女は、どこの誰かも分からない相手から、こうして襲われ続けるかもしれません」
むしろ口を噤めば、そうなることは濃厚かと思います。
「な、何言ってるのよ。それで殺されちゃったらどうするの!?」
「どうもしませんわ」
エスト嬢にとって、わたくしの答えは受け入れがたいものだった模様。彼女は嫌悪さえ浮かべて、わたくしを睨んできます。
「他人の命がどうでもいいって言うの? 最低ね」
「己の命を売ったのは、彼ら自身ですわ。たとえそうせざるを得ない状況に置かれていたのだとしても」
彼らが弱者の側に存在するのは、その身形から明らかです。
「そしてここで追及の手を緩めて喜ぶのは、彼らを利用した者だけです」
それでは何も解決などしない。先延ばしにしただけです。
「真実に勝る正義はない。彼らの命を背負って生きるのが恐ろしいのなら、全力で護ればよい。それは真実を追わない理由になり得ません」
怖くないと言えば、嘘になります。
耳を塞いでなかったことにしてしまえば、万が一のことも起こらない。起こったとしても、それは過剰な反応をした裏の誰かのせいだと、義憤に燃えるだけで済むかもしれません。
そんな誘惑が囁いてくるのも事実です。ですがそれは、所詮は欺瞞の楽。
「エスト、貴女のその行いは、彼らに本来の罪以上のものを被せかねないものでしてよ」
彼らの命のために。そして、彼らの命を負いたくない自分のために。どちらの比重が高かろうとも、どちらも存在しているのは確か。
そうして繰り返されていく誤魔化しが、腐敗を生んでいくのです。
「――……」
反論は、来ませんでした。
エスト嬢は唇を戦慄かせてわたくしを見詰めます。それから目線を落とし、わたくしと視線が合うのを避けるようにして、口を開きました。
「権力があるから、言えることじゃない……っ」
「そうですわね」
否定はしません。
平民であるエスト嬢に、わたくしと同じことはできません。彼女が真実を求めれば、レグナ様が言った通り、命を脅かされる者が増えるだけでしょう。
「だからこそ、わたくしがやるのです」
権力を持つ者として、同じく権力が持つ者が歪んだ力の使い方をしていないかどうかを探り、正す義務があると思います。
「じゃあ、調べてもらうに決定だな」
わたくしの意見の方が公には強いですから、エスト嬢がどれだけ否を叫んでも決定なのです。
それはともかく、レグナ様にもお聞きしたいことがありますわ。
「レグナ様? 貴方は本当に、隠蔽に加担なさるおつもりだったのですか?」
アスティリテ家の力を使える貴方がそれは、問題だと思いますわよ。
「いいや。ただ、こっそりやった方がいいと思ってた。だが意外にラクロアが正統派だったんで、まあ、正攻法の方がいいに決まってるから、俺も乗ろうかなと」
……真正直で、けれど抜け目のない方ですわね。
レグナ様はきっと、エスト嬢が嘘をついた可能性も、わたくしが嘘をついている可能性も考えていた。だからどちらにも警戒のされない、貴族らしいあり方を取ったのですね。裏で探ることを決めながら。
息をつき、レグナ様から顔を逸らした先に、警備軍の姿が見えました。
「失礼します! 緊急救難信号を挙げられたのは、皆様で間違いありませんか?」
「ああ、俺で間違いない。詳しい話は詰め所でしよう。そこに転がっている二人を運ぶのを手伝ってもらえるか?」
「承知いたしました」
レグナ様に敬礼をして、駆けつけてきた警備軍五人がそれぞれ悪漢二人を拘束していきます。そしてそのまま、乗ってきた馬車に運び込みました。
「レグナ様、わたくし、自分の馬車を待たせておりますの。そちらに乗って詰め所に向かわせていただきますわ」
「分かった。じゃあ、エスト嬢は――」
「で、できればラクロア様! 乗せていただけませんか!」
ええ!?
意外です。エスト嬢はレグナ様と行動したがると思っていましたわ。わたくしのことも、快く思っていないでしょうし。わたくしもですけれど。
これまでのことがあるからでしょう。エスト嬢の作り笑顔も引きつっています。なのになぜ、そこまで同乗したいのでしょうか。
「俺は警備軍の馬車に乗せてもらうつもりだけど、自分を襲った奴と一緒の空間にいるのは気持ちよくないよな。どうだ? ラクロア」
「…………。ええ、構いませんわ」
わたくしの方から彼女を突っ撥ねる明確な理由は、残念ながら見つかりませんでしたわ……。
「すっごく嫌そうなのは癪だけど、感謝するわ」
「敵対的な方を喜んで歓迎する方は稀有でしてよ」
わざわざ不仲を喧伝することもありません。わたくしとエスト嬢は、至近距離で互いにこっそり毒を吐きます。勿論微笑を湛えるのは忘れずに。
「では、参りましょう」
ふいとエスト嬢から顔を離し、レグナ様も含めてそう言います。
彼女と顔を突き合わせていても、良いことが起こった記憶がありません。ここは最短で詰め所に辿り着き、離れるのが得策でしょう。
同行者を一人増やして馬車の元まで戻ると、御者がそわそわと路地と馬車とを交互に伺っているのが見えます。
そんな状態ですから、彼はすぐにわたくしに気が付きました。
「お嬢様!」
「ごめんなさい。待たせましたね」
「いえ、ご無事でいらっしゃるならいいんです。――そちらの方は?」
「向こうで起こった騒ぎに巻き込まれた、不運な一般人ですわ。これから、警備軍の詰め所に向かいます。行き先はそちらに変更を。よろしいわね」
「承知いたしました」
彼の手を借り、馬車へと乗り込みます。わたくしに続いてエスト嬢が乗ると、間もなく馬車は走り出しました。
「それで? なぜわざわざ、わたくしに同乗しようなどと言い出したのですか?」
「一番は、レグナ様と一緒に居たくなかったから」
「意外です」
「どうしてよ」
わたくしが思ったままを言えば、エスト嬢は不思議そうに問い返してきます。
まさかこの方、自覚がない……?
「貴女は、権力者の男性とは、遍くお近づきになりたい方なのかと」
「ちょっ、何ソレ! なわけないでしょ!!」
顔を赤くして、エスト嬢は全力で否定してきました。
……だって、そう見られることをしていますわよ?
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