第15話

「確かに、俺が魔法に興味を持ったのも面白い! っていう気持ちからだな」


 懐かしそうにレグナ様は呟き、他にも何人かうなずいている方がいます。男女問わずに。


「ね? セティ様も理想の騎士が増えてほしいなら、もっと手をかけて人材発掘、育成しないと叶いませんよ。頭数だけ揃った、血に飢えた暴力集団を結成したいなら止めませんけど」


 それは確実に、騎士と呼べる存在ではありませんわ……。


「……そうですね。私が間違っていたようです」

「じゃあ、闘犬は剣舞に変更ということで!」


 満面の笑みで、エスト嬢がそうまとめます。彼女がその発言をしたことに、誰も違和感を覚えていない様子です。

 平民である彼女が、貴族たちを取りまとめるような行いをして、それを受け入れさせるとは。


 彼女があまりに自然体なせいでしょうか? それとも、上品ではないけれど小気味よいその話術の賜物?

 どちらにしても、エスト嬢が希有な人材であることに間違いはありません。

 ……やはりどことなく、少しだけ、お姉様に似たものを感じます。


「待て待て、エスト嬢。剣舞じゃ騎士科の連中だけが花形になる。それが許されるなら、魔法科も見せ場がほしいぞ? 魔法の可能性を全ての者に知らしめてくれようぞ!」

「どうしてどこぞの魔王っぽい言い様なんです」


 レグナ様、もしかしてお芝居お好きなのでしょうか。


「それならばもういっそ、二つを一つの演目としてまとめてしまってはいかがでしょう?」


 バラバラのままでは、パーティーが混沌としそうです。けれど一つの舞台として成立させれば、良い催しになるのではないでしょうか。

 問題はこの案だと、やはり主役が騎士科になるということですが……。


「魔法科の方々の協力が得られれば、それこそ視覚的に『恰好いい』演出ができるでしょうから、異はありませんが」


 セティ様も魔法科の心情を気に掛け、何人かの顔を見ます。わたくしもその視線をなぞっていきますが、特に不満を覚えている様子はなさそうです。


「いい仕事をすれば確実に目には留まるから、問題ない。な?」


 魔法科代表としてレグナ様が言いますが、会場からも特に不満は見えません。

 そこまで出たがりな人も少数、ということですわね。


「ですがそこまで派手だと、最早何が主体のパーティーか分からなくなりそうですが、いいのでしょうか」

「庭という場所でパーティーを開いてさえいれば大丈夫だ」


 委員長が断言しましたわ。

 せっかくトレス様にご相談に乗っていただけましたが、どうもその内容とはかけ離れたパーティーになりそうです。

 申し訳なく思う気持ちはありますが、完成したパーティーが素晴らしいものになれば、きっとご理解いただけるでしょう。


 ――頑張らなくては!


「どうも濃いメンバーの意見になったが、これはあくまで一提案だ。他に案があれば、遠慮なく頼む」


 そう言ってレグナ様は再度案を募りましたが、手は挙がりませんでした。

 剣舞案を出したのがセティ様、レグナ様、わたくし、エスト嬢の合作のような形になってしまったせいで、圧力に感じて――という感覚もなくはないと思いますが。

 どちらかといえば、『それでいい』という、肯定的な気配を感じます。

 ……少し前まで、男女できっぱりと別れようとしていた室内の空気とは思えませんわ。


 きっかけとなったのは言うまでもなく、エスト嬢。

 多くの方は、彼女が平民であることに目を曇らせ、そのことに気付いてさえいません。

 けれどレグナ様はとても楽しそうに瞳を輝かせてエスト嬢を見ていますし、セティ様も感心なさっている様子。

 婚約者のそんな様子に、クロエ様が気付かない訳もありません。場の空気を壊さないようにと、気丈に微笑みを保っている姿が痛々しいです。


 でも、エスト嬢が悪いわけではありません。セティ様が悪いわけでもないでしょう。でもわたくし、クロエ様の不安も分かるのです。

 もしも。もしも女性の結婚がもう少し自由なものであれば。

 婚約者の心が他に移っても、それは仕方のないことだと、親しい誰かと泣いて、思い出が過去になってから前を向けば済む話なのに。


 波紋の中心たるエスト嬢へと目を向けると、なぜか彼女と目が合いました。

 わたくしを見ていた? なぜ?


「他に意見がないのなら、この案で進めていきたいと思う。舞台と演出、会場の雰囲気は揃えたいから、各責任者を決めて連携を取っていくようにしよう」


 ううん……。だとしますと、会場のデザインは剣舞の詳細が決まってからでないと取りかかり難いですわね。

 今回でそこまでは決めてしまうおつもりらしく、セティ様が挙手をして発言します。


「演目はどうしますか? 新たに一から作るのは、日数的にさすがに厳しいかと思いますが」

「そうだなー。『アル・ソール』辺りが無難かと思うが」


 レグナ様が挙げられたのは、この世界に生きる者なら誰もが知っている英雄譚です。

 その昔、空を昏く染めた邪悪なるものを打ち払った、太陽王の物語。英雄譚であると同時に、太陽王を常に傍らで支え続けた、月の乙女との恋愛物語でもあります。

 正に、男女問わず好まれる演目と言えるでしょう。


「舞い手までをここから選ぶのは難しそうですね。別途に募集する必要があるでしょう」

「そうだな。――だが、セティは当然立候補するよな? 太陽王」

「貴方は、人の話を聞いていますか? 私には実行委員としての仕事があります」


 ましてセティ様は補佐にも名乗りを上げていらっしゃいますものね。


「いやいや、ここはぜひとも、騎士の何たるかを見せてもらわないと、な?」

「……攻撃的な物言いだったのは謝罪します」


 失態を引っ張られ続けるの、辛いですわよね……。心中、お察しいたします。


「それだけじゃなくて」

「やっぱり嫌味でもあるんですね。で?」

「これで嫌味言ってる自覚が無かったら、そっちのがヤバいと思う。――俺が知る限り、太陽王をやらせるならお前が一番見栄えするなってだけだ」

「……」


 レグナ様の言葉が、技量と容姿、両方を指すことは疑いようもありません。

 太陽王の容姿は、未だ研究者の間で議論中の問題です。唯一分かっているのは、瞳が赤かったということだけ。

 そしてセティ様は藍の髪に紅の瞳をしていらっしゃいます。条件には当てはまっているのです。


「適任がいるのに外したら、やっぱりがっかりされると思わないか?」

「……分かりました。募集をかけてみて、適任がいなければ引き受けましょう」

「よし、その言葉忘れるなよ。と、いうことだ。各実行委員は自分のクラスに以上の話を伝えて、立候補者を募ってくれ。次回、その中から配役を決める選考会を行う。次は……そうだな。皆に考える時間も含めて、一週間後ぐらいでいいか?」


 明日話しておけば、丁度安息日が挟まりますから、ゆっくり考える時間が取れるでしょう。充分かと思われます。


「他に連絡事項がなければ、今日は解散でいいと思うが、どうだ?」


 今回も、特に意見はないようでした。


「では、解散」


 少し待って手が挙がらないのを確認すると、レグナ様が会議の終了を告げます。

 この会合の空気は決して悪いものではないと思いますが、それでもやはり、雰囲気が緩むのが感じられます。

 まったく緊張感がないのも困るので、良い塩梅と言えるでしょう。


 ……さて。

 わたくしは席を立ち、目的の人物が会議室を去らないうちにと、急いで声を掛けに行きます。


「エスト。話があります。少し付き合っていただけますわね?」


 相手が断ることを許さない言い様です。傲慢だと言われればその通り。お姉様であれば、このような物言いはしないでしょう。

 けれどわたくしは、お姉様のように強くはなれません。


 平民を同等に扱っては、貴族たちから眉をひそめられ、攻撃の口実を与えてしまう。

 当然です。王家が定めている身分を軽視してしまえば、それがそのまま王家への態度と見なされますから。


「……貴女が、わたしにですか?」

「そうです」


 貴女のように目立つ方、他の方と間違えたりしませんわ。


「分かりました」


 基本的にエスト嬢は、身分差に忠実です。わたくしの誘いも断りませんでした。


「ここは人目が多いので、付いてきてください」

「はい」


 先程の会議で一層存在感を増したエスト嬢にはそこそこの人目が集まっており、多少のやり難さを感じずにはいられません。早く場所を移してしまいましょう。

 わたくしが出入り口へとつま先を向けた、正にそのとき。


「エスト。クラスで待ってるから」


 エスト嬢の隣に座っていた男子生徒が、そう言って彼女を心配そうに見つめます。

 彼は確か、エスト嬢と同じく、Dクラスの実行委員でしたわね。

 柔らかそうな茶色の髪と、穏やかな新緑の瞳をしています。伸び伸びと育ったことが窺える、年よりやや幼げな顔立ちに、今は警戒による険が僅かに加わっています。

 僅かに、とは言っても見て分かる程度には露骨です。どうも彼は、貴族に良い感情を抱いてはいなさそうですわ。

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