第14話

「お待ちくださいっ」


 感情のまま立ち上がろうとしたわたくしを止めたのは、隣のクロエ様でした。


「クロエ様……」

「ここはお茶会でもなければ、パーティーの場でもありません。隣に誰を伴って会場入りしたとしても問題のない、学びの場ですわ」

「それが建前でしかないことは、クロエ様もよく分かっていらっしゃるでしょう?」


 そしてもちろん、学園に通う貴族の子息子女、全員が。

 一生徒となり、同じ制服に身を包もうとも、立場が変わるわけではありません。

 ましてや婚約者から不義を疑われた娘と共に歩いてくるなど、無神経にもほどがあるではありませんか。


「でも、ここで騒いでは皆様のご迷惑にもなってしまいますわ……」


 う……。


 そ、それは、間違いありません。

 そもそも、こんなに人目の多い場所でする話でもありませんわね……。

 感情に任せて、わたくしの方が余程クロエ様に恥を掻かせてしまうところでした。猛省します。


「ごめんなさい、クロエ様。わたくし、浅慮でしたわ」

「いいえ。ラクロア様のお気持ち、とても嬉しかったです」


 わたくしが浮かしかけた腰を降ろすと、クロエ様は柔らかく微笑みました。不安による陰りが消えたわけではありませんが、心もち平常心を取り戻した感もあります。

 人は、目の前に自分より慌てている人間がいると、逆に冷静になると聞きます。わたくしが取り乱した様子を見て、クロエ様の方が落ち着いたのかもしれません。


 幸いであるとは言えるでしょうが、格好がつくとは言えません。猛省します。

 セティ様は前回と同じく、すぐにクロエ様に気が付きました。軽く手を挙げて挨拶をします。クロエ様もにこりと微笑んで応じました。


 しかし、やり取りはそこで終わり。二人は入り口から離れ、通る人の邪魔にならない場所にまで移動をすると、話を続けます。

 人目がこれだけある場での、堂々とした行いです。解釈は二つに分かれることでしょう。


 一つ、疚しいところはない。

 一つ、クロエ様との婚約関係を軽視している。


 周囲にどう判断されるかは……まだ読めませんわね。

 集合時間に定められた十分前、全員が会議室に揃いました。その頃には、セティ様とエスト嬢も各々の席についています。

 会議室の様子を見て、議長席に座ったレグナ様が、苦笑して口を開きます。


「予定より少し早いが、皆揃っているから始めようか」


 時間が過ぎるのを待つだけというのも、勿体ない気がいたしますものね。反対する方はいらっしゃいませんでした。


「では前回頼んだ通り、ガーデンパーティーのテーマを決めていこう。案がある者は挙手をしてくれ」


 案を出せる者からして限られる方法ですが、妥当です。成功すれば誉れ、失敗に終われば汚点となるこの催し、栄誉を得ても無難な者がやるべきですから。

 せっかくトレス様からもご意見をいただいたのです。参りましょう。


「ラクロア嬢、どうぞ」


 他にも挙手をした方はいらっしゃいましたが、レグナ様はわたくしを一番手に指名されました。


「わたくしたちはまだ入学したばかりで、かつ、パーティーの主催など経験のない者が殆どかと思います。ここは参考にできる前例の多い伝統を主軸に、現代の流行を多少加えるぐらいのものでよろしいのではないでしょうか」

「アリシア嬢の妹君にしては、面白みのない提案ですね」


 どうせ、わたくしはお姉様のような才覚を持ち合わせてはいませんわよ。

 拍子抜けした様子でそんなことを言うセティ様に、わたくしは微笑みを送って着席します。


「では次。面白い提案に期待できそうなセティ、行ってみようか」

「面白いという程ではありませんが。折角パーティーを主催するのなら、人を楽しませる趣向を用意したいとは思いますね。学園の敷地内で狩りは難しいでしょうが、闘犬などなら可能では?」


 一気に血なまぐさくなりましたわ……。

 確かに殿方には好まれる方が多いように見受けられますけれど、わたくしが上級生であれば行きませんわね。そのガーデンパーティー。

 セティ様の発言ですから、表立って否を唱えるご令嬢はいませんが、皆、不安そうな顔をしています。

 わたくしもあまり強くは言えませんが……。望んでいない気持ちぐらいは伝えられます。


「それが楽しいのは殿方だけですわ」


 女性は参加もできませんし。できてもしたくありませんが。

 そもそも、娯楽目的で命をもてあそぶその行いが、好きになれません。


「夫の趣味に付き合えないと、将来苦労しますよ、ラクロア嬢」


 生憎、トレス様がその手のご趣味をお持ちだとは聞いていません。ご本人の意思か王の意向かは分かりませんが、開催されても参加を見送られることが多いですし。

 ですが――悔しいことに、セティ様の言の方が正しいです。彼の言う通り、この中でも将来夫の付き添いで狩猟大会なり闘犬なりに同行する妻は、少なくないでしょう。

 将来を見越してというのなら、間違っていませんわ。

 あと正面切ってセティ様に否を言えるのは、レグナ様ぐらいではないでしょうか……。


「すみません。いいでしょうか」


 そんな中で手を挙げたのは、何とエスト嬢でした。

 まさか、平民の彼女がセティ様に意見すると……!?


「どうぞ、エスト嬢」


 この部屋の中にいるほぼ全員が驚愕で固まる中、いち早く我に返ったのはレグナ様でした。彼は楽しげにきらきらさせた瞳を隠そうともせず、エスト嬢に発言の許可を与えます。


「わたしは、命を軽んじる行いは嫌です」


 い……。言いましたわ、この方。包み隠しもせず、はっきりと!


「これは異なことを。あなたは卒業後の進路に、騎士を志したいのだと聞きましたが? ――騎士など、命を軽く扱わねばなれない職業ですよ。殺さねば、死ぬ。獣ごときを殺せずに、人を殺せますか。殺せなければ護れません。そして護れなければ騎士などではない」


 ……セティ様は、命にはっきりと優劣をつけているのですね。

 国境を護る辺境伯のご子息であるセティ様です。幼い頃から命に対しての割り切りを、教育として受けられていると察せられます。


 というか、エスト嬢は進路に騎士を希望しているのですか?

 町の警備軍ならともかく、騎士は別格。基本、貴族の子息女がなる職業です。ですが確かに、学園で優秀な成績を収めた平民であれば、その道が拓ける可能性があります。

 そのためには、誰かの推薦が必要となりますが。


 彼女の高い魔力と優れた頭脳であれば、勝ち得ることができるかもしれません。有力貴族の方々と話しているという目的は、それなのでしょうか。

 ですがそれなら、セティ様に噛み付くのは愚策ですわよ……。


「まあまあ、落ち着け、セティ。お前は国境地帯の常識に毒されすぎだ。王都に人を殺す覚悟を持った騎士なんか、少数派だからな?」

「不甲斐ない。そんなことで、無辜の民を護る騎士足れるはずもない。有事の際にはとても役に立ちそうにありませね」


 セティ様は非常に苛立たしげですが、レグナ様の言い分の否定はしませんでした。

 その在り様に納得はしていなくとも、現状は認めていらっしゃるご様子。


「血に慣れさせるには、いい催しなのですがね」

「まあ、セティ様。本来の目的がそちらであるならば、ガーデンパーティーの趣旨とは大きく逸脱していますわ」


 騎士の訓練は、相応の場所でやっていただきたいものです。


「丸きり無視したわけではありませんよ、ラクロア嬢。茶や菓子を飲み食いしながらだらだらと歓談し続けるようなパーティーは、実際退屈ですから」

「ご安心ください。狩猟に付き合わされる多くの妻も、同じように思っておりますわ。将来のための、良い経験になりますわね」


 断言しますけれど、クロエ様もお嫌いですわよ。セティ様が提案なさったとき、不安そうなお顔をされていた一人ですもの。

 周囲の反応は――これは、よくありません。男性側はセティ様派、女性側はわたくし派と、大きく分かれているようです。


 こうまではっきり分かれてしまうと、どちらの案が通ったとしても遺恨が残りそうですわ。

 レグナ様もそう思っているのか、決を採ろうとはなさいません。喜ばしくない結果が容易に想像できますものね……。


「では、こういうのはどうでしょう」


 次に言葉を発するのを誰もがためらう中、エスト嬢が挙手をして発言を求めます。


「どうぞ、エスト嬢」

「闘犬の代わりに、剣舞で納めませんか? そちらなら、男女ともに楽しめるのではないでしょうか」

「その心は?」

「人にいきなり現実突きつけたって、誰もやる気になれませんってことです。ね、セティ様。動くための力は、夢や理想から生まれるんです。セティ様が騎士らしい騎士でありたいのも、理想とする騎士像がご自分の中にあるからでしょう?」


 一理あります。


 こうなりたいと思う理想があるから、努力ができるというものです。努力とは、辛いものですもの。夢や目標、目的がなくできることではありません。


「つまり?」

「まずは騎士カッケー、って思ってもらうのが先だと思います。そのためには、視覚的に派手で恰好いいのが一番です!」

「騎士の矜持は、見てくれではありません」

「だから、まだその段階に来てないんですよ、セティ様が対象にしている人は誰も。進路を決める前のご自分を思い出してください。 セティ様の周りって騎士だらけですよね? 騎士を目指してもいいなって思ったのは、その中に恰好いい騎士がいたからじゃないですか?」

「……」

「いきなり現実突きつけて、そこから理想を説いたって無駄です。理想から入るからこそ、目指せるんですよ」


 エスト嬢の言い分、わたくし、よく共感できますわ。

 幼少期より、お母様はわたくしにもお姉様にも現実を説き、それに沿った教育をなさいました。もしお姉様が優しい理想で包んでくださっていなければ、今頃、わたくしの心はさぞかし冷えていたでしょう。

 そう、それこそ、今のセティ様の様に。

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