第11話

「ごきげんよう、エスト」

「……ご機嫌麗しく、ラクロア様。それと……」


 エスト嬢はトレス様を見て、どうするべきか迷った様子を見せます。

 紹介はされていないけれど知っている、というところでしょうか。


「トレス様。こちらはエスト・ファディア嬢。わたくしと同じく、ガーデンパーティーの実行委員ですわ。エスト、こちらはヴァルトレス・ユーフィラシオ殿下です」


 二人を知っている者として、わたくしが間に立つことにします。


「お初にお目にかかります、ヴァルトレス殿下。ご紹介に与りました、エスト・ファディアと申します」

「ああ、よろしく」


 きちんと紹介されたことにほっとした様子で、エスト嬢はぎこちないながらも淑女の礼を取りました。

 つい先日まではする様子さえ見受けられなかったのだから、この方、努力家ですわ。

 形にもなっていないそれにトレス様が鷹揚にうなずくと、戸惑ったような顔をします。なぜ?


「冷笑を待ち構えているところ悪いが、生憎期待には添えない。二度あることは三度あると言うし、二人いて、三人目がいない保証なんかないだろう?」

「え。……え!? じゃあ!?」

「まあそれはともかく。――お前、どういうつもりだ?」


 エスト嬢の驚きを無視して、トレス様はそう問いかけます。

 しかしあまりに曖昧な問いかけに、エスト嬢も首を傾げました。


「どういう、とは、何のことでしょう」

「とぼけるな。ここに来たのは偶然じゃないだろう」


 詰問するような厳しい口調に、エスト嬢はきゅっと唇を引き結びます。しばしためらう間を置いてから、彼女は挑むような様子で口を開きました。


「王子殿下? わたしは、平民です。父を早くに亡くし、母娘二人で満足に食べるものもなく困窮しながら何とか生き延び、ここに来ました。幼馴染みの助けがなかったら学園に入る前に死んでたでしょうね」

「は?」


 今度は、トレス様が戸惑った声を上げます。


「いや、ちょっと待て。何でそんなことになってるんだ?」

「あの悪役令嬢が、あたしを邪魔だと思ってやったんでしょ!? 冗っ談じゃないわ。王族貴族に生まれてフワフワーって、ゲーム気分が抜けてないんでしょあんたたちは!」


 い、いきなり言葉が荒くなりましたわね。おそらくこちらが彼女の素なのでしょう。何を言っているのかも意味不明です。

 悪役令嬢って、お姉様のことをそう呼んでいるのですよね? 何にしても――


「言いがかりはやめていただけますか? お姉様が貴女に何をしたというのです」

「貴女の姉はね、手を回してあたしとお母さんから仕事を奪ったの。おかげで貧困生活まっしぐらだったわよ!」

「そ、そのようなこと、お姉様はしませんわ!」

「どうだか」


 エスト嬢は鼻で笑って切り捨てましたが、お姉様は断じて、そのような方ではありません。


「実際、自分のルートから外れてイシュエル殿下と仲良くなってるみたいじゃない。いや、ルート回避はいいわよ。あたしだってそうするわよ。でも何? 悪役令嬢溺愛ルート増設してるの? 妹に悪役令嬢ポジション押しつけてまで? いいご身分よね」

「あー……。それは否定しない」

「トレス様!?」


 いえ、もちろんお姉様と満足に面識のないトレス様に、無条件で味方をしていただきたいというのは都合がよすぎるでしょう。

 うぅー。それでもわたくし、お姉様の味方をしていただきたかったです。


「アリシアに悪意がないのは分かってる。ただ、前も言っただろう。彼女は周りが見えていない」


 わたくしの抗議の声に、トレス様は少し困った様子でそう言われました。


「お前の味方なら、大して迷わずしてやれると思うんだけどな」

「っ……!」


 そっ、それは。その言われ方は、ずるいですわ。

 お姉様のことで不服に思うわたくしは確実にいるのに、自分のことで単純に喜ぶわたくしもいて、どうすればいいのか混乱します。


「仲、いいのね?」

「正確には、仲良くなろうとしている最中だ。だが俺は、ラクロアのことは可愛いと思ってる」

「っ……! っ……!」


 大変、大変光栄ですし嬉しいです。けれどこういうとき、わたくしはどうすればいいのでしょう!?


「だから、お前が想像しているようなことは起こらないぞ」

「それならその方がいいわよ」

「いいのか? 攻略できなくなるぞ、多分。状況が変わるんだから」

「全然いいけど」


 ケロリと言い切ったエスト嬢に、トレス様は怪訝な顔をされます。話について行けていないわたくしが、一番怪訝な顔をしているとは思いますが。


「だったらどうして、ここにいる?」

「何度も言うけど、あたし、平民なの。貴族の覚えをよくするのに自分の知識を使って、何が悪いの? というか、悪いなんて言わせないわよ。食べる物に困ったことのないあんたたちには」

「いや、だから」

「あたしはあたしなりに考えて、行動してる。邪魔をしないで。あたしもあんたたちの邪魔も悪役令嬢の邪魔もしないから。自由に処刑回避でも追放回避でも溺愛フラグ建設でもすればいいわ」


 平民の間では、自然に使われている言い様なのでしょうか? 正確なところは分かりませんが、それがお姉様への悪意の表現だということは察せます。

 もし本当に、お姉様がファディア家の収入を断ったというのなら、彼女の怒りは正当でしょう。しかしお姉様はそのような方ではありません。絶対に誤解です。

 そのようないわれなき不名誉、必ず訂正していただきます。


「エスト。貴女の言い分は分かりました。ですが今のお話が事実無根であったときには、お姉様に謝罪していただきます」

「いいわよ。事実無根ならね! 言っとくけど、貴族の力で揉み消した場合は認めないわよ」

「そのようなこと、する必要がありませんわ」


 事実なのですからね!


「大した自信だけど。後悔しないといいわね」

「しません!」


 わたくし、お姉様を信じていますもの。

 ばちりっ、と睨み合ってから、エスト嬢は大きく深呼吸をします。それからにっこりと微笑みを顔に張り付けました。


「では、わたしはこれで失礼しますね。早速悪役令嬢に邪魔されて、イシュエル殿下とはお話しできそうにないですし。ごきげんよう、ヴァルトレス殿下、ラクロア様」

「ごきげんよう」


 この後、同じ空間で調べ物をするなど地獄です。ですのでエスト嬢が図書館を後にしたとき、わたくし失礼ながらほっとしてしまいました。

 ……けれど、あら?


「……今の言い方、まるでイシュエル殿下とお話するためだけに、ここに来たようですわね」

「事実そうなんだろう」


 トレス様の肯定に、わたくしは目を瞬いてしまいます。


「それは奇妙ですわ。だってそれでは、殿下が図書館にいらっしゃるのを知っていたようではありませんか」


 不思議に思ってそう言えば、トレス様ははっとした顔をして、気まずげに目線を逸らしました。


「兄上は目立つから、小耳にでも挟んだんじゃないか。多分」

「なるほど」


 充分、あり得ますわ。


「ロアはどうして図書館に来たんだ?」

「ガーデンパーティーの趣向を考えるのに、先人の知恵を頼りに来ました。第二回目の会合の前に、皆様に提案できるぐらいの完成度でイメージを固めておきたいのです」

「シナリオ全然関係ねえ……。それでも居合わせるのは必然なのか、偶然なのか」

「?」


 世の中には偶然などなく、すべてが必然だと仰る方もいますけれど、トレス様の呟きはそれとも意味合いが違う気がいたします。


「……まあ、大丈夫だろう。多分」

「トレス様? 先程から何を仰っているのか、よく……」

「ファディア絡みで、お前に面倒がかからないといいなって話だ」

「はあ……」


 いまいち繋がっていないように感じるのは、わたくしの理解力の問題でしょうか……。

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