第10話

 会議室の隅に置いてある机まで、一直線。椅子を引いて座ってから、室内をぐるりと見回します。


「ガーデンパーティーの顧問を務めるヒューベルト・ヴェイツだ。学園の許可が必要だと思う物のみ、報告しに来い。後は勝手にやれ。以上だ」


 楽しみにしていた気分に、思いきり水を掛けられましたわね。

 しかし、ヒューベルト先生の言にも一理あります。自らが企画し責任を負うという、このイベントの趣旨にも適っていますもの。


 とはいえ、何も決まっていないこの状態で皆に声を掛けられる方は、限られるでしょう。ましてこの空気の中で発言するのは、勇気が必要とされますわ。

 そんな中、一人の生徒が挙手をして皆の目を引き、声を上げます。


「ごもっともなお叱りを受けたので、始めようか。まずは総責任者となる委員長と、その補佐をする副委員長を決めたいと思うけど、どうだろう」


 そう言って皆を見渡したのは、今年度の学年主席であるレグナ様。


「異議なし」


 そしてすぐに賛同の声を上げたのはセティ様。続いてパラパラと同意の声が上がります。


「成否を決める大切な役だ。まずは立候補を募って、複数人いたら各々アピールしてもらって、後は多数決でいいかなと思うんだが。あ、ちなみに俺は立候補させてもらう。魔法科Aクラス、レグナ・アスティリテだ。よろしく」


 入学式に出席していれば、彼を知らない方はこの場にいないはずですね。

 レグナ様は黒髪赤眼の、少し珍しい色彩をお持ちです。

 絶対とは言えませんが、髪や瞳の色は魔力質に大きく影響を与えると言われています。


 わたくしの銀の髪は闇属性と親和性が高く、瞳の青は水です。魔力適性もそのままでした。

 レグナ様の黒髪は、魔力適性なしか、もしくは全属性の極端な二択。黒髪に生まれつく者の多くは適性なしになるものですが、レグナ様は稀有な方でした。

 全属性適性の方は大概瞳も黒いはずなのですが、その点でも珍しいですね。

 こうして近くで直接目にしますと、トレス様の瞳の色の感覚とも似ている気がします。

 トレス様は『俺は純然たる火』と仰っていましたので、気のせいなのでしょうが。


「他に誰かいるか? 遠慮はいらないぞ」


 そうは仰られても、家格とご本人の優秀さを前に、名乗り上げられる方はいないでしょう。

 レグナ様はむしろ、少し残念そうに苦笑してからうなずきました。


「なら、俺が実行委員長ということで、よろしく頼む。次に補佐をしてもいいって人、挙手をしてくれ」


 こちらの呼び掛けには、何人かの手が上がります。わたくしもその中の一人です。

 この場に揃った顔ぶれを見て、自分が立候補をするべきか否か、大抵の方がすでに判断をされています。

 気になってエスト嬢を窺うと、彼女の手は降ろされたままでした。


「丁度いいぐらいの人数かな。それじゃあ俺と、今名乗り上げてくれた人たちを中心にしてやっていくとしよう。知り合いも多いかもしれないが、自己紹介から始めようか」


 主に平民や、下位貴族の方々に対する配慮ですね。

 座っている席の上座順――ようは家格の順に、クラスと名前を名乗って行きます。わたくしも無難に終わらせました。


「第一回目の会合はこんなものだろう。次は、そうだな。三日後ぐらいに二回目を行おう。各人、パーティーのテーマを考えてきてくれ。――他に、今連絡しておきたいことのある人はいるか?」


 発言者はいないようです。

 十数秒待ってから、レグナ様は特になしと判断されました。


「じゃあ、今日は解散。三日後の放課後、忘れずに集まってくれ。――というわけなので、先生。お疲れ様でした」

「ああ、お疲れ。まあ頑張ることだ。自分のためにな」


 会合が終わりを告げると、ヒューベルト先生が真っ先に会議室を後にしました。

 生徒主体のイベントとはいえ、教師として、あまりに熱意がなさすぎるのではないでしょうか。

 仰る通り、わたくしたちはもう完全な子どもとは言えません。しかし学園で学ぶ生徒――まだ指導を受けて良い立場だというのに。

 顧問の好意的ではない態度に、不安そうな顔をしている者も少なくありません。


「大丈夫でしょうか……」

「助けは期待できそうにありませんわね。それもまた勉強、ということなのでしょう」


 入学初めての主催イベントにそれとは、やや厳しい気もいたしますが。


「それはそうかもしれませんけれど」


 クロエ様は不服そうです。気持ちはわたくしも同じです。


「いずれ好意的ではない方ともお付き合いをしなくてはならないときのための練習だと納得するしかなさそうですわ。――では、わたくしもこれで。ごきげんよう、クロエ様」

「はい。ごきげんよう、ラクロア様」


 他にもすれ違う数人の方々と挨拶を交わし、会議室を後にします。

 それにしても、パーティーのテーマ、ですか。どのようなものが良いでしょうか。

 ご招待いただいたことは少なくありませんが、いざ主催の側に回ると難しいです。改めて世の貴婦人たちを尊敬しますわ。


 お茶会の成否は家の内部を取り仕切る妻にとって、重大な事柄。きっと良い経験になるでしょう。

 ですが自分の頭の中でだけ考えていても、名案が浮かぶ気がしません。ここは先人の知恵にも頼ってみましょう。


 明確な目的なく動かしていただけの足を、図書館へと向けることにします。

 図書館は会議室のある一般科実習棟の二階にあるので、そう時間もかかりません。

 階段を上り、図書館へ向かうと――あら?

 入り口手前で壁に寄りかかる、トレス様のお姿が。


「ロア」

「これは、ごきげんよう、トレス様」


 調べ物でいらしたのでしょうか。偶然ですが、だからこそというべきか――お会いできて嬉しく思います。


「ごきげんよう。――というわけで、ここを離れるぞ」

「え?」

「今ここにいると面倒な――」

「ロアー!」


 トレス様のお言葉を遮る声量で、今度は後ろから聞き馴染んだお声が。


「お姉様――? きゃあっ」


 振り向く間もなく、お姉様が背中から抱き付いてきます。い、一体何事でしょう。


「ロア! まさかと思ったけど、本当に図書館に来るなんて……。今すぐここを離れよう。ここは今、魔窟だから!」

「え、ええ?」

「馬鹿、声を抑えろ。お前の声がすることに気付かれたら」

「――アリシア!?」

「ほら来た……」


 扉が勢いよく開けられ、そこにはイシュエル殿下のお姿が。同時に、頭痛を堪えるように額に手を当て、トレス様が低く呻きます。

 いえ、まあ、確かにお姉様のお声は澄んでいてよく通るのですが、今のは扉を隔ててなお気が付く、イシュエル殿下の耳がお見事なのではないでしょうか。


 扉が開け放たれたことで中が見えましたが、そこにはエスト嬢の姿もありました。考えることは皆一緒、ということでしょうか。

 しばし唖然とした表情で固まっていたエスト嬢ですが、我に返ると同時に、不快そうに眉を寄せます。その瞳が映しているのは、どうやらお姉様のみ。


「偶然だな。君も調べ物か?」

「い、いえ。わたしは通りがかっただけと言いますか……」


 嬉しそうに歩み寄ってくるイシュエル殿下に、お姉様は曖昧に応じます。同時に、いつもより遠慮がちな様子に見受けられます。

 お姉様の注意もイシュエル殿下ではなく、図書館内に留まってこちらを見ているエスト嬢に向けられているようでした。


 なぜご存知だったかは分かりませんが、お姉様はどうやらイシュエル殿下かエスト嬢をわたくしに避けさせたかった模様。とはいえ、会ってしまった以上もう仕方はないでしょう。

 目的があって来たのですし、わたくしとしてはご挨拶をして中に入ってしまいたいところですが、王子殿下の会話に割り込むわけにも参りません。一段落ち着くまで待つしかありませんわね。

 と、思っていたら。


「兄上、悪いが俺とロアは正に調べ物があるんだ。中に入って構わないか?」

「ああ、そうか、すまない。邪魔をしたな」


 トレス様がそう申し上げてくださいました。

 殿下の目的はお姉様だけなので、むしろわたくしたちがこの場を離れるのを歓迎しそうな雰囲気です。

 ですから、殿下、貴方はもう少し包み隠した方が……。とてもそんな指摘はできませんけれど。


「ロア、行くぞ」

「は、はい。でも……」


 助け舟を出していただけたのは、大変ありがたいです。

 しかしそこはかとなく、お姉様を囮に差し出したような罪悪感があります。


「あっちは放っておいても大丈夫だ」


 ……あら。そのようですわ。


 お姉様の様子がおかしかったので気になりましたが、今はもう、いつも通りです。

 強引に話題替えをしたお姉様にイシュエル殿下は応じてくださっていて、お二人は季節の花の話に移っています。

 お姉様に困っている様子は見受けられませんし、ならばトレス様の仰る通り、離れた方がよいかもしれません。


 図書館内に入って、まずはエスト嬢へと挨拶をすることにします。ここまではっきり互いを認識しておいて、挨拶の一つも交わさないのは無礼です。

 それにわたくし、彼女に詫びねばなりませんわ。

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