25. そして『彼女達』へ光が差す
「キエエエエエッ!?」
突如として暴れ始めたアーガストの死体にシルクは奇声を上げて驚いた。
「シルク! 早くこっちに! 巻き込まれたらタダじゃ済まないと思う!」
「ダメです! イルマさん結構重いです! あとコイツめっちゃ気持ち悪い!」
「手伝う!」
水しぶきが上がる中、その場に魔剣を置いて私もシルク達の元へと向かった。
しかし本当に往生際が悪い。昔に狩りで仕留めた小さな蛇型の魔物でさえ、頭を切り離してもここまで暴れなかったぞ……。
「よいしょ……ッテウワ、ホントニオモタイ」
バタバタと暴れ回る大きな死体の渦と巻き上がる水しぶきの中、私はシルクの手を借りながら中央の陸地へとイルマを持ち上げた。
「シルク! 兜と鎧外すの手伝って!」
「あいさ!」
兜を外すと、その美しい顔とぐったりとした身体から鎧を脱がすと、黒いインナーに身を包んだがっちりとした身体が露見する。
「……やるか」
「まかせます」
「揺れで手元が狂うと良くないから、軽くで良いから押さえておいて!」
「ハイ!」
ここまですれば何をやるかは明白であろう。
私はイルマの首を上げ、胸の中心に手を当て押し、圧迫を繰り返す。
ドン、ドン、ドン、と何度も胸を圧迫し、そして──、
「ん……っ」
鼻を摘みながら、彼女の口と自分の口を押し当て、息を吹きかける。
「もう一回……」
そしてもう一度、いや、彼女の息が戻るまで、続ける……!
「……? プレタさん! アレ!」
「……何っ?」
「アイツ、なんか様子が変です……!」
圧迫しながらシルクが見る方向へと視線を逸らせば、アーガストの身体が壁へ何度も体当たりをしている様子がそこにはあった。
ダン、ダン、ダン、と、それは私の心肺蘇生術よりも早いテンポで何度も何も無い筈の壁へと体当たりする。
一体何をしているのだろうか、いや、意味なんて無い筈だ。だってアレはただの──、
ビシッ──。
ただの死に際の動きだからと言って、油断したのが運の尽きだった。
私が魔剣を振り払った際に、その攻撃は洞窟の壁全体へと傷を付けた。そして、それは洞窟の壁の堅牢さを打ち破るきっかけになるには十分な物であり。
「まさか……!」
「アイツ! 私達諸共生き埋めにする気です……!」
「なんて往生際が悪いヤツ!」
私が付けた傷跡から広がる様にヒビ入った洞窟の壁が、アーガストの往生際の悪さを現していた。
「イルマ……お願い、どうか……!」
それでも私はイルマの心肺蘇生を続ける。
私が倒れている間、イルマがシルクを守っていてくれたんだ。
そんなの、私が悪いみたいでダメだ、だから、絶対に死なせない!
「イルマ生きて! お願い!」
「ゲホッ! ゴホッ!」
「ッ!」
イルマの口から水が吐き出された。
「…………プレタ?」
うっすらと目が開き、イルマは私の名を呼んだ。
「イルマ!」
「イルマさん!」
「そうか……私は……いッ……!」
どこかしらを痛めていたのだろう。イルマは痛みに悶える表情を浮かべ、シルクは彼女へと寄り添った。
「大丈夫ですか! 死んでないですか! 生きてますか!」
「蛇は、どうした……?」
「プレタさんがぶった切りました……けど!」
どうやら私までもが喜んでいる暇は無いらしい。
身体を打ちつけて響く振動は壁全体に這うヒビを段々と広がらせ、それが天井まで続くと今度はバキンと音を立て、傍へと瓦礫が降って来る。
「どうする……」
そうだ! 魔剣だ! これを使えば、また──!
と、ひらめきのままに、その手を魔剣の柄へとかけた途端。
「ゴブッ……」
腹の底から込めあげて来た何かが、私の口から吐き出された。
少量の胃液や涎に希釈された真っ赤な色をしたそれはまさしく──、
「え、血……?」
私が吐き出した血は手に持ったその魔剣へとかかり、まるで乾き切った地面の様に血を吸い取った。
剣はギュルギュルと蠕動する怪し気な赤い光を放ち始め、それは私の心に『ある考え』を思わせた。
「……」
なんだろう。
『使わない方が、良いのかもしれない』と、私の本能が囁く。
もしこの剣の力をまた使おうとすれば、私だけではなく、そこにいる二人まで危うくなる可能性がある。
『生血啜り』
それが何を意味するのかは勘でも解る。
この剣は、死した者の血を啜ろうとはしないんだ。
「……」
だったらどうする?
このままコイツと一緒に、三人仲良く生き埋めになるの?
そんなのは嫌だ。せっかく記憶を取り戻したんだ、せっかく私が、この世界にいる意味を見出せたんだ。
このまま死ぬのは──!
「……そうだ!」とシルクの声が、心拍数の上がり切った私の耳元に聞こえた。
「何か思いついたの!?」
「ええ! ちょっともったいないですけど! アレが魔石だって言うなら! 何かしらの魔法をぶつければ、それに合わせた連鎖反応だって起こす筈です!」
「……まさか」
「押しつぶされる前にぶっ飛ばせばいいんです!」
そのまさかだった。
魔力というのは、主に術者から命令をかけられるまでは魔力のままであり、術者の命令と、その魔法の属性に合った魔石等の触媒を通して、魔法として現れるのである。
イルマは言っていた。あの天井に煌めく石の全ては魔力を含めた物であり、その純度が高すぎる故に光り続けていると。
魔力が光ると言う事は、魔法使い等が魔法を行使する際に起きる光と同等のものであろう。であれば、その魔法の発動、点火に位置する『スイッチは押されたまま』なのである。
そこへと渾身の魔法をぶつければ、石が砕けると同時にその魔法に連鎖して行き、そこから爆発的な連鎖反応へと繋がる筈だ。
「私達、折角守りあえる仲間として成り立っているんです! このまま押しつぶされるってなら、どうせなら最後まで賭けてみましょう!」
「…………だそうだ、どうなんだ? リーダー?」
答えは勿論。
「…………やろう」
この一択だ。
「……ええ、やってやりましょう!」
「二人がそうと言うのであれば、私も賛成だ……この体ではなにも出来そうに無いしな」
「シルク」と、私は彼女の肩に手を乗せた。
「任せた!」
「こっちこそ、今はまかせたぞ、シルク」
「ハイ!」
シルクは笑顔で返事をした後、私達に背を向け、天井へと杖を掲げた。
「すぅーっ……」
魔法とは、使用の際に自身の体内に巡る魔力を魔石等の触媒を通して、そこから一点放出して使う物である。
「『
手順としては、教えや流派等の数から、その種類は森羅万象ともされる属性の中から一つの魔法を選び、その呪文を集中して、声に出して詠唱し、身の内に眠る魔力へと目覚めを呼びかける。
「いいか! これでもしどうにもならなかったら! 私達は死ぬ! だから渾身の一撃を放ってやれ──!」
普通であれば後は心の中で思うだけで、その詠唱した魔法を自身の中に貯め込んだ魔力の続く限りは自由に扱える。が、もし本当に、渾身の一撃を放ちたいのであれば、心の中だけではなく、口にして思いを伝えなければならない。
「天上どころか天の果てまで──!」
その詠唱がどうしても『アメリカ映画もびっくりのかなりドキツイ命令系』になってしまうのは、魔力の根源が竜の力であるという事に関係し、それは即ち『神に近しい存在でもある竜を従わせる』という事でもあるからだ。
「──その猛火をブチかませッ!」
そうしてシルクの持つ杖の先に創られた大きな火球は、天井へと放たれた。
その
「また後で──、」
身体中の魔力を一気に放出した反動か、シルクはその場に倒れた。
「シルク──!」
私が彼女の体を受け止めようと、駆け寄った途端。
「……!」
凄まじい爆発音と共に、私達はその爆発の光に照らされた。
その最中、私の頭部に岩が直撃し、私はまた、意識を地の底へと落として行くのだった。
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