24. Dáinsleif:Máni=『生血啜りの魔剣』

「……プレタさん?」

「……ゴメンみんな、おそくなっちゃった」


 あろうことかプレタは片腕だけで彼女の身長ほどはある大きさと長さの剣を握り、天へと掲げていた。


 生血啜いきちすすりの魔剣‟ダインスレイヴ・マァニ”


 剣は赤く蠕動する光を放ち、名の通り生血を求めるその様は、まるで剣自体に蛇が宿った様子だった。


「ってその剣は一体──!」

「後で話す……から、まずはアイツを何とかしよう」


 驚くシルクを置いて、プレタは視線を蛇竜へと見据えた。


「シュルルルル……」

「アレが、蛇……?」


 斬れた口の両端から血を流し、怯えるような視線でプレタを見つめる。

 しかし、その往生際の悪い蛇竜の思考には『まだ戦える』という考えが巡っていた。


「イルマは何処に?」

「あそこです!……ってうわあああ沈んでますぅッ!」


 シルクが指を差す先の湖面には、一本の槍が浮いていた。

 浅瀬ではあれど、鎧の重みでイルマの体は沈み、


「……! 早く助けないと!」

「でも、アイツが邪魔で……!」

「私が何とかしてみせる! イルマを頼んだ!」

「そんな、一人で何とかできる相手じゃないです!」

「良いから! 私を信じて!」


 プレタは脅えるシルクの胸倉を掴み、その目を合わせた。

 シルクの視点から見つめ合ったそのプレタの銀色の目には『決心』や『覚悟』とそれに纏わる『勇気』と『信頼』が見て取れ、それらは自身の中に眠る何かへ強く揺さぶりをかけた。

 

「……頼んだよ、シルク!」

「ハ、ハイ!」


 任され、片手で肩をたたかれると同時に『私もやってやろう』という気が芽生え、シルクは杖を強く握った。


「さて、大蛇さん、私があっちに行っている間、何があったかは分からないけど、私はやるべきことをするよ……!」

「シュルルル」


『この娘も、妾を蛇と言うか』と、蛇竜は痺れを切らす。

 そしてその苦渋の思いは魔剣を手にした者の力か、プレタにも伝わったのだった。


「え、アナタ、蛇じゃないの?」

『妾は竜だ! 蛇などという小さき者共と一緒にするな!」

「じゃあ、竜さん?」

『妾の名は‟アーガスト”! 魔王より使えし竜である!』

「じゃあ‟アーさん”で」

『この娘!』

「ってか、私、魔物と話せてる!」

『妾の話を聞け! この小娘が!』


 一方で、シルクは恐る恐る水面に体を入れて足を進めていた。


「プレタさん、もしかしてアイツと話してる……?」


 と、足を進める先は、蛇の尾の先端部近くであり、そこはイルマが沈んでいる元でもあった。


「アナタ、一体何がしたいの?」

『その剣を妾に寄越せ! それは我が魔王が欲する物! 魔王はその剣の力を手にし、いずれ──!』

「その事だけど、魔王死んだらしいよ?」

『ええええええッ?!』


 シルクから見聞きできる物では「ギュルルルルッ!?」と、蛇が聞いた事も無い声を上げると同時に、その尾が暴れていた。


「(ひいイイイイイッ)」


 プレタは一体何を言ったのだろうかと疑問に思う中、シルクはイルマの元へと辿り着き、シルクは彼女の重たい体を抱え、水面から上半身を引き上げた。


『っと、余りに無謀な嘘に思わず驚いてしまった。何を言っている! 魔王はまだ生きているぞ!』

「でも、この前勇者が殺したらしいよ? アナタ、それも知らずに命令に従っていたの?」

『我が魔王が一人だけだと誰が言った?』

「……あー、そういう事」


 魔王というのはね、一種の意思であり。たとえその時代の魔王が死んでも、その魔王の意思を受け継ぐ者が現れればその者が次の魔王にも成り得る。

 担い手の言っていた事がプレタの頭を過った。


『確かに下手な下等魔物であれば、我が魔王の繋がりは途絶え大人しくはなるだろうしかし! 我の様な準ずる存在であれば! 我が魔王の繋がりは不滅! 必ず何処かで繋がっているのだよ!』

「へぇ……じゃあ、その魔王が何処にいるのか聞かせて貰おうか?」

『貴様如きに教えるとでも?』

「そりゃそうか、だったら──!」


 プレタは手に持った魔剣を構えた。


『実力行使か……やってみるが良い!』

「ハアアアアアッ!」


 蛇竜アーガストは油断していた。

 たかが小娘、たかが手に取りたての魔剣。たしか魔王が幼い頃に倒したと言っていた勇者がだったという。であれば、今の自分でも十分に通用する相手だ。先の一撃など、口を開き油断していたから──、


『ほぇ?』


 そして次の瞬間には、理解しがたい光景に目が写っていた。

 背に生えた白い四つの翼の内の片側二翼が、瞬く間に切り落とされていたのだ。


『一体何が──!?』


 驚きのままに視線をプレタに向けた頃には、その光景が目に映る。


「『生き血を啜る』って、こういうことか……」


 プレタの手には、先ほどより明らかに大きくなった魔剣が握られていた。

 ギュルギュルと音を立てながら、紅く光る剣は、その大きさを更に増し、遂にはプレタの背よりも大きな物となる。


『何を……した……!』

「さぁ、私にも良く分かんないけど、こりゃ『啜る』ってよりは『喰らう』が正解かも……」

 

 プレタは大きさが変わっても不思議と重さは変わらない魔剣を軽々と持ち上げ構える。


「このままコイツに喰われたくなかったら、さっさと魔王の居場所くらい言っちゃったら?」

『この小娘が……! 胸も小さい癖しよって!』

「何言ってるの? 確かに私は小さい胸もコンプレックスだし、前世もそれが原因で死んだってもんだけど──、」


『まな板』と呼ばれていた少女は胸を張って言う。


「──この懐の大きさだけは、そこらの女より! 勇者より! デカい自身はあるんだから!」


 煌めく瞳は、担い手が見ていた『可能性』という物を秀でていた。

 そして、その視線は、ただでさえ苛立っていたアーガストの怒りを更に沸騰させていた。


『このまな板娘があああああああああっ!』

「けど今世でもコレってのはやっぱ許しがたいイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!」


 プレタが怒りと共に力任せに薙ぎ払った魔剣は、その力を最大限に発揮した。

 生き血は剣を肥大化させ、生き血に含まれていた魔力は剣へと力を蓄え、それらは、アーガストの体よりも遥かに巨大な血と魔力の刃を形成し、首と共に立たせていた胴体を横へと斬り伏せた。


『ギャアアアアアアアアッ!』

「あ、やっちゃった……」

『よく……もおおおお……っ!』


 力を最大限に吐き出した剣は元の大きさまで戻り、赤い光は暗く収まった。


『が、がああああっ……』


 切り離された体は伏せ落ち、湖を赤く染め上げて行く。


「え”え”ぇ”!? ほ、ホントにやりやったんですか! てか早!」


 後ろでイルマを陸地へと引き運びながらその様子を見つめていたシルクは思わず声を上げた。


「ああ、シルク、大丈夫──!」

「それよりも早く手伝って下さい! イルマさん、息してません!」

「──え?」


 更に驚くべき事が起きる。

 アーガストの切り離された胴体より下がぴくぴくと動き始めたのだ。


「……!?」

「なんです……コレ!」


 かつて父の手伝いで魔物狩りをしていたプレタは知っていた。

『生物の死に際、程往生際の悪い物は無い』と。


「シルク! マズイ──!」


 胴体より上が無い大きな体は、ビタビタと大きく動き始めた。

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