21. そして『今に至る』

N.A.1536年 六月二十三日


 蛇竜の攻撃はその大きな体格と翼を駆使した物理攻撃と口から繰り出される魔法攻撃が主な二通りだった。

 イルマは蛇竜の攻撃が後ろにいるプレタとシルク達へ当たらない様に凌ぎを削る一方で、彼女が得意とする跳ね飛びからの突き入れは最初こそ出は良かった物の既にその威力を落としていた。


「プレタさん起きて! 起きてください!」


 シルクはプレタの体を揺さぶり続けるが、一向に動こうとはしなかった。


「どうだシルク……! プレタは起きそうか……!」

「だめです! ぜんっぜん動きません!」

「だったらそろそろ魔法で援護を頼む! 私も限界が近い……!」

「そんな……っわかりました! 詠唱までの時間分は稼いでください!」

「ああ!」


 イルマが再び蛇竜の元へと駆け寄る中、シルクは杖を構え、宝石の付いた杖先を蛇竜へと向ける。

『強大な敵を目の前にしてもまずは深呼吸だ。心を落ち着かせなければ魔法の詠唱発動も』というのは、師匠の教えであり、そのやり方に慣れたシルクはただ、怯える事もなくその事を成す。


「スー……ハー……」


 先日の嘔吐は完全に油断していた状態からの事だったので、あまりの唐突さと驚きに深呼吸と同時に腹の中にあるものまで吐き出してしまい、そのまま半ば気を失うという失態も犯してしまった。

 しかし、今は頼れる仲間と守るべき仲間がいるというもの、先日の様な失態が再び起こる事など、己の中で許される筈もなく、シルクは邪竜を目掛けて杖で素早く丁寧に弧を描き、ただ淡々とその詠唱魔法を口から吐き出した。


「『原初の木漏れ日』!」


 この世を造り上げた『最初の炎の力』であり、時には生命を育み、時には焼殺するそれが今、シルクの『あのクソッタレの首元にその力をたたき込んでやれ!』という思考と、命令通りに、蛇竜の首元目掛け凄まじい速さで一直線に飛んで行き、次の瞬間にはその通りに蛇竜の首元へと命中した。


「シャァァッ!」


 よほど効いたのか蛇竜は声を上げ、その証拠に命中した箇所からは煙が燻る。

『……やるなシルク!』と、側から様子を見ていたイルマも心の中で思わず感銘し、負けんとばかりに先程よりも全力で、高く飛翔し、幾多の魔物を屠った槍を蛇竜の目を目掛けて振り下ろした。


『貰った──!』


 イルマがそう思うが早かった。

 その一瞬、目が合った蛇竜がニタリと笑みを浮かべたかと思えば──、


「……!? イルマさんッ! ソイツ──!」


 ドンッ──、と、シルクが異変に気が付いた次の瞬間には、イルマのその鎧を纏った身体は目の前の地面へと叩き堕とされた。

 

「なに……が……!」

「アイツ、魔法を弾いて来た……!」


『直撃しても演技をする暇までもある』という恐るべき思考と余裕をその蛇竜は有していた。

 放たれた魔法が避け切れない事を確信した上で『その程度であれば大丈夫であろう』と、わざと急所に近い場所で受け止め、声を上げてらしく見せる。そして直接的な自身の敵に成り得る、物理攻撃が主体のイルマの隙を突き、先ほど受け取めた魔法を倍近くの威力で打ち返したのだ。と、シルクは考える。

 ただならぬ知能を持つその魔物は、イルマの最初の考え通り、やはりただの大きな羽が生えた竜の様な蛇では無く、それはただの見た目だけの建前で、彼女らの目の前にいる翼を生やした者は歴とした『竜』であったというわけだった。

 竜とはこの世界において生命の始祖、全てを司る神に近しい存在であり、イルマとシルクも知らぬ、彼女達の目前にいる四翼の蛇竜の正体は、かつてその忌名をグラン・ドレイクと名乗った魔竜帝の手先、その小指の先にすら満たぬ者。名を『タイニー・ドレイク 小 さ き 蛇 』と呼ぶ竜であった。


「やはり竜の類か……」


 衝撃の反動が未だにビリビリと響く重い身体をイルマは起こす。手の痺れと足の震えが止まらないが、これでも地面へと直撃する寸前に、鎧に組み込まれたそれなりの防御魔法が発動された筈だ。


「……プレタは……無事か?」

「は、ハイ……って剣が抜けてます! なんならプレタさん抱きついてます!」


 プレタの身に起きている事を二人はまだ知る由も無い。


「シルク」

「ハイ、なんでしょう」

「風魔法は使えるか?」

「使えます!」

「わかった」


 イルマはフラつきながらまた槍を構え、足に力を込める。


「待ってください! まだ前に出るってんですか!」

「そうでもしなければお前達を守る事すらままならないだろう……! 文句なら私と同じ前衛であるプレタに言って欲しいところではあるが……彼女は……どうして泣いているのだ……」


 イルマが剣にしがみついたまま起きようとしないプレタの顔を見ると頬に涙が伝う。


「……そしてなぜ、私はここまでしてプレタを……『彼女を守らねば』と己を鼓舞してしまうのだ」

「わかります、私も、すぐに逃げれば良いのに、なぜかプレタさんを守りたいって気持ちが勝ってて……こう、なんというか……」

「『戦う気もままならない様だ』か……」

「ええ」


 プレタのその涙が感じ取られる気という物に、二人は不思議な物を感じ取っていた。

 それが何かはさておき、イルマだけではなく、プレタまでもが感じ取られるという事は、その気はきっと共感できる感覚が感じ取っている物なのであろう。


「プレタ! 大丈夫か!」

「プレタさん! 早く起きてください!」


 洞窟の最深部。大きな空間に不思議と造り上げられた大きな湖にイルマとシルクの声が響いた。


「早く目を覚ませ! このままじゃやられるぞ!」

「そうですよ! このままじゃコイツにやられておしまいですよ!」


 二人に声をかけられていても全く目を覚ます事のないプレタの目からさらに涙が溢れ出る。後悔か、懺悔か、悲しみか、止めど無く流れる涙の理由は、それを流す本人しか判らない物だった。


「ダメだ! 私達で何とかするしかない!」

「ああああッもう! わかりました! やったりましょう!」


 イルマとシルクが並んで立った先には、巨大な翼の生えた大蛇の頭が、ピロピロと二股の舌を動かしながら近付いて来ていた。


「「はああああああッ!」」

「シャアアアアアアアアッ!」


 二人と蛇の互いが目を合わた途端に、イルマは槍を構え、シルクは杖を振り上げ、彼女達に対して蛇は大きく口を開け、湖面の上で死闘を繰り広げるのであった。

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