19. 異世界から来た『勇者』

「魔剣の担い手? 選別者? 魔剣……?」


 まずは首を傾げた。


「アナタが触れた剣は、かつての大勇者‟ルーサー・ヴェルドナール”が振るい、その役目を終えた後、魔女の力を以て世界各地に封印した魔剣達の一つ、その名を生血啜りの魔剣‟ダインスレイヴ・マァニ”と呼ぶ物よ」

「ダインスレイヴ……?」

「マァニも付けなさい、理由は言えないけれど、後々ややこしくなるわよ」

「ごめんなさい」

「よろしい」


 しかし、あの大勇者が封印した剣ということは、かなりの代物なのでは?


 大勇者ルーサー・ヴェルドナール。

 かつてこの地を支配していたとされる魔竜帝を打ち倒し、この世界の救世主となり、人類の文明が今世に渡るまで築かれるきっかけとなった勇者の名である。


 つまりこの剣を引っこ抜いて売れば、それこそシルクが言っていた戦湯付きの宿を借りても困らない生活を送れるのでは──、


「愚考も止しなさい。もしこの瞬間、アナタがこの剣の使い手に選ばれなければ、全員が死ぬわよ」


 という訳にはいかなさそうだ。しかもなんかスゴイ事言ってるよ、この子。っていうか──、


「『剣の使い手』って、つまり私に魔剣を使えって事?」

「そういうことよ」

「じゃあ、それって──、」


 魔剣を使う事が許された者。それはつまり──、


「貴方には俗に言う『勇者』になってもらいます」

「……なんで?」


 勇者の資格を持つという事である。


「『竜の呪いに新に祝福された者のみが勇者になれる』というのはあなたも知っている筈よ」

「いや別に……祝福された訳じゃないと思ってるし、記憶だって曖昧だし、それに、この世界の住人じゃ無かった可能性だってあるし、むしろ逆じゃない?」

「それが祝福されていると言うのよ。よく考えてみなさい? 貴方以外にそんな境遇を持った人間がいると思う?」

「……探せばいるんじゃない?」

「はぁ……アナタ、一体どれだけ自信が無いのよ」

「だって、いろんな前世を持ってる人がいるって知ってるし、ついさっきもそんな感じの人と冒険してた訳だし、第一、魔王は死んだんでしょ? 新しく勇者を生み出す必要なんて──、」

「何勝手に魔王が死んだと思ってるの?」

「えー、どゆことー、死んでないのー?」

「アナタ……どうして歴代の勇者が数多くいると思ってるの?」

「……ついこの間までに世界を支配していた魔王が強かったから?」

「それもあるわ、けど、一番の理由は、魔竜帝が残した呪いが原因よ、あの呪いのお陰で、今に至るまで魔王というものは消える事が無いのだから」

「まさか魔王が呪いのお陰で生まれ変わっても魔王のままでいるって事?」

「んー、半分正解」

「じゃあ、残り半分は何なのさ」

「……魔王というのはね、一種の意思なのよ。たとえその時代の魔王が死んでも、その魔王の意思を受け継ぐ者が現れればその者が次の魔王にも成り得るの、そして次に生まれ変わった魔王が現れれば、座はまた、元の魔王の元へ戻る」

「一番最悪じゃん……じゃあ、だとしたら、今はその魔王の意思を引き継いだ人間が現れたって事?」

「そういう事、だからまた勇者の力が必要なの」

「だったら、また今の勇者に頼めばすむ話じゃん」

「その勇者がどうやって魔王を倒したか、アナタは知っているの?」

「……いいや」

「なら特別に教えてあげるわ──、」


 そう言って、彼女は私の耳元で事を囁いた。

 二人だと言うのに剣の担い手を名乗る少女に伝えられたその事は、たとえその状況を私が直接見ていなくとも、不思議とそれが事実だと受け止められた。


「なんで……!」

「なんでも何も、それが彼女の取った選択よ」

「……ああもう!」


 それに、それが彼女らしい選択だったと言えば猶更だった。

 だとしたら、今の私がやるべき事は、どちらに転んだとしても一つだけだった。

 

「…………ってやる」

「ん?」

「なってやる! 私が! 勇者に!」

「わかった、じゃあ今一度、アナタの前世の記憶を呼び覚ましましょう」

「は?」


『前世の記憶を完全に引き継ぎ、真に祝福に愛された者こそ、大勇者が封印せし魔剣を手にし、魔王を打ち倒す選ばれし勇者と成りえる』


 この逸話の意味を私は身を以て体感する事となるのであった。

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