17.その蛇には『翼』が授けられた

「ダメですイルマさん! プレタさん動きません!」

「二人で、力づくで退かすぞ! せーの──!」


 一体何が起ったのだろうと考える前に、シルクとイルマは錯乱していた。

 プレタが剣に触れた途端、突如として剣の柄を握ったまま、まるで全身の力が抜けたようにその場に膝を突き額を柄へと当てていたからだった。


「ダメです! 動きません!」

「なんでこんなに剣にしがみついているんだ!」


 シルクとイルマは彼女を剣から引き剝がそうと二人がかりで引っ張るが、気を失いながらも彼女は一向に体を剣から放そうとはしない。

『どうにかせねば』と考える中、場の空気に自然と感覚を尖らせていたシルクがある異変を感じ取った。


「待ってください……なんか……揺れてません?」

「まさか……!?」


 一方で、イルマも近くの水面を見ればその異変に気付くのは早かった。

 湖の水面が波打ち、揺れ、先ほどまで静かだった地底湖には、さざ波の音が響き渡り、最初にシルクが感じ取った揺れは強さを増して来ていた。


「ど、どどどど、どうしましょ! 一体何が起こってるんですか!」

「遂に……お出ましか」


 イルマの天上に散りばめられた魔石で鈍らされていた感覚が一瞬にして覆る。

 湖の地の底を突き破り、うねりを上げながら彼女たちのいる場所に、その蛇竜は姿を現した。


「ヒギャアアアアアッ!」

「耐えろシルク! 私が付いている!」

「えええ! 耐えます! 耐えてやりますけど、アレ……!」


 ああ、なんと悍ましい。

 大きな地底湖の空間が丁度似合う三人が先日に遭遇した土蛇を遥かに凌駕する巨体が、その図太く長い身体で中央の小島を囲う様に蜷局を巻く。

 背には蛇にあるまじき、体の大きさに見合った四本の羽翼が生え揃い、神から授かったそれらを羽ばたかし、大きく風を巻き上げながら、イルマの技でも届かないと言っていた高い天井に頭がぶつかりそうな程、蛇はその巨体を縦へと起こした。


「何……アレ……」

「蛇……いいや違う、翼が生えてるって事は竜……しかし蛇、どっちだ?」

「会わせて蛇竜じゃりゅうとかでいいんじゃないですかね……」

「竜であれば上位階級、いいや、低く見積もってもそれ以上、特位階級と言った所だろうな」

「特位って……私達、勇者かなんかですか?」


 こんな状況であっても、プレタは一向に意識を取り戻す事無く、剣にしがみ付いていた。


「私達の様な凡人であれば、二十人いても勝てるか勝てないかだろうな」

「ど、どどどど、どうするんですか!」

「どうするも何も、ああして退路が断たれた今、私達がやれることと言えば決まっている」

「……ガンバリマス」

「ひとまずシルクはプレタをなんとかして守ってやってくれ、私は、自分にできる事をしながら、奴の弱点を探る」


 イルマは槍を構え、その遥か上にある蛇竜の顔に目を合わせ──、


「シュルルルル」

「貴様の相手は、まずは私だ──!」


 次にその蛇竜へと飛びかかった。

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