9.『女泣かせ』の騎士

「えっと……その……」

「はああああああ! もう! ないわー! 私だってれっきとした女だもん! なのに、なのに貴公って……!」

「すまない、プレタ……勘違いをしてしまっていた……だから、その──」

「あああああああ! マスター! もう一杯!」

「そんなに酒を入れるのは止さないか?」


 土蛇クレイ・スネイクの騒動があって暫くして。


「プレタさん、意外と飲むんですね……」

「ったくっんのガキンちょめぇ! 早く飲めるようになれぇッ! (ゴクゴクゴクゴク)」

「いや、だって、まだ十五になったばかりですし……それに私はお酒に弱いんで……」

「マスター! 次!」

「ってえええ! もう飲んだんですか!」

「ふぃー、飲んでないとやってられんわこんなの……」


 農園の爺から報酬を山分けして得た私達三人は、ベルの街の大衆酒場で皿に盛られた料理が乗った机を囲み、それぞれの飲み物が入った杯を交わしていた。


「イルマさん、一体プレタさんに何をしたんですか?」

「……彼女を男だと思ってしまっていた」

「あー、やっちまいましたね」

「……本当に申し訳ない」


 女騎士‟イルマ・ハイドラ”が私に頭を下げる理由としては、先程の私を男として扱ってしまった事に対してだった。


「わたしだって女なんだー! 胸が無くても女なんだー!」


 かく言う私もイルマを男だと思っていた節もあるので、そこは五分五分と言った所ではある。いや、まぁ、あの容姿と行動を男だと思わない方が稀ではあるが、直接的に伝えた方が相手の心にはダメージというものがあった。


「ところで、どうしてイルマさんはそんな男勝りな感じなんですか?」


 よく聞いたシルク! 私もそのこと現在進行形で超気になってた!


「そうだな……行動概念としては、私が父の手一つで育て上げられたのが要因も知れない……父は騎士としての立ち振る舞いを崩す事無く貫き通し、それを私へと教え込んでくれていたからな。見た目に関しては……見ての通りだ」


 男であれば超絶美青年。女であっても少しではあるが男勝りな顔付きだ。

 しかしこうして杯を交わしながら顔を見てみれば、その火照った顔にも女らしさと可愛らしさが現れているようにも見える。

 胸に関しては……その分厚い鎧で覆われているせいか、大きさを確かめる事は無理そうだ。


「以前より私が男と間違えられ、よく女に泣かれていた事はあったが、こうして逆の立場に立ってみるのは初めてだ……本当にすまない」

「だそうですよ、プレタさん」

「カーッ! しゃーねぇ! その鎧を脱いだら許してやるよ!」と、冗談交じりに私は杯を片手に言いつける。勿論! 胸が見たいから!

「こ、ココで脱ぐのか……?」

「別に鎧だけだからさぁ、ね?」

「……わかった」


 へ? いいの?


「(かく言うプレタさんもおっさんみたいなこと言ってますけどね……)」


 唖然とする私にシルクは耳打ちする。

 対して私もシルクの耳に口を近付け──、


「(オイ、シルク、あんたもあんな醜態晒しといてそんな事言わんでもろて?)」

「(あ……あれはちょっと怖くてですね……)」

「(ちょっと所じゃなさそうだったでしょうが、吐くわ漏らすわ動かないわで大変だったんだからね?)」

「(うう……ごめんなさい)」


 等と互いに視線を近付け合って話していると。


「ぬ……脱いだぞ」

「まってまし……た……」


 視線をイルマに合わせた途端、そのとんでもない光景が目に映った。


「あ……あまりじろじろ見ないでくれ……仲間にこの姿を見られる事は初めてで……その……」

「──ヒュッ」


 丸一日中着けていた鎧の中で籠った体温と汗ですっかりと蒸れ切ったインナーは、女としてのしなやかさと騎士としての筋肉質を兼ね備えた美しい身体のラインを強調し、一般的には小さいと言えるのだろうが、どう見ても私よりはある小さな山場と緩やかな谷間がそこにあった。更に驚く事に、動くたびに少し揺れるその胸のたるみ方は、インナーより下は何も着けていない事の証明だった。

 一度に目に入って来るその初々しく素晴らしい光景の情景を頭の中で整理していく内に、酒のせいもあってか、昼の一件以上に私の中の何かが弾け飛んだ──、


「……これで許してくれるか?」

「ネェ、イルマ?」

「なんだ?」

「ユルスカラ、コンヤワタシトイッショノヤドニトマラナイ?」

「……別に良いが……部屋代は割り勘で──」

「イイノイイノ、ワタシガハラウカラー」

「だったら戦湯無しでも──」

「モチロンイクサユツキノヘヤダヨー、イインダヨー、キョウハソレナリニカセゲタシー」

「……いいのか?」

「イイヨー」

「それじゃあ……お言葉に甘えて……」


 と、話す傍らで、シルクは両手を上げた。


「私も! ご一緒しても! 良いですか!」

「よし! じゃあ三人部屋だな!」


 私の心の中に潜む下心が渾身のガッツポーズをした。

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