8.『混濁』した意識と騎士の手
上空から突き落とされた一撃で、
あれ程までに苦戦を強いて来た土蛇が、その一撃で沈んだのだ。
「なんで……?」
「何もこうも悲鳴が聞こえたのでな、同じ冒険者としては助けに参るのが普通であろう?」
「……!」
きっとその鉄兜の中身はさぞ美貌に満ちた青年なのであろう。その声変わりすら未だであろう若らしい声と、冒険者であれば当たり前である筈の言葉に、一人の女である私は思わずときめくものがあった。
「立てるか?」
「は……ハイ!」
騎士がその身を蛇の体から降ろし、私へ手を差し伸べてくれてくれた一方で、蛇の唾液でべとべとになった手で、高価そうな鎧を身に着けている相手の手を取るのは余りにも甚だしいと思った私は、自分で起き上がろうとするが──、
「…………立てない」
安堵感故か、足に力が入らず、立つこともままならない状態だった。
「足が折れているかもしれない、あまり無理をしない方がいいぞ」
「い、いや、折れてるとか、そういうのじゃなくちょっと力が入らないだけで……」
「なら手を貸せ」
「ひゃい……」
恥ずかしながら私が騎士に手を差し出すと、騎士はその手を取って、上へと引っ張り上げてくれた。
「おっと……っと」
立ち上がった途端にふら付き、そのまま騎士の体へともたれかかってしまった。
ああ、これ──、
「大丈夫か?」
「は──」
マズいやつだ──
******
夢を見た。
小さい頃の夢だった。
まだ十歳になったばかりの私と‟彼女”が話す夢。
遊び疲れた体を草原の上で寝かせて、大空を見ながら、互いの夢について話すのが日課だったっけ。
「ねぇ、プレタ、プレタは冒険者になったらどうしたいの?」
「そうだなー、やっぱり、前世がどんなのかを知りたいなー」
「そっかー、前世かー」
彼女は生まれつき前世の記憶が鮮明に残っていて、だからこそ、彼女は選ばれし『勇者』として、その歳で王が率いる騎士団へと入る事を許されていた。
「いつか私が魔王を倒したら、プレタの記憶の事を手伝ってあげられたらいいなー」
「ホント! 楽しみ!」
「だからそれまでに、プレタも強くなって、私と一緒に旅ができるようになって欲しい!」
「うん! 私、超強くなる! 強くなって‟リンダ”と一緒に冒険する!」
『約束だよ』と、互いに口を合わせて、私達は互いの小指同士を結ばせる。
「ゆびきりげんまん……だっけ?」
「うん! せーのッ!」
『嘘ついたら針千本飲ます』なんて拷問用語。果たして十歳が言ってもいい言葉なのだろうか? まぁ、そんな言葉を四歳ほどから平然と口にしていたのが私の前世だった訳だが……。
「じゃあね! リンダ! また明日! 遊ぼうよ!」
「うん!」
夕暮れ時、私は彼女に手を振って別れを告げる。
今となっては懐かしい記憶の夢に感傷していると、突然として、回りが何も見えなくなった。
夜よりも暗い暗闇に、リンダは私に背を向けて前へと進んで行く。
「何ここ……? リンダ?」
「バイバイ、プレタ」
「リンダ?」
「私、もう会えないかも」
「待ってよリンダ! 遊ぶ約束したじゃん!」
「もう、遊べないよ。私、魔王を倒さなきゃ……」
「リンダ!」
手を伸ばしても届かないなんて事、七年も前から分かり切った事だったじゃん。
今思えばリンダは私に、前世の記憶を微塵たりとも話してはくれていなかった。聞いても笑って誤魔化されてそれを『どうして?』と聞くと、私の前世の事を聞いて来た。
私はただ‟リンダ・ハーモニア”と一緒に旅がしたかっただけなのに。
ある日リンダは国のお偉いさん達に囲まれて、私よりも五年も早く勇者として旅立って行った。
『前世の記憶を完全に引き継ぎ、真に祝福に愛された者こそ、大勇者が封印せし魔剣を手にし、魔王を打ち倒す選ばれし勇者と成りえる』
そんな逸話が無ければ、きっと私は彼女と──、
******
「──ハッ!」
嫌な夢から嫌な現実へと引き戻される。
「寝てた……?」
地べたの上で寝かされているからか、背中が冷たい、そして土臭い。
『いったい何があった』と思い、視線だけを動かせば、傍で椅子に座っていた農家の爺と目が合った。
「おおお! 目が覚めたか!」
「どうなって……!」
「あの騎士様が、アンタを運んでくれたんじゃ……しかも農作業の手伝いもしてくれとる……」
「……そうだ! 騎士──!」
爺が指差した先にいたのは、畑を耕す紺色の鎧姿の騎士だった。
その姿でやるなと言いたい所だが、命の恩人にそう言う訳にもいかないので、私は上半身を起こして、その騎士を呼んだ。
「えっと……騎士様ー!」
「……?」
「ちょっとこっちに来てください!」
「…………」
相変わらずの無言で、その騎士は鍬を片手に私の元へと歩み寄る。
「どうした?」
「い、いえ、その、なにがあったのかと?」
「気を失っていたのさ、そこの魔法使いと一緒にね」
騎士が向いた側を見ると、そこには私と同様に地べたの上で寝ているシルクの姿があった。が、ズボンだけは別の物に履き替えられている物を見る限りは──、
「まさか……」
「彼女の履物であれば、私が履き替えさせたさ、洗うのはお爺さんにまかせてある」
「……えっと、その……」
「ああ、安心してくれ」
と、騎士がその厳つい形をした鉄兜を外すと──、
「私も女だ」
「は──?」
「貴公の服を脱がすのは少し悪いと思って、その……まだ汚れたままだ、速く着替えると良い」
「ハァ──??」
その美しい群青色の双眸がある美貌と、煌めく青色の髪の毛が露にされると同時に、言われ、伝えられた衝撃の事実に、迷わず私の心の中の何かが吹き飛んだ。
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