7.『悲鳴』~吐瀉物の匂いと失禁を添えて~

 拝啓。お母さん、お父さんへ──、


「なんでえええええッ!?」

「しりませえええんッ!」


──私は今、出会ったばかりの年下冒険者と一緒に、土蛇クレイ・スネイクに追われています。


「私もおおおおおおッ!」

「ひいいいいいいいッ!」


 なんで? ってかデカくね? 話には聞いてたけど土蛇コイツデカくね?


「シャアアアアアッ!!」


 余りにも唐突すぎる出現。

 いや、なんで? 勇者? 勇者魔王倒すのサボった? 思い違いでもした? 実は魔王生きてましたってオチ? いやでも、あの祭り騒ぎはしっかり本物のそれだろうし、実際任務受付のギルドも『今日は臨時休業です』とかいう看板をぶら下げてたし……本当なの? え? じゃあ、私達を追いかけてきてるコイツって何?


「とりあえず! 早く武器がを置いて来たところまで逃げるよ!」

「はいいいいいいッ!」


 とりあえず全速力で逃げる、武器が拾えたら抵抗する、そして助けを呼ぶ。と、混乱する脳内より二年間で培ってきた冒険者としての考えが先走る。


「ギシャアアアア!」


 腹が減っているのか、それとも何かしらの恨みを買ったのか、幸い、この土蛇はただ物であれば上位階級の魔物。戦闘に役立てる冒険者が五人もいれば多少苦しいが倒せる程度だろうが、それが問題だ。


「よし! 一旦は私に任せて、シルクは後方から魔法を!」

「わ、わかりました!」


 最初に集まった場所、つまり武器を置いて来た場所に辿り着いた私達は、それぞれが武器を取り、土蛇に立ち向かう。

 拵えたばかりの防具は付けている暇も無いが、私としては、この盾と剣があれば十分。問題はシルクだが──、


「あ、はわわわわ……」

「大丈夫、私が前を張るから! 落ち着いて詠唱──!」

「ヴ……ッ”オ”エ”エ”エ”エ”エ”エ”エ”エ”!”」

「ぇへ?」


 シルクが杖を手に構えた途端、口から吐瀉物を撒き散らしながら後ろへバタリと倒れた。

 自分でもこんな状況で何を目にしたか理解しがたいが、どう見てもそうなのである。

 シルクが、ゲロを吐きながら、倒れた。


「シルクー!?!?」

「シャアアアアア!」

「ォンギャアアアアッ!」


 何って情けない若返った様な叫び声! こんなの後輩に聞かせられない! ……いや、まぁ、その後輩が急にゲロを吐きながら倒れてるし、それに驚いてる時に攻撃されたら誰だってそんな声が出るとは思う。

 そんな荒れ狂った心境とは裏腹に、目に見えた物に対して反射的に構えた盾へと、大きく口を開いて襲い掛かって来た土蛇の頭突きが衝突し、それを弾く。

 流石は父譲りの黒鉄の盾に希少鉱石である竜鉄を合わせただけあって、この程度の攻撃では盾が破壊されることは無い。が──、


「──ッ!」


 その衝撃の凄さはそのままだ。

 流石は上位階級魔物なだけはあるが、今の私では堪えるのがやっとだ。


「ギシャアアアアッ」

「(口を開いた! 来る!)」


 土蛇の攻撃は余りにも一方的であり、その素早さから連続して繰り出される一撃を受け返さなけば攻撃する余地すらも与えてくれない。

 ある程度の練度と力のある冒険者であれば、一人でもこの土蛇を隙を突き、仕留める事は容易であろうが、私の様な堪えるのがやっとな前衛一人では、魔法使い等の後衛の後方支援が無ければ、攻撃すらままならないのだ。

『だったら』と、思い切った私は右手に持った剣をその場に投げ捨て、両手で構えた盾でその大牙を迎える。


「……くッ!」


 ガチン! と、土蛇の顎が私の体を飲み込まんとばかりに横に挟み込む。

 きっと、この手に持った盾がつかえ無ければこのまま身体を挟みこまれ、あの世行きだったであろう。が、今はそんな一時の安堵よりも──、


「シルク! 大丈夫!?」

「あわ、あわわわわ……ごめんなひゃい……ごめんなしゃい……」


 シルクの安否を気にするが、倒れながら全身をビクビクと震わすシルクの股からは「ショワワワ」と、その恐怖から溢れだした諸々が滲み出て来ていた。


Ohおい……Jesusマジかよ……」


 しかし、気持ちは分からなくも無い。

 こんな唐突に上位階級の魔物と出会い目を合わせれば、誰だって恐怖でそうなると思う。少なくとも、私も最初はそうだった。

 そもそも、上位階級の魔物は、冒険を三年以上続けてやっと一人で倒せるか倒せないかの強さを誇り、更に言えば、大抵の冒険者は『それまでに命が尽きる』か『その様子を目の当たりにし、心折れる』かで、その域には達する事すら難しい。

 そして、今まさに、私とその場に倒れるシルクは、その前者である『命尽きた者』になろうとしていたのであった。


「シュルルル……」

「……ッ!」


 まずは動ける私を仕留めようとばかりに、その土蛇は盾ごと私を咥えたまま、全体重を私に押し寄せて来た。


「フンッギギギ……!」

「シャーッ!」

「こんのッ……クソ蛇がぁ……ッ!」


 まるで苦しむ私を嘲笑うかのように、その土蛇は音を上げる。

 一方で、さっきから恐怖と衝撃で震え続けていた私の足は限界を迎え始め、ズズズ……と、踏ん張りが効かなくなった身体が、後ろへと押され始める。


「もう……だめ……っ!」と、諦め、上を見上げた瞬間。


「ハアアアアアアッ!」


 声を高らかに上げ、宙を舞う人影が目に映った。


「──!」


 ズドン。と、意表を突いた上空からの重い一撃。

 私の体を挟み込む口の根元へと突き下ろされた槍は、その大きな頭ごと力任せに地面へと叩き落とされた。


「……ゲホッ、ゲホッ! 何が──!」


 吹いた風巻き上げられた土煙が飛んでいくと同時に、その騎士の全身が私の目前へと、顕わになるのであった。


「貴方は……!」


 日の下に照らされる紺色の鎧と厳ついた鉄兜。

 先程、無言でその場を去って行った騎士が、土蛇の頭に槍を突き落とし、私と、シルクの命を助けたのであった。

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