5.『お門違い』な三人

 町の宿から出て、私は町の離れにある農場へと向かう。

『ベルの街』にはその仕事の多さと仕事内容と報酬のバランスの良さから、かれこれ二ヵ月ほど前より滞在していた訳だが、その二ヵ月の中でも、今日は最も騒がしい様子だった。

 並ぶ屋台に舞い散る紙吹雪、そして、皆が揃えて口ずさむ勇者への讃美歌が聞こえ──、


「そこのまな板姉ちゃん! 魔王ならもう勇者様に殺されちまったぜ! そんな重ったるい鎧なんか脱ぎ捨てて、一緒に酒でも飲もうぜ! ガハハハッ!」


 等と、酔っ払いとすれ違いざまに、鎧の事を馬鹿にされる。


「はぁ……」


 ため息を吐きたくなる私の気持ちも分かって欲しい所だ。

 ココに来てからの収入の大半をこの胴に付けた特注の胸当てと、そこそこ切れる剣となかなか割れない盾を仕立て上げる為に使ったというのに、今じゃそれもバカにされる始末だ。


「……」


 口を閉じてそっと、後ろを振り向くと、朝間っから酒をのんだくれる酔っ払い達と、魔王討伐を喜ぶ住民たちがいた。


「……冒険かぁ」


 私はそんな彼らを見て、自身の冒険意義と言う物を改めて問いたくなる。

 誰もが持ってる前世の記憶、それが少し違っただけで、私は冒険を始めた。父や母の様な、前世からの愛人を探し続けていた訳でも無く『ただ前世を知りたいだけ』で、私は冒険を始めたのだった。

 自分は果たして、それで良いのかと、改めて心に問う。


『今ならこの先の収入難に苛まれることも無く、財布の金をはたけば後ろの酔っ払い達の仲間になれる。朝間から飲んだくれて、次の日の朝を酔いつぶれながら迎える事が出来る』


 そう考えてしまう程、今のこの魔王が討伐されて世界が平和になった状況が、私にはとても悩ましいことだったが、それでも私の足は止まる事は無く、離れにある農場へと進んでいた。

 そして数分後──、


「まぁ、こうなるよね」


 暫く歩いて農場へと到着してからの第一声がこれだった。


「いやぁ……殺されちまったもんはしょうがねぇから、ほら、収穫でも手伝ってくれりゃ分け前くらいはくれてやるよぉ……」


 畑に渋々集まった三人の冒険者の前で農家の爺は申し訳なさそうに言う。

 確かこの仕事、最初は十人でやる仕事内容だった気がする。


「ハイ……」


 一人は私、仕立て上げたばかりの銀色の胸当てを付け、手には買い換えたばかりの盾と剣を持っていた。


「あのー、帰ってもいいでしょうか?」


 もう一人はウェーブのかかった金髪と、ぱっちりと開いた大きな翡翠色の瞳、更に言えば、私よりも芋臭さが際立つ太めの眉毛が特徴的な魔法使いの少女。魔法使いらしく赤いローブを纏い、魔法の増幅器となる赤い宝石が付いた長い杖を両手に抱えるが、その一方で身体も小柄だし、顔が可愛けりゃ声も可愛いし、一つ一つの挙動がちょろちょろとしていてまるで小動物の様だ。

 何より、やはり魔法使いという事もあって、身長の割には胸もそれなりにある様で、それが全く無い私からすれば羨ましい限りだ。


「…………」


 最後の一人は、黒鉄色の長槍を背負い、全身を重厚感溢れる紺色の鎧に全身包んだ騎士。無口だし、顔も厳つい形をした鎧兜に隠れて見えないから性別は分からないとして、その風貌を見るからにはかなりのベテラン冒険者だろうか、もし魔物がいるのであれば頼りがいがありそうだ。まぁ、魔王が殺された今は、もうその必要も無いだろうけど……。


「いやぁ……帰るのはええんじゃが、この先の冒険者様は収入も安定せんじゃろ? 今日の仕事手伝ってくれりゃ、明日もまた来てくれたらその時も分け前をくれてやるからさぁ……」

「それは……そうですが」


 爺に遠回しに『農作業を手伝ってくれ』と言われた魔法使いはもじもじと悩んでいる。よし、ここはひとつ、私が積極的に名乗り出るとしよう、そしてあわよくば仕事の後でこの子と友達になりたい。


「私は手伝います。ほら、やっぱり先日まで魔物に苛まれていたんでしたら、奴等に壊された木柵等の修理もやるべきでしょう?」

「おお、そりゃたすかるねえ!」

「こう見えても木こりの娘でして、木を使った物であればある程度は作れます!」

「いやぁー良い事もあるもんじゃ──、で、そこの二人はどうする?」


 爺は渋々と残りの二人を見つめた。


「えっと、わたしは魔法使いでして……そこ人と比べたら力仕事とかは何もできないんですけど……」

「収穫手伝ってくれるだけでいいからよぉ……今なら来なかった七人分の分け前もくれてやるから──」

「わかりました! やったりましょう!」


 恐ろしく速い即答、私じゃ無きゃ聞き逃しちゃうねぇ……って事で仕事中の話し相手ゲット! 爺さんも話が分かってる!


「で、そこの騎士さんは……?」

「…………」


 一方で、その美味しそうな話を聞いたとしても、その騎士は無言でその場を去って行った。

 確かに、大型の魔物の討伐と聞いて来たのに、任された事が農業の手伝いとか、お門違いも程があるなと、私も思う。まぁ、見た目からして懐事情もある程度は裕福だろうし、別にこんな仕事よりももっとその見た目にあった仕事をした方が良さげだろう。例えば近い内に開催されるであろう勇者の凱旋パーティーの警備とか。


「じゃあ、そこのお二人さん、まずは端っこにある木の実の栽培を頼んでもいいか? 木こりの嬢ちゃんは、儂が木材揃えてからまた頼むよ」

「「はーい」」


 爺に言われるがまま、私達は重たい装備を外しその場に置き、畑の端にある木が並ぶ場所へと向かった。




tips:冒険者の収入源は主に依頼の報酬金であり、その依頼の殆どが冒険者専用の依頼ではあるが、ごくまれに一般人でも依頼を受けることが出来る依頼もあるぞ!

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