2.『まな板』と呼ばれる娘

 N.A.1534年 6月19日


 私が産声が上げたのは十五年前。

 アルケル村という、王都から遠く離れた辺境の地の田舎に住居を移した元『戦士』現『木こり』のグラン・グラマーと、元『魔術師』現『教師』のリリィ・ボイナーの間に生まれた一人娘で、名を“プレタ・グライナー”と言い、母親譲りの桃色の髪と、父親譲りの銀色の瞳が特徴的で、身長と顔付きはいたって普通の少女だ。

 そんなプレタこと、私はすくすくと成長し、十五の歳となり。成人となった私は、満を持して、幼い頃からの夢であった『冒険者』として旅を始めるのであった。

 誕生日当日、私が旅へと出る当日の昼。

 私は肩に背負った鞄と、父譲りから譲り受けた黒鉄の盾と黒鉄の剣を手に『かつて幼い勇者が魔王討伐へと旅立った村』として有名な、アルケル村の名所である『始まりの門』の前に立っていた。


「気を付けてね、プレタ」

「うん、お母さんも元気で」


 母、リリィは私の両頬に手を当て、私に別れの言葉を告げた。


「うぅッ! ぐっぅッ! うあうあうあーッウ!」

「……お父さん、せめて私に聞き取れる言葉で話して?」

「だっでぇ! だっでよぉ〜!」


 至って冷静な母の横で、父のグランは未だに戦士の名残が残る大きな体でその胸下程までしかない身長の私に、覆い被さる様に抱きついた。


「オレのォッ! オレの育てた愛娘が旅に出るんだぜぇ?!」

「はいはい、寂しいんでしょ?」

「プレだぁぁぁぁぁあッ!」


 泣きたくなる理由も少しは分かる。

 実際冒険者を目指して旅へ出る者の大抵は、冒険中に厄にみわまれて命を落とす。それがもし自分の大切な人だとしたら、私だって心がどうにかなってしまう。


「でもお父さん、私は行くからね?」

「わがっでるよおおおっ!」

「じゃあ離れてよ」

「んーもうちょっと……!」

「ダメ」

「あい」


 父は胸元から私を離した。

 次に私が見たその顔は、何時よりも涙に濡れ、優しい顔をしていた。

 確か私が『冒険者になりたい』などと言った時は、父が一番に反対していた気がする。けど、それももう6年前の話で、そんな何となくの九歳の少女の願いが、今日、遂に実ったのであった。


「忘れ物は無いか?」

「うん」

「……俺も着いて行っていいか?」

「ダメ」

「金は持ったか?」

「うん」

「……俺は持ったか?」

「う……いらない」


 などと言われて言っておきながら、私は手探りで背中のカバンをちょっと押して、忘れ物が無いかを確かめる。きっと大丈夫だろう。


「それじゃあ! 行ってきます!」


 母と父に別れを告げた後、私は門から、村の外へと、森の外へと続く一本道に、一歩足を踏み入れた。


「……ッ」


 が、踏み入れた途端、期待感と、それを更に上回る緊迫感が私にのしかかる。


「……」


 今にも気持ちが押し潰されそうになる一方で、私は足を進める。


「…………」


 足が重い、今すぐにでも、振り返って、父と母にまた抱きつきたい。


「………………」


 ここに来て、ふと冒険者が背負う危険性を思い出した。

 収入は安定しないし、一人で野垂れ死ぬ事だってある。なんなら、遥かに苦痛を伴う死に方だってある。


「……グスッ」


 今更私は何に狼狽え、泣いているのだろうか?


『冒険者になりたい』と言い出したのは自分なのに、何を後悔する必要があるのだろう?


 段々と、歩みが遅くなって行く。


 止まっちゃいけない、そんな事をしたら、合わせる顔なんて無くなってしまう、けど──、


「プレタ」

「……?!」


 名前を呼ばれて慌てて後ろを振り向いた。


「大丈夫か?」

「大丈夫? 泣いてるの?」


 父と母、二人の姿がそこにはあった。


「……お父さん? お母さん?……なんで?」

「いやー、ちょっとな? やっぱり、親としては娘を見守りたいと言うか……」と、父。

「そうそう、だから、魔法を使って隠れてたんだけど……」と、母。


 二人は互いに顔を合わせて、再び私を見て言った。


「やっぱり、森の出入り口まで見送るよ」

「そうね、そうするわ」


 そうして二人で私を挟み、歩幅を合わせて歩き始め、下を向いた私の頬を伝う涙には口出しはしなかった。


「プレタは私達の自慢の娘だから、きっといい冒険者になれるわ! 胸の大きさは心もとないけど!」

「そうだな、俺達の自慢の娘だ。きっと俺に似て強くて、母さんに似て時々気の荒い冒険者になるさ! 胸は小さいけどな!」

「うんうん! きっと私に似て強くて、お父さんに似て時々間抜けな冒険者になるわ! 私達の自慢のまな板娘だけど!」

「そうだな! 俺達自慢のまな板娘だ!」

「「ハハハハハ!」」


 ──いや待って、なんか段々私の評価下がってない? 笑い事じゃ無くない? どうしてこの歳になっても、未だに一ミリたりとも胸に厚さが乗らない私のコンプレックスの話を始めたの?


「ちょっと、二人とも──!」


 ……あ。


「「グスン……」」


 涙で赤くなった目元を隠したくて下げていた顔を上げてみれば、そこには涙ぐむ両親の姿があった。


「……二人とも……やめてよ、そんなこと言うの」

「だって……寂しくなるんだもん」と母。

「そうだぞ、寂しくなるから最後くらい少しはこっちを振り向いてほしいんだぞ」と父。

「でも……でも……!」


 この歳になって、そんな大人げない事──、


「「プレタ……!」」

「……う……うわああああん!!」

「「プレタアアアアアアアッ!」」

「お父さあああんッ! お母さあああんッ!」


 いいや──、

『この時だけは、皆が皆、大人げなくたっていいんだ』と、私達は気づけば三人で泣きながら、長い時間抱き合っていた。


「「いってらっしゃい、プレタ!」」

「うん! 行ってきます!」


 やがて涙も出し切った私は、笑顔で二人に別れを告げた後、その足で一人、冒険の旅へと旅立ったのであった。



tips:こうして貧乳少女まないたむすめの旅が始まった。

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