第128話

「それはそうと、勝手に聖王になって大丈夫です? 家の人とか」

「家は問題ない。戻るつもりだし、父上もそれは分かってる。むしろ鬱陶しかったのはルティアだな」


 事後報告にはなったが、手紙で経緯は送った。

 エルデュミオがいきなり国を離れたことに、ルティアは大層衝撃を受けたらしい。何があってもしばらくは国に留まってほしいと、直に言われてもいた。多少の罪悪感はある。

 もっとも、理解はしているのでその文句も愚痴程度だが。


「あー……。分かるような意外なような」

「ほう。お前でもか」


 エルデュミオよりもルティアと親しいだろうリーゼが読み切れなかったとなると、ルティアの心境も少し変わりつつあるのかもしれない。


「大概のことは飲み込んでしまいますからね。そうするように育てられてもきてますし。ルティアの悪癖です」

「……そうかもな」


 傀儡の王女であったときのルティアは、己の感情で行動することを許されていなかった。背後にいる何者かに都合のいい王女でいることを強要されて育っている。

 自分の意思を常に否定され、押さえつけられて育てば、周囲の望まない意見を口にできなくなっていっても無理はない。


「それでも、気を許した後は話してくれるようになりました。だからルティアが個人的な感情を見せるのは、言っても大丈夫だと安心してる相手だけなので」

「……ふうん」


 ルティアがそこまで自分に気を許しているとは、エルデュミオは思っていなかった。そのせいで余計に気恥ずかしさを感じる。


「だから、ディーに対してそうだったのは少し意外かなと。貴方の物言い、あんまり優しくないですからね」

「僕たちが思っているほど、ルティアは弱くないんだろう」

「ですね」

「命を狙われたからと言っても、一人で城を飛び出す度胸の持ち主だ。存外、何が起こっていなくても数年後には傀儡姫をやめてたのかもな」


 そんな未来を見てみたかった気もする。

 起こらなかった過去に想像を向けかけたところで、止めた。ただの願望でしかないことに気付いたからだ。


(今は現実逃避をしているときじゃない)


 どれだけ気分が沈もうが、向き合わなくては。


「どうせ数年後にはストラフォードに戻るから、ルティアの方は問題ない。ただ……」

「どうしたです?」

「聖王就任ではなく、お前との仲について父上から苦言が来た」


 黙っているのはむしろ誰のためにもならないと、エルデュミオは事実を告げた。


「ですよねえ……」


 予想の範囲内だ。リーゼは勿論悩ましそうではあるが、動揺はない。


「ご両親には、どうにか味方になってもらいたいものですが。未来の子どものために」

「その子どものために、父上たちも反対しているだけだ。勝機は充分ある」


 孫が苦労すると分かっていて見過ごすほど、ヴァノンは血族に無関心ではない。だから説得さえできれば味方になってくれるはずだ。


「僕の聖王就任式に呼んである。そこで説得するつもりだから、お前もそのつもりでいろ」

「分かりました」

「あと、婚約式の前にお前の両親にも挨拶に行きたい」

「多分、もの凄く驚きますね」

「反対はされないのか」


 苦労するのが分かり切っているのは、リーゼ自身も同じである。家族であればまずは引き止めそうなものだが。


「されるでしょうけど、覚悟の上ならと納得はしてくれると思います」

「信用されているんだな」

「そうとも言えるかもですね」


 何気ない答え方をしたが、リーゼの口元は緩んでいて嬉しげだ。


「お前の信用だけに頼るのも面白くない。娘はきっと幸せにすると、そのために力を尽くすと、信じてもらえるよう僕も努力しよう」

「はい。幸せになりましょうね、ディー。必ず」

「ああ」


 困難は多い。それでも選んだ。だからと言って妥協して諦めたくもない。


(皆で笑って過ごせる環境を、必ず作って見せる)


 ただ、愛したひとと幸せになりたいだけ。

 それが許される世の方が良いと、今のエルデュミオは思うのだ。




 現在のエルデュミオの仕事のほとんどは、大陸各国の王へと挨拶状を書くことで占められている。その合間にツェリ・アデラの復興が入ってくる、という感じだ。

 一日中机で手紙と向き合っているせいで、とにかく肩が凝る。甲斐あってどうにか目処が付いてきて、気も楽になりつつあった。

 仕事を終え、私室へ戻ろうと片付けを進める最中に、スカーレットが声を掛けてきた。


「エルデュミオ様」

「何だ?」

「お疲れのところ申し訳ありませんが、部屋に戻る前にローグティアへ寄っていただけますか」

「分かった」


 理由をスカーレットは口にしない。それだけで不穏さが察せられる。

 部屋を片付け戸締りを確認してから、ローグティアの元へと向かう。

 迷路じみた道も、覚えてしまえばただの通路だ。ただしこの間フュンフの先導で駆けたときとは違って、平時の今は神官や聖騎士の行き来が多少ある。

 ローグティアを主役にした庭園の小部屋へと辿り着き、スカーレットを振り返る。


「見たところ、異常はないが」

「はい。異常は進んでいません。それこそが異変かと」

「……それは大陸中の話という意味か」

「はい」


 確認したエルデュミオに、スカーレットはうなずく。


「新たなリザーブプールが仕込まれたり、といったことがないというのは魔物たちの反応からも分かっている。まだ人手が尽きたわけではないはずだが……」


 小さな創世の種の報告はいくつか来ているが、それらが見付かると竜のような強力な魔物が現場に向かい、処理をする。魔物たちはエルデュミオの命令に忠実だった。


(俗な娯楽品に出てくる、魔王にでもなった気分だ)


 事実、近いものはあるのだが。あくまでも人間として、人間の世のために神人を受け入れているエルデュミオとしては複雑な気分だ。


「最近発見された創世の種の多くは、知覚されると逃げるようにその場を離れると言います。襲いかかって来てマナを集めようとしていた頃に比べると、行動が変わったのは間違いないかと」


 逃げた創世の種が、安全を確保してから再びマナを喰らっている……というわけでもない。マナの減衰が各国で落ち着いたからこそ、エルデュミオの聖王就任が歓迎されているのだ。


「僕をここに連れてきたのは、ローグティアを通じてマナの総量を計らせるためか?」

「それもありますが、一番は万が一のときのために、先に神聖樹を訪れてもらおうかと」

「……神聖樹は、現世にはないと言われているが?」


 世界に『在る』のは間違いない。だが大陸のどこにも発見はされておらず、現状、人の辿り着ける場所ではないというのが通説だ。

 それこそ海の先、山の先だという者もいる。

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