第129話

「神聖樹は世界の中心で、己が生み出すマナによって閉ざされた地にあります。訪れるにはローグティアの中を通るしかありません」

「それは、ローグティアを掘れという意味じゃないよな?」

「物理的に抉って辿り着けるなら、訪れた者もいるでしょうね」


 いないからこそ、辿り着けないことになっている。やんわりとしたスカーレットの否定に、エルデュミオは眉をしかめた。


「ローグティアのマナと同調して、送られてくるマナの流れを遡れということか」

「はい」

「人の技じゃないな」

「神樹の寵児である貴方ならば可能です」


 スカーレットが加護を与える候補の条件に神樹の寵児であることをつけたのは、このためでもあったのだろう。


「ローグティアは、確かに僕を拒まないだろう。だが……」


 何度かローグティアの奥にある純粋なマナを使った経験から、エルデュミオはためらう。


「あまり深く触れると、同化するような感覚があった。ローグティアの中に入って、僕は僕でいられるのか?」

「それを練習していただこうと」

「成程」


 危険性は否定されなかった。


「私が側にいるので、練習自体に危険は然程ないと思ってください。ご安心を。しかし必要に迫られたとき、万全の状態で補助ができるかは分かりません」

「世界を創り変えるなら、神聖樹になり替わる必要がある。ルーヴェンもその地を目指すだろうというのは道理だが」


 人の身では行けない地。果たしてルーヴェンに辿り着けるのか。


(……いや)


 辿り着くかもしれないと、スカーレットは危惧している。だからこその提案だ。愚問である。


「創世の種が大人しくなったのは、必要分が集まったとルーヴェンが考えたため、ということか?」

「かもしれない、とは思います」

「分かった。早速始めよう」


 ルーヴェンの見込みが正しいかどうかは、誰にも分からない。だからこそこちらも、できる備えをしておくべきだ。

 エルデュミオはローグティアに手を当てて、目を閉じる。マナの流れを遡り、道を作り、進むのだ。

 奥へ。さらに奥へ。源の元まで――。




(……くそ。気持ちが悪い)


 翌朝。執務室で書類と向かい合いつつのエルデュミオの体調は、大層悪かった。


(普通の人間なら、マナの過剰摂取で即死だぞ。本当にルーヴェンがあの道を辿れるのか?)


 仮に別の道を作ったとしても、神聖樹の周りはマナで満ちているはず。辿り着いたところで、死んでは意味がない。

 自身で経験したからこそ、エルデュミオはより信じがたい気持ちになっていた。

 しかし可能性は失われていない。だからエルデュミオにも練習を止める、という選択肢はないのだが。


(うんざりだ)


 ため息ぐらいはつかせてほしい。


「大丈夫ですか? 随分お疲れのようですが」


 執務室を訪れたクロードから、そんな指摘までされる始末だ。

 昨日別れた段階ではエルデュミオの体調は普通だったのだから、クロードが戸惑うのも無理はない。


「マナの扱いについて習熟を深めているだけだ。気にするな」

「はあ……」

「それより、ラトガイタへ送った使者はどうなっている」


 ツェリ・アデラからラトガイタの国境は、ものの数十分歩けば抜けられる位置にある。さすがに王都には着いていないだろうが、国境での対応がどうなったのかは届いているはずだ。


「通行は問題なかったようです。対応も以前と変わらないと報告を受けました」

「ルーヴェンの敵である僕が聖王を継いでも変化なしか。……なら、国としては切り捨てる方を選ぶかもな」


 ラトガイタ王からすればメルディアーネは兄妹だから思い入れも深いだろうが、その子どもであるルーヴェンとなると少し遠い。

 つい先日まで関わりも薄かったのだから、感覚的には他人だろう。

 すべては聖王が味方をしていたから成り立っていた、とも言える。


「それはそうと。不祥事が続いた後の新聖王の就任です。ルティア陛下ほどとは言いませんが、何かしら神秘が欲しいところですね」

「残念だが、余計な演出は入れる気はないぞ。不祥事が続いた後だからこそ、人為的な神秘の演出だと感じ取られた瞬間に興ざめになる」


 神秘どころか俗極まりない。


「己の聖席としての名誉が大事なら、下手な脚本は書くなと伝えておけ。上手い脚本なら歓迎するが」

「伝えておきましょう」


 苦笑をしつつうなずいたクロードは、自らの案を持ち込むつもりはなさそうだ。


「式次第の内容は、慣例通りに頼む」

「承知いたしました。では、手配がありますので失礼します」

「ああ」


 クロードの背を見送ったスカーレットは、悪戯めいた笑みを浮かべてエルデュミオに向き直る。


「下手な演出はいらない、ですか」

「食い合わせが悪い可能性があるからな」


 言われるまでもない。自らの特別性の演出の必要性は、エルデュミオとて感じている。

 ただしそれこそ、人々が人為的だとは思わないだろうものを。


「魔物で有名なのは竜だが、町の外に佇まれてもどうにも間抜けだ。いい種はいないか?」

「空を飛ぶものならばよいのでは。聖獣はご自身の側に招かれるつもりなのでしょう?」

「ああ。小さくて、愛らしいやつが良い」


 どうしたところで竜が勇壮なので、聖獣には人々の心を和ませる役割を振りたい。人々が持つ印象としても、そちらの方が受け入れやすいはずだ。


 そして仕込みはすでに始めている。ローグティアにすぐ干渉できる立場にあるのは楽でいい。


(珍しいはずだから、今日の夕方あたりには噂になり始めるだろう)


 効果のほどは、町の見回りも仕事に入っているシャルミーナ辺りに聞けば分かりやすいはずだ。


「――エルデュミオ様、失礼いたします」


 第三者が扉の外から駆けてきた声に、エルデュミオは演出の相談を切り上げる。


「どうした?」

「ストラフォード王国のフェリシス様が、面会を求めていらっしゃいます。いかがいたしましょう」


 約束はしていない。同郷だからこそ、特別扱いしているように見られるのは好ましくないが――


「会おう。通してくれ」


 エルデュミオは会うことを選んだ。

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