第121話
言ってルーヴェンは再び手を翳す。その五指の先端でパチっ、と光が弾け――
「ッ!」
見えたわけではない。しかし本能的に剣を持ち上げ心臓を庇った。直後に衝撃を受け、そのまま後方へと弾き飛ばされる。
不壊の燐光を纏った刀身は無事だったが、被弾した肩と腕は貫通した。一呼吸分遅れて、血が溢れる。
「ディー様!」
「――問題ないッ」
痛みを堪えて歯を食いしばり、自身を鼓舞するために言い切った。
(
相手の攻撃方法が未知のため、近付きたくはない。しかし距離を取ればどうにかなるという類ではなさそうだ。
「問題ない、かな?」
薄く微笑み、ルーヴェンは死を撃つ指を向ける。瞬間、エルデュミオは駆けた。リーゼとスカーレットも同様だ。
威力は高い。しかしルーヴェン自身は戦闘の素人だ。
パチっ、パチっ、と光が爆ぜる音が連続して響く。その度に建物や地面を抉る音が聞こえてくるが、それだけだ。
動いている獲物に攻撃を当てるのは難しい。それを成し得るほどルーヴェン自身に技術がない。
規則性なく駆けるエルデュミオの動きをルーヴェンの手が追ってくるが、追っている間は当てられない。
「やッ!」
ルーヴェンの意識がエルデュミオに集中した頃合いを見計らい、リーゼが声を上げつつナイフを投擲する。
それが攻撃として有効であるとは、この場の誰一人として期待していなかった。リーゼ自身も。
ルーヴェンはただ、無視をすればよかったのだ。事実彼は反射でリーゼに向けてしまった意識をすぐに戻した。ナイフはルーヴェンの身体に到達する前に、彼が纏う光の中で掻き消える。
しかしその一瞬は、エルデュミオに接近する時間を与えた。
ルーヴェンがエルデュミオの姿を捕らえ直したときには、すでに剣を突き出していた。ルーヴェンが纏う光の中を、不壊の燐光を宿したエルデュミオの剣が貫通する。
マナを喰らおうとする光に抵抗しながら、そのただ中でルーヴェンの足を突き刺した。
「――」
傷付くことへの怯えと焦りで表情を硬くしたが、ルーヴェンはすぐにその色を消した。おそらく覚悟していた程の痛覚が残っていない。
先程手の痛みを感じたのも、おそらくはかつての常識に意識が捕らわれているせいで起こっただけなのだろう。
逆に手を伸ばしてきたルーヴェンから逃れるため、エルデュミオは剣を残してその場を飛び退いた。
その頭上から影が差す。背に黒翼を解放したスカーレットが、巨大な火球を作ったためにできたものだ。
中に滾る高熱を想像させるその火球は、溶岩をそのまま取り出したような色をしていた。
「さあ。焼かれて影になるといい。裁け、
溜まり切った力が、支える力を超えて落下する。その様はどこか水滴を思わせた。
周囲の空気を熱して、それさえも自身の力として取り込みつつ、火球はルーヴェンの頭上へと向けて進んでいく。
(くそっ。無茶苦茶なッ)
スカーレットの攻撃に肌を焼かれつつ、エルデュミオも必死に距離を取る。悪態の一つぐらいついても許されるはずだ。
同じく逃れようと足掻くルーヴェンだが、足を突き刺したエルデュミオの剣がそれを阻む。
あと彼を護ってくれるのは、己が纏う創世のための力のみ。
光は抵抗して、炎を喰らった。しかしそれでも到底追いつかない。
「ぅ、あ……っ」
万物を無差別に焼き溶かし、火球はついに光を破ってルーヴェンへと到達し、その全身を飲み込んだ。
咄嗟で作った結界はどうにかエルデュミオを護ったが、息さえできない。呼吸など、した途端に肺が焼かれることが明白だ。
放置すれば地の底まで溶かしていきそうな火球は、地面に着くと今度は中心をへこませて器のような形に変化する。そして幾筋もの光に別れて空の彼方へと飛び去って行く。天の高い所でマナへと昇華するのが見えた。
美しかった石畳が消失し、剥き出しとなった地面だけが後に残る。
残念ながら剣も失ったが、仕方がなかったと言えるだろう。
「影は、残りませんでしたね」
翼を消してルーヴェンの立っていた場所に降り立ったスカーレットが、残念そうにそんなことを言う。
「あれで残すつもりだったです?」
「勿論です。ですが、仕方ありませんでした」
「ああ」
「?」
スカーレットの表情は苦々しい。敵と定めたルーヴェンを討ち取ったにしては奇妙である。
エルデュミオの相槌も同意をしたもの。リーゼは不思議そうに首を傾げる。
「どうも、あれはルーヴェン本体ではなかったようだ。維持できなくなった途端、形を崩した。マナで作った自分の複製だな」
「ふ、複製!?」
「自在にマナを扱えれば可能だ。本人の意識も入っていたとは思うが」
自分の意識を入れるために、肉体も同じように作ったというべきか。
「……できたとしても、やりたくないですねえ」
「同感だ」
半端にマナでしかなかった人形である。維持する力が失われれば、影も形も残るはずがない。
「さて。ぼんやりしている暇はない。創世の種を片付けに行くぞ。リーゼ、武器を貸せ。神呪を掛けておく」
「大丈夫です?」
「無理になったら消す」
「……そうしてくださいね、絶対」
リーゼはエルデュミオに愛用の短刀を差し出しつつ、強く力を込めた目線を送りつつそう言った。
「そのつもりだ」
いつでも無理をするつもりはないし、当然趣味でもない。ただ、やらなければならなければやるだけだ。
「スカーレット。リーゼと行け。僕は一人で問題ないが、リーゼには創世の種を結晶化するだけの呪紋は使えないだろう」
創世の種は倒せるだけでは足りないのだ。マナ濃度を極端に変化させないために、結晶化させる必要がある。
「その方が効率的ですか。リーゼではありませんが、エルデュミオ様。どうか無茶はされないように」
「分かってると言ってるだろ。さっさと行くぞ」
「はい」
不壊の燐光を纏わせた短刀をリーゼに返すと、スライム擬きたちが向かって行った方へと走る。
道の石畳までもをマナに戻して喰らって行っているので、後を追うのは容易だ。途中、跡が分かれた所でリーゼとスカーレットと別行動となる。
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