第120話

「理不尽な話だとは思わないかい、エルデュミオ。今君が持っている全ては、君の人生において必要のないものだった。誰もが特別性を感じるその美しい容姿も、金眼も、神樹の神子である必要さえなかった。何がなくとも、君の両親は君を愛しただろう」


 公爵家子息としては、あって悪いものではなかった。

 しかし個人としては厄介事を招いたと言えるだろう。エルデュミオが神樹の寵児でなければ、ヴァノンが与える教育もまた、違っていたはずだ。


「だが私には必要だった。王座に座るに相応しい華やかな容姿も、金眼も。神樹の神子であれば更に言うことはなかっただろう」


 幼少期、なぜルーヴェンが身の置き所がないように感じていたか。それは自分が求められる全てを持っておらず、それを責められたからに他なるまい。


「それでもお前は王子だった。順当に行けば、お前がストラフォードの王だったはずだ」

「そうだね。けれど確信もした。ここは私の居場所ではないと」


 前回ルーヴェンは正式にではなかったものの、ほぼ約束された王座を手にした。手にしたうえで感じたのなら、ルーヴェンにとっては事実なのだろう。


「私が求めているものは、そんなに奇妙かな? 私はただ、世界に生きる生物をもう少し優しくしたいだけだよ。今の人間では駄目だ。魔物も、聖獣も駄目だ。生物として歪んでいる。一から作り直さない限り、どうにもならないんだ」

「種について論じるのは止めておこう。無意味だからだ。なぜなら僕は、それでも希望は未来にしかないと考えている。そもそも、『今』失われる命を歯牙にもかけていないお前の世界には期待もできない」


 己の意思を通すために、他者の意思を踏みにじる。

 それはルーヴェンが忌み嫌っている行いと、一体どれだけの差があるのか。


「目的は手段を正当化しない。お前が選んだその道は、ただの破壊だ」

「……ふっ」


 断言をしたエルデュミオに、ルーヴェンは笑う。つまらなさそうに。


「そうだね。君とは分かり合えないと思っていたよ。知っていたかな、エルデュミオ。――私は、君が大嫌いだ」

「それは悪いことをしたな」


 真正面から突きつけられた存在を否定する感情に、エルデュミオは淡泊に応じた。あえてそうと見せてやるつもりがないのでどうでもよさそうに――しかしその実、本心から。


(僕は、あまりにお前に無関心だった)


 ルーヴェンが嫌うのは当然だ。受け入れるしかない。


「だが、それとこれとの話は別だ。のこのこと姿を現したということは相当自信があるんだろうが、ここでお前を倒して止めてやる」


 剣を抜き、その切っ先をルーヴェンへと突きつける。


「いいよ、試してみよう。前回、私は神人に負けた。それでも神が時を戻したのは、私の目的が半ば達成されていたからだ。だから今回は、勝たせてもらう」


 話している途中から、じわじわとルーヴェンの身体が光に包まれていく。特に体の末端部分――腕が顕著だ。

 そこはもう、輪郭を残しただけの光そのもの。人の血肉があるようにさえ見えない。

 マナを喰らって変じた、力そのものの化身だ。

 光となった腕をルーヴェンはゆるりと持ち上げ、指を弾く。途端、背後で外壁に張り付いていたスライムの一体が弾け飛んだ。


「!?」


 消失させたのではない。分裂だ。細かくなった――とは言っても、悠に人の背丈は超えるスライム擬きの大群が、ルーヴェンの開けた穴から我先にと侵入してくる。


「民間人まで襲う気ですか!」

「人も、すべてがマナだよ。違いなどない」


 事態を察した聖騎士が、すぐに後詰を投入して対処に当たる。しかしそれは外壁の防衛力を下げるということでもあった。

 散らばっていくスライム擬きたちを見ながらも、エルデュミオは動けない。目の前にいる男は、いっそスライム擬きの大群よりも凶悪だ。放置などできない。


「エルデュミオ様。離脱の許可をいただけますか。創世の種の被害を抑えてみます」


 周囲に視線を巡らせたあとそう言ってきたフュンフに、エルデュミオは即座にうなずく。


「許す。力を尽くせ」

「は」


 人を護ることそのものに、フュンフ自身が意義を見出しているわけではないと分かる平坦な返事。だからこそ冷静に、フュンフは己の主が求める結果のために動く。

 ルーヴェンや創世の種とは距離を取りつつ、フュンフは外壁へ向かって駆けた。

 その背を目では追ったものの、ルーヴェンも動きはしない。取るに足りないと思っているのか、それとも多少なりとエルデュミオたち同様、目の前の相手こそを脅威だと考えているのか。

 どちらにしろ、今エルデュミオがやるべきはルーヴェンの撃破だ。


「ルーヴェン。不要に喰らったそのマナ、返してもらうぞ。――不壊の燐光シュナ・ヴェールよ!」


 先日ヘルムートとツェリ・アデラで戦った時の苦汁を忘れてはいない。心許ないながら対策は講じた。ローグティアに寄ったのはそのためでもあるのだ。

 ローグティアを通じて神聖樹の内側にある、純粋なマナを引き出す。それに真っ先にエルデュミオが干渉し、魔力に染めて使うのだ。


(ツェリ・アデラの土地柄それでも威力は減退するが、宿す力そのものは本来の威力を保つことができる)


 そして創世の種が集まったことでマナが減退し、神気の影響が減っているのも後押しになっている。


「私の目的を叶えるには、フラマティアやセルヴィードとも渡り合えなくてはならないからね。丁度いい。君で少し試してみよう」

「抜かせ!」


 すでに半ば人でなくなったルーヴェンの攻撃手段など、予想できようはずもない。いきなり近付いて接近戦を仕掛けるのはためらい、エルデュミオはその場で神呪を構築する。


「くらえ、破砕の雷サンダーフォール!」


 あらゆるものを貫き、焼き滅ぼす神の雷。青白い閃光を纏って放たれた神雷に、ルーヴェンは右手であった部位を伸ばす。

 解けて螺旋の帯と化した光は、本体に到達する前に雷に絡み付き、引き絞るように力を加え――


「ん……ッ」


 眉を寄せてやや苦しそうな声を出しつつも、光の帯はエルデュミオの神雷を握り潰した。

 役目を終えた光の帯は再び腕の形へと変化する。


「人の身で使われる神呪でも、まだこれだけ熱いし痛いか。凡人の身で生まれたことが、どこまでも足を引っ張ってくれる。ルティアや君の肉体なら、もっと上手くいくのだろうに」


 具合を確かめるように右手を二、三度開閉して、ルーヴェンは息をつく。


「どうやら本格的に、人を捨てたらしいな」

「そうだよ。私はもう、この世界の『人間』ではない。ただのマナであり、力だ。かつての神聖樹と同じように、私が世界に新たな命を吹き込もう。他を踏みにじることなく、他を貶めることなく、純粋に在り続ける清廉な世界を」

「お前の理想に用はない。どちらにしろ、現在を踏みにじらせるつもりがないのでな」


 相手の主張を引用して、その歪みをせせら笑う。しかしルーヴェンの微笑は崩れなかった。


「一瞬だよ、エルデュミオ。私は別に世界を消し去ろうというわけではないのだから。新しい形に変わるというだけだ」

「何度でも言おう。僕は、そんな世界に用はない!」


 拒絶を口にして、再度神呪を構築する。


(効いてはいた。防がせなければ勝機はある)

「死を恐れる程度にはこの世界に満足している、多くの者はそう言うのだろうね。だから、エルデュミオ。君とツェリ・アデラには、ここで消えてもらう」

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