第六章 空と地で描く謀略戦

第99話

 使者がツェリ・アデラに戻り、聖王に報告が上がったと思われる頃合いで、聖神教会から一つの報が大陸全土に流れた。

 最近のマナの枯渇、魔力化は、邪神信徒に落ちたストラフォードの企てである、と。

 それに対する大陸各国の反応は――


「意外と、割れましたね」


 王の執務室でエルデュミオと向き合うルティアは、意外そうに言って首を傾げる。


「もっと集中的に非難されて、実害も大きくなるかと思っていました」

「それだけフラマティア信仰が薄まってるってことだ」


 とはいえ無論、影響がないわけではない。

 特に信仰心の強い国とは、即座に貿易を打ち切られている。元凶として名指しされたエルデュミオは、国内であろうともふらふらと外を出歩かない方が無難だ。


 ストラフォードの見解としては、エルデュミオにかけられた嫌疑は冤罪だと公的に発表している。

 そのため表立って非難はできないのだが、己の利益が損なわれれば物事の真偽を脇においてでも反感を覚える者もいる。


「幸いだったのは、マナの枯渇が顕著なのはツェリ・アデラにとって優先順位の低い国。要は信仰心が薄くて魔力化が元から進んでいて、聖神教会とは溝がある国が多かったってことだ」


 現在は自律型が発生しているためそうとも言い切れないが、初期リザーブプールを仕掛けたのは間違いなく人間だ。当然そこには人為的な意図が反映される。

 ルーヴェンたちが聖神教会の権力を使うときに、あまりその権威が衰え過ぎないようにするためだろう。


 それらの国々は自分たちが聖神教会に軽んじられているのを知っているし、ウィシーズのように魔力慣れをしてしまってもいる。

 セルヴィードに鞍替えする気もないだろうが、すでに魔力への忌避感は少ないはずだ。


 彼らにとって、マナの魔力化と枯渇は別時期に起こっている事象である。端から信用していない組織の見解を鵜呑みにする方がおかしい。

 何なら、エルデュミオ誕生前から魔力化が起こっている国まである。


「そして僕たちが味方にするべき国々でもある」

「では、使者を送って友誼を持ちかけますか?」

「応じてくれはしないだろうな。丁重に追い返されればいい方だ。明確に敵とみなされた僕たちとは、やはり立場が違う」


 誰も大陸の敵となったストラフォードと手を取りたいとは思うまい。それでも手を取るのなら、そちらの方が利益があると見込まれたときだけだ。


「公式の使者なんか、話がまとまってから送るものだ。まずは、水面下で話を纏める」

「纏められますか?」

「勝ち目は無くはない。出入りの商人経由でクロードから手紙が来た」


 無事に母国に帰り着いたことへの報告と礼、そして事態の打開への提案がしたためてあった。

 クロードは聖席を正式に除名されたが、エルデュミオのように邪神信者扱いにはなっていない。


 聖席に就いた者まで邪神信者にするのは、聖神教会にとっても外聞が悪い。彼が所属する国の感情を考えてという部分もあるだろう。

 聖席に上れる人物を輩出できる国なので、国力もあり、聖神教会への寄付も厚い。切り捨てたくはないだろう。


「彼は密かに『僕たちに助けてほしいと思っている国』を取りまとめてくれたぞ。恩を売って義を説く機会だ。同様の風を吹かせれば、こちらを振り向かせるのは不可能じゃない」


 元々聖神教会への反感を持つ国々だ。その勢力を衰えさせ、自分たちに息のしやすい世情にしたい気持ちは間違いなくある。

 そのためには押し潰されないだけの同志がいることを伝えて、実感させねばならない。


(さすがに聖席を勝ち取っていただけあって、クロードは確保するべき必要数を分かっている)


 皆をまとめ上げて立ち上がれば、情勢を変えられる。その見込みが叶ったからこその提案だ。


「協力を仰ぐのならば、先に利を提示しなくてはなりませんよね? かなり時間がかかりそうですが」

「時間はかからないぞ。原因であるリザーブプールは、現在進行形で魔物たちに破壊させている。むしろマナが回復する前にこちらがそれをやりましたと印象付けに行かないといけない」


 そちらの方が時間がないぐらいだ。

 魔物を使役しているというその現実に、ルティアは複雑そうな顔をする。彼女はリーゼよりもさらに一段上ぐらいはフラマティア神を信じているので、無理もないと言えた。


「ウィシーズはアゲートが奪われたマナを直接変換しているから、もう目に見えた効果が出ているはずだ。そちらを例として見せればいい」

「それで何かしらの儀式を行って、『今何とかしました』、『これから改善されます』という空気を流すのですね? そして先方が実感できれば感情が動くと」

「そうだ。分かって来たじゃないか」


 にやりと笑ってエルデュミオが肯定すると、ルティアは眉を下げた。


「嘘が必要で、誰も傷付かないのなら飲み込むべきだとは思いますけれど。多少罪悪感はありますね」

「時期が前後しているだけだ。嘘とまでは言わない」


 逆にさらりとエルデュミオは言い切る。


「奇跡を実践してみせていきたいところだ。強行軍になるが、ある程度国を回った方がいいだろう」

「分かりました。こちらで用意するものはありますか?」

「いいや、問題ない。それより――国内の聖神殿の様子はどうだ?」

「今のところ変化はありません。ただ、戸惑ってはいるようです」


 本神殿からは邪教国家認定されたストラフォードだが、国内の聖神殿に対して敵対的な行動は起こしていない。彼らに手を出すことを厳格に禁じて命じてもいる。

 そしてそもそもだが、国の見解としてエルデュミオがセルヴィード信者だと認めてもいない。

 本神殿からの指示もないようで、福祉施設の面も持つ彼らは近しい住民たちも見捨てられず、戸惑いつつも以前と変わらない日々を送っていた。


「何よりだ。聖神殿にいきなり撤退されると、混乱が酷くなる」


 この辺りでも、聖王が今回の判断に腰が引けている気配が感じられる。

 聖王とて、本気でエルデュミオがセルヴィード信者だとは思っていないのだ。脅されているに過ぎない。


「ただ、いつまでもこのままというわけにもいかないだろう」


 汚名が晴れる前に撤退されたときにために、急ぎ備える必要はある。


「そちらはわたくしの仕事ですね」

「ああ。よろしく頼む――」


 こつこつ、こつこつ。


 小さく、しかしはっきりと響く異音。

 咄嗟に立ち上がってルティアを庇う位置へと身を置き換え、エルデュミオは異音が発生した方向を振り返る。

 そこには窓を嘴で突く、小鳥の姿が。純白の翼からは得も言われぬ気品を感じる。


「シャルミーナの呪紋ですね」

「お前の周りは、どいつも決まりを軽視する輩ばかりだな……!」


 からりと窓を開けてルティアが招き入れると、その手に留まった小鳥は手紙に変じた。


「緊急だったのでしょう。――イルケーア公爵からです」

「父上から?」


 ということは、エルデュミオ宛てに屋敷に届いた手紙だろう。急を要する可能性を考慮して、帰宅を待たずに送って来たのだ。

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