第100話
(その判断は正しい、んだが)
身に沁み込んだ貴族の秩序が、不満を感じている。もう少し柔軟に受け入れるべきだとは思うのだが、強固な教えからは中々逃れられない。
ルティアから渡された手紙の封を切り、中身を取り出す。内容は短い。
「公爵は何と?」
「リューゲルの民が、聖神教会の奴らに連行されていったそうだ。おそらく先日言い合いになったアゲートの正体を証言させるために」
「まずいですね?」
「他人の空似とは言い張れる。だが心証が悪くなるのは間違いない」
そして一番まずいのは、アゲートがリューゲルで住民たちに行った暴力だ。
貴族として思う所はある。しかしスカーレットやアゲートにとって聖神に依る人間は、人間にとっての魔物と同じ。慈悲の対象ではない。
更にはエルデュミオが関与したことそのものが、彼らにとって想定外。エルデュミオがその場にいなければ、住民たちはしばらく後使い捨てられて、全てはセルジオ一人の罪となったことだろう。
事実、以降アゲートはエルデュミオに不利になる行動を取っていない。人間への被害は軽視しがちだが、気を遣っているのは分かる。
(本来ならば罰するべき……というのも、くそ。ルティアたちからの悪影響だな)
少し前までは、『仕方ない』で済ませられた。
認識と感性、主義と信仰、そもそもの存在としての違い。それらの差で生じた過去の罪過よりも、ストラフォードの、世界のために有益な力を利用すべきだから、と。
飲み込めていたはずのものが、急にざわめく。
これでは正しく、ヴァノンが心配していた心への負荷そのものだ。奥にわだかまり続けるそれを、どうにか脇へと押しやる。
「対策を取る必要がある。ルティア、悪いが続きは明日だ」
「分かりました。わたくしも考えてみます」
「無理はするなよ。お前の仕事はおざなりにやっていいものじゃない」
ストラフォードほどの国ともなれば、王は持ち込まれた案件への裁可を判断するだけで思考力を削られるもの。新しい案など練っていられない。
「……そうですね。空き時間があれば」
痛感する時間は充分過ぎ去ったルティアは、申し訳なさそうにうなずく。
「ああ。僕も明日には結論を持ち込むから、備えておけよ」
「はい」
軽く頭痛を覚えながら、エルデュミオはルティアの執務室を後にした。
どれも放置はできない。だが一度にすべてを解決に導ける程軽い問題でもない。
(優先順位は、どれにすべきだ)
一度にどれだけ事が起ころうと、注げる力は限られている。誰が何をすれば、最大効率で事を成せるか。
間違うわけにはいかない岐路に立っている。
それはきっと、責任を負う立場の者ならば常でもあるのだろうが。
早々に王宮を出て屋敷に戻ったエルデュミオは、滞在中の関係者を応接室に集めて席に着いた。
メンバーはスカーレット、アゲート、リーゼ、シャルミーナとなる。
まずは届いた手紙の内容を話す、と、リーゼの顔が盛大にしかめられた。
「連行って、罪人じゃないですよ」
「邪教国家認定されたからな。その上で逆らうような態度を取れば、市民も相応に扱われるということだ」
相手は強引にでも連れ帰るつもりで来ている。相手が抵抗したときのために用意された戦力は実力者だろう。町の警備兵に阻めというのは不可能だ。
「マダラを直接見た、という点で人選は間違っていない。しかし町の人間だけでは足りないだろう。マダラと俺を同一の存在として確定させるには、まず俺とエルデュミオが共に居たことを証言できるツェリ・アデラの人間が必要で、その上でリューゲルの民が認めなくてはならない」
つまりアゲートもその場に連れて行かなければ、証拠にできない。ただしそれは真っ当な裁判ならば、だ。
「どうだろうな。それこそ、容色の似た男を用意すれば誰でもいい」
「そうだな。ついでに言うなら、当人である僕には召喚状さえ届いていない」
スカーレットの意見に、エルデュミオも同意する。
アゲート本人である必要はないのだ。罪を被せるだけなのだから。
「なんと罪深い……! フラマティア神の名に誓いながら、そのような偽りを押し通そうというのですか」
「聖王は今、保身に必死だ。国一つを貶めてしまっている。間違っていましたじゃあ済まされない。なんとしてでも己の判断を正しくさせようとする」
「リューゲルの人たちは、そんな嘘の証言しますかね? 近くで見たなら用意された偽者とは別人だって分かるはずです」
「させられる。暴力を使ってでも」
あるいは本人へ、あるいは大切な者へ。
それが分かっていてなお正しさを貫けとは、強要できない。そもそも立てられたアゲートは別人でも、起こった事象自体は聖神教会の言い分が正しい。
歪めているのはエルデュミオで、国民を守るのも国の仕事だ。民を護れなかった国に代わって自身を護ることなど当然だろう。
「では、憂いを取り除けばどうでしょう。きっと目に見えたままの真実を語ってくださいます」
「それは有りだな」
町の人間からすたら、別人を別人と本当の証言をするだけ。そうなれば同じ手は二度使えない。他にアゲートとマダラを繋げられる要素もない。
「その流れで、いっそ聖王の不正を暴露してやったらどうです?」
どうせ証拠を揃えて叩きつけるのは不可能な件。ならば不信を募らせたそのときに、状況証拠だけでも突きつけたらどうか。
「確かに、延々持っているだけではただの紙か」
使いどころを測り過ぎていても機を逃すだけ。リーゼの提案にエルデュミオはうなずいた。
「では、まずは
まずは町の人々が脅されかねない要因を取り除いておく必要がある。そしてそちらには特殊な技能が必要だ。
「とはいえクロードからの件がある。僕が行くのは間に合わないかもしれない。そのときはシャルミーナ、リーゼ。お前たちに任せたい」
「んんー。それは、ちょっと難しいのでは」
「罪を暴くにも、冤罪をかけられた当人がいた方が人の耳目を集めてくれます。正直申し上げて、わたしやリーゼでは舞台に上がった途端に熱が冷めるかと」
エルデュミオたちからすればリーゼもシャルミーナも充分関係者だが、伝聞や噂を聞いただけの者にとっては違う。『誰?』という疑問が先に出てくるだろう。
聖騎士だ冒険者だという肩書は、事情を知らない者には中心人物とは見なされまい。
「そうかもしれないが……。ならやはり、僕かルティアか? だがルティアは駄目だぞ。あいつはもう王なんだ。敵地のただ中に送るわけにはいかない」
「ルティアは気にしなさそうですけど。まあ、そうですね。また王不在とかになったら困るでしょうし」
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