第72話
「そうだけど」
バツが悪そうに、エリザは認める。
「下らない鬱憤は、日記帳にでも書いておけ。他人にぶつけるな。鬱陶しい」
「確かにあたしが悪かったけど! 容赦ないわね、貴方」
「どうして被害者である僕が、加害者に気を遣ってやらなくてはならない」
「過剰な攻撃ってよくないと思う! 敵を作るだけでもあるし!」
「いちいち忠告してやらなければならない物言いを選ぶからだ。僕としても本意じゃない」
エルデュミオとしては、この無駄な会話を省いてさっさと本題に入りたい。こちらも必要があって来ているから仕方がないが、そうでなければ席を立っていてもおかしくない。
「どうでもいいから、話を戻せ。マナの減衰が見られる土地は把握しているのか?」
この話ができる人材を求めたエルデュミオに、エリザは自ら名乗り出た。立候補した責任ぐらいは果たしてくれると願いたい。
「全土よ」
「それでも強弱はあるだろう」
「いいえ、本当に国土全部が同程度にマナを減衰させてるの。作物だけじゃない。鉱石も質が落ちてる」
外貨獲得の大きな割合を占める鉱石の質が落ちているのは、ウィシーズをさらに追い詰める。外から足りない分の食糧を輸入することさえままならなくなってしまう。
「言えるのは、そうね。ローグティアのある辺りは、若干マシってぐらい」
エリザの答えに、エルデュミオは戸惑った。
ストラフォードではローグティアの近郊が異常を表し、事態が発覚した。だがエリザの話ではウィシーズで確認された現象は逆である。
(マナはローグティアから与えられているわけだから、自然ではあるが……。つまりそれだけ広範囲に奪われているということか……?)
だとするとウィシーズは、エルデュミオの想像よりもさらに一段階進んだ脅威に晒されている。
(もしこれがウィシーズだけの話ではないのなら、帰りにツェリ・アデラに寄って情報を修正しておいた方がいいな)
そのためにも、事態は正確に把握しなくてはならない。
「実際にローグティアが見たい。僕を案内できる場所はあるか?」
王都にも勿論生えているはずだが、さすがにそこに案内しろとは言えない。
「あるけど、必要な条件とかあったりする?」
「そうだな。なら、魔物が好んで近くに生息している土地がいい」
「……魔物がローグティアの近くにいるのって、やっぱりよくないの?」
エリザの表情は不安げだ。おそらくそういう土地がウィシーズには多いのだろう。
聖神寄りのマナを維持している国々では、むしろ魔物はローグティアを避ける。話を耳にしていれば、他と違う自国の様子に不安を覚えるのは自然だ。
「魔物とマナの枯渇自体は関係ない。逆に聞くが、ウィシーズは他国と比べて魔力が濃い自覚はあるか?」
「あるわ。聖神教会の神官たちは嫌がって滅多に来ないし、不心得者が多いせいだって責めるわね。良くない土地だってよく言われる」
肉体までも聖神寄りの呪力で満たされるような、敬虔な信徒ほど顕著に感じるだろう。フラマティアにとって良いか悪いかで言えば、神官の言う通り良くない土地なのも間違いない。
「採れる鉱石も、魔力を多く含んだものが少なくない。旅行者なんかも体調崩す人がいたりするし」
「しかしやはり、そちらで困ってはいなさそうだな?」
エルデュミオの確認に、エリザはうなずく。そこに迷いもためらいもなかった。
「他所と違って魔力が強いおかげで、うちの鉱物は希少価値が付いて高値で売れてるの。作物もそうね。好事家に人気。一部、輸出用の高級路線もあるぐらいよ」
耕作面積が乏しいウィシーズで土地が割かれるというのだから、その利益は相当だ。
風当りが強くやり難い場面もあるだろうが、交易に関してはむしろ強みにしている。
「勿論、聖神教会はいい顔しないけど」
そうしてますます、関係の溝は掘り進められていくのだろう。
「だから、ホラ。――このお茶も」
丁度侍女が淹れ終えたカップを手にして掲げ、エリザは中身を軽く揺らす。
「あたしに使っている水と、貴方に淹れるのに使った水は別よ。宿なんかでも、体調が悪くなった人にはそうしてる。全部の食材とかは、まあ流石に無理なんだけど」
どの程度融通が利くかは、宿のランクにもよる、ということだろう。
(なら、リーゼに聖神の呪力を渡してきたのは正解だったな)
冒険者が普段使いするようなランクでは、完璧は期待できない。
「困っていないならそれでいい」
「いいんだ?」
「ローグティアを聖神寄りにすることは、僕なら可能だ。しかしそれで鉱物の価値が落ちただの作物の実りが悪くなっただの国民の体調が思わしくなくなっただのの苦情を付けられても、対応できない」
それに、魔力化している土地があって住んでいる人間たちにも悪影響がないウィシーズでは、魔神の権能の行使に適している。
ローグティアを魔力化させるような罪悪感もないため、エルデュミオにとっても都合がいい。
ローグティアは全てが繋がっているものなので、一国だけの問題とは言えない。世界全土で魔力が滲むのに、ウィシーズのローグティアももちろん関係しているだろう。
聖神教会がいい顔をしないのは間違いないし、彼らの立場ならその反応は正しい。
(ただ、僕は……。どうするべきなのか)
今の話ではない。世界の在り方を知ってしまった者として、この大地を未来の子孫たちにどう繋げていくべきかの話だ。
これまで通り帝国に倣い、聖神に依るべきなのか。それとも歯車の狂い始めた世の仕組みを整え直すため、かつての帝国のように神人の権能を使って支配するべきなのか。
報酬に帝国民の信心が付いてくるなら、おそらくスカーレットとアゲートは最後までエルデュミオに協力してくれる。
「あー、確かに、必要がなくてそれをやられたら、責任取って! って言うかもしれないわ」
「言われても認めないけどな。自分ができないことを他人に頼るというのは、そういう危険があることを忘れるな」
行われた処置が本当に正しいかどうかさえ、判断が付かないのが普通だ。
「不安になること言ってくれるわね……。自信がないなら、先にそう言ってくれてもいいわよ」
「問題ない」
「だったらいいけど」
「では、明日から早速取りかかるとしよう。観光なんかも要らないから、最短で案内してくれ」
「了解。ならあたしも下準備があるから、行くわね」
「ああ」
言葉を言い終えるかどうかのうちに、エリザは立ち上がっていた。
明日出発となれば時間が惜しいのは間違いないだろうが、同時に彼女がややせっかちであるのも否定できまい。
「あ、そうだ。大切なこと言い忘れてた」
「何だ?」
話し合うべき内容のどこかに抜けがあったかと、反芻しつつエルデュミオは聞き返す。それにエリザはにっこりと笑って見せた。
「あたしたちの声を無視しないで聞いてくれて、ありがとう。とても感謝しているわ」
「そう思うなら、いずれ実で返せ」
「必要があって、ウチが力になれそうなら努力する。そこまでは約束するわ。でも、今はそれで勘弁して」
求められるものいかんによっては、黙殺する。当然だろう。ウィシーズが大切なのは、ウィシーズで暮らす自国民たちなのだから。
「大体、そっちの方が大きいんだしさ。ウチができてストラフォードができないことって、あんまりないでしょ」
歴然たる事実なので認めざるを得ないのだろうが、エリザはその言葉を言うとき、少し悔しそうな顔をした。
ツェリ・アデラを通って来たばかりのエルデュミオにも、共感できなくはない感情だ。
「まあ、いずれ、な」
「いずれ、ね」
互いに肩を竦めて、そう言い交わす。
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