第71話
エルデュミオの身分で正式な来訪であれば、本来は国賓として国境から護衛と案内が付いてもおかしくないが、今回は両者共に私用と貫く体を取っている。
ゆえにここまで自分の足で訪れたし、使いに出したアゲートの報告を受け、城の入り口で揃った出迎えも大仰なものではない。
並んだ近衛兵がウィシーズ式の敬礼をして、その先に婚約者候補である第一王女、エリザが微笑んで待っていた。
「ようこそお出でくださいました、エルデュミオ様。ウィシーズの代表として、歓迎を述べさせていひゃだきますわ」
途中、慣れない文言を口にしたかのようにエリザは舌を噛む。
もし自分の部下ならば二度と表舞台に立たせないレベルの失態だが、エルデュミオは何もなかったかのように微笑んで応じた。
「ご歓待、御礼申し上げます。しばしこちらに滞在させていただくことになりますので、どうぞ、よろしくお願いします」
「ええ、喜んで。早速ご案内いたしますわ」
エリザに付いて、城の扉を潜る。同文明から別れただけあって、ウィシーズの建築もストラフォードと大差ない。
廊下を先導して進むエリザは、体の前で重ねている両手を一瞬解き、拳を握った。
「よしっ、大丈夫、誤魔化せた」
(いや、誤魔化せていないからな?)
そしてそういう呟きは私室に戻ってからやってもらいたいものだ。
ウィシーズの国土は、ストラフォードの三分の一、人口は八分の一といったところだろう。住める土地が少ないので、人があまり増えないのだ。
代わりに鉱物の細工技術は流石と目を見張るものがあり、装飾の流麗さは見劣りしない。
しかしどうやら、随分と大らかな国ではあるらしい。
(もともと選択肢に入っていなかったが。エリザ姫は絶対にうちに来ない方がいい)
断言できる。
これ以上の失敗を重ねることを恐れてか、エリザは無言で案内に専念した。
彼女の適性上は正しいと思うが、そもそも王女として微妙だ。客人を退屈させないよう場を盛り上げられてこそ、優れた歓待と言える。
本宮殿にある公的区画を抜けて向かったのは、賓客を泊めるために用意されている離宮の一つ。ストラフォード近郊ではあまり見ない草花で彩られた庭園を抜け、中へと入った。
「こちらを自由にお使いください。ご要望がありましたら、どうぞメイドにお申し付けくださいませ。できる限り叶いますよう、手配させていただきます。もし現時点で必要なものがございましたら、あた……っ、わ、わたくしが、お聞きいたしますが」
「ありがとうございます。では早速ですが、ローグティアについて詳しい方と話がしたいのですが」
ウィシーズには遊びに来たわけでも、観光に来たわけでもない。今後の予定も詰まっているし、行動は早ければ早いだけいい。
エルデュミオがローグティアの話を切り出すと、これまで振る舞いに迷ってふらふらと頼りなかったエリザの瞳に力強さが宿った。
「では、あたしから。――じゃないっ、わたくしから!」
「……いえ。そこまで無理なら、無理に取り繕われなくても構いません」
話をするのに一々無駄が生じそうで、仕方なくエルデュミオは妥協した。
そう聞いた途端、エリザはにこーっ、と屈託のない笑顔になる。幼少期を過ぎた王女がしていい表情ではない。
「本当? ありがとー。ごめんね、上品にするのに慣れてなくって」
「……いえ」
妥協はしたが、一国の王女としてどうかと思っているのは変わらない。ついでに、開き直りが早すぎる。
「だから、貴方もいつも通りでいいよ」
「いつも通り、と言われましても。僕はこれで普通にしているつもりです」
「うん、嘘」
にっこり笑ったまま、エリザは言い切った。
「話し方や態度で、なんとなく分かるよね。そういう性格じゃないなって。それに、友達とかとそんなに堅苦しく話すの?」
「友人との付き合いと、今知り合った他国の貴人との応対は違って当然かと。……が、しかし。相手がこうも不作法だと、馬鹿馬鹿しくなるのは確かだな」
身分に応じた礼儀は重要だが、ウィシーズとストラフォードの国力差が決め手となり、エルデュミオはエリザの要望に沿うことにした。
「貴女は本当にエリザ王女なのか? どういう育ち方をしてそうなった」
「野山を駆け回って自分で鉱石を掘りに行ってたら、かな」
「いや、そうであっても……。いや、いい」
他国のことだ。口を出す筋合いはない。
「分かる分かる。接待役もあたしじゃない方がいいんじゃ? っていう意見も出たんだけど、こっちが打診した理由的にそれじゃあおかしいよねって話になって、仕方なく」
どうやらウィシーズ王家すべてが身分に相応しい振る舞いというものを忘れているわけではないようだ。安堵する。
「どこの国も、察しているとは思うがな。実際に助けを請うてきた国は少ないが」
「余裕がある国は頑張ればいいんじゃない。こっちはなりふり構ってられないの」
希少鉱石を数多く出土する山岳王国であるウィシーズは、平地が少ない。限られた農耕地帯で起こる不作は、そのまま国全体の食糧事情に直結する。
「……とりあえず、中で話すか」
「そうしましょ」
エリザは離宮の中も迷わず進み、手頃な部屋まで一行を案内する。そして側付きの侍女にお茶の支度を命じた。
「あたしが淹れてもいいけど、美味しいお茶の方がいいわよね?」
「勿論だ」
手ずからの給仕に価値を見出す関係性ではない。
「じゃあ、早速だけど――想像が付いていてうちに来てくれた、ってことで良い?」
「ローグティアから与えられるマナが減って、土地が痩せ始めているんだろう?」
「ええ、そう。やっぱり、金眼の持ち主には分かったりするの?」
エリザは問いかけの形で口にするが、そこには認めたくない気持ちが滲み出ていた。
ウィシーズには金眼の血筋は伝わっていないし、魔力が濃くなっている関係で、最近ますます聖神教会と折り合いが悪い。
その聖神教会が特別だと認めるものが、真実世界にとって特別であるのが面白くない心理だ。
同時に、強い羨望も感じる。
「そうだな。マナの異変に気づくのは、おそらく金眼の持ち主が一番早いだろう」
ただ金眼は大抵王家に近い者の血の中にしか発現しないので、外の情報に触れる機会が少なく、結局報告で知ることが多いが。
「何か、ズルい」
「何を今更。世の中が平等だなんて感じたことがあるのか? そもそも、そういう貴女はどうなんだ。王女という身分が、平民から見て狡くないとでも?」
生まれで縛られるのは御免だと言う者もいるだろう。しかし間違いなく、身分を持って生まれた人間を羨ましく思う者もいる。
ならばせめて、生まれに相応しくあるべきだとエルデュミオは考えている。そして求められる役割をこなす。
結局、それが最も平穏だからだ。誰にとっても。
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