第63話

「まあ、実際の所はローグティアに異変が現れたから、僕に癒しに来てほしいというだけの話だ」

「成程」


 マナの枯渇だけならばアイリオスの言う通り、聖神教会を通じて解決策を与えればいい。勝手に仕込まれているだろうリザーブプールを破壊すればそれで済む。

 しかしローグティアの魔力化の方はそうもいかない。エルデュミオの目的は、むしろその魔力化したマナの部分なのだが。


(……これは、ルティアに言う必要のないことだろう)


 言えば反対されるのは明らかだ。エルデュミオ自身、スカーレットたちの言う通りに魔術に頼るのが最適解かどうか、自信がない。だから口にできないのだ。


「分かりました。こちらでは外壁の修繕を終える頃に戴冠式を行う予定です。それまでには戻ってきてくださいね」


 行って、ローグティアを聖神の呪力に染め直してくる。国家間の移動になるとはいえ、それだけならば充分可能だ。


「そのつもりだ。レイナードは置いて行くから、何かあったらアイリオスを通じて頼れ」

「はい」

「あと、適当には休め」

「はい。ありがとうございます。気を付けますね」


 エルデュミオの忠告を、ルティアは素直に受け入れた。心なしか嬉しそうでもある。


「貴方もお気をつけて。それとくれぐれも――」

「場を収めるのに強権に頼るな、だろ。心配しなくても、ウィシーズで僕が振るえる権力なんかない。余計な世話だ」


 対して、ルティアの好意からの忠告もエルデュミオは素直には受け入れなかった。ルティアは少し不満そうに唇を尖らせたが、言葉を重ねはしない。

 捻くれてはいるが、一応受け入れてはいるからである。


「僕の用はそれだけだ。ご馳走さま」


 丁度飲み終えたカップを置いて、席を立つ。


「ええ。――あ、そうです」


 用を済ませて執務室を後にしようとしたエルデュミオを見送ろうとしたルティアは、途中ではっとした声を上げた。


「どうした?」

「ウィシーズへ行くのなら、途中でフラマティア聖神教会総本殿――聖都ツェリ・アデラを通りますよね?」

「そのつもりだが」


 クロード宛てに親書を届ける用もある。

 中身は勿論、各地にあるかもしれないリザーブプールの件だ。ストラフォードが直接聖神教会に働きかけるより、クロードの提案として取り扱ってもらった方が角が立たない。


(ついでに、シャルミーナとやらの顔も見ておきたい)


 何かが起こって連絡を取る必要が出来たときに、顔も知らないのでは本人かどうかの確認が手間になる。


「騎士団の任務ではないので、護衛はイルケーア家の私兵ですよね?」

「そうなる。建前上あまり物々しくはしたくないから、連れて行くのは数人だが」


 数人というか、スカーレットとアゲートだけだ。

 戦力としてはそれで充分だろうし、ウィシーズでは魔術を行使する予定だ。下手な人員は連れて行きたくない。


 しかし魔神信徒としてすでに活動してきたアゲートは、どこかで誰かに姿を見られている可能性が高い。現段階で行動を共にするのは避けた方がいいだろう。

 そのため、外から見たときの同行者はスカーレット一人となる。


「ではわたくしからも一人、貴方の護衛に付けます。裁炎の使徒イグニス五番フュンフです」

「……いいだろう」


 ルーヴェンに与して己の命を狙った組織の一員だ。王となった今、裁炎の使徒はルティアの指揮下に入っているはずだが、かつての通り正常に機能しているか見極める必要はある。

 危険の少ない私用でフュンフを宛がわれたということは、エルデュミオの判断を求めているのだ。


「別件でツェリ・アデラに滞在しているので、そこで合流してもらうのが合理的かと思います」

「ではそうしよう。連絡は間違いなく入れておけ。そいつがフュンフであることを、僕はどう確認すればいい」

「彼はヴァスルールを名乗っています。おそらく、それだけで大丈夫です」


 ルティアの言い方からして、身を示す証はあるがこの場では言えない、という気配がする。別件、と濁した任務内容に準じる話だろうか。

 追及するでもなく引き下がり、エルデュミオはうなずいた。


「微妙に確証とは言えないが、まあ、分かった」

「すみません。どうかよろしくお願いします」

「ああ。ストラフォードのため、できる限りのことをしよう」


 情報が曖昧であることを気にしてか、ルティアは申し訳なさそうな顔をする。だからこそ、平然と返した。

 正確な情報は多ければ多いほど安全だし、勝率も上がる。だがどれだけ不透明な状態であろうとも、踏み込まねばならない時もある。


 ルティアは嫌がらせで口にしないわけではないのだから、問題ない。おそらく本当に行けば分かる類のものなのだろう。

 改めて一礼し、執務室から退出する。


 王都フラングロネーアから南に下り、まずは聖都ツェリ・アデラへ。そこから更に南東に進み、国を二つ超えると目的であるウィシーズ王国となる。

 メルディアーネ妃が逃亡したと見込まれているラトガイタ王国はツェリ・アデラの真西で、国境を接している。かつての帝国時代の名残だ。


(帝国時代の皇族の直系を名乗るだけあって、ラトガイタは聖神教会とも関係が深い。いい方に転がってくれるといいんだが。……とは言え)


 願うのではなく、采配によって良い方に転がすのが政治の役目というものだ。




 聖都ツェリ・アデラは、そう大きな規模の町ではない。

 かつての帝国時代、帝都が抱える広場の一つだった、といえば想像がつくだろう。

 帝城だった場所は西に観光名所として残ってはいるが、ほぼ廃墟だ。


 しかしその栄華は、国が滅びてなお人々に知らしめて来る。滅びたからこそ、と言えるかもしれない。

 町の敷地は全て化粧石で敷き詰められ、一つの芸術品のように美しい。様々な国や地域の文化、流行、素材に発想、技術者たち。作り上げるのに必要なものが潤沢に揃っていた証拠だ。建造物一つ一つも、洗練された趣きをしている。


(今の時代では、どこの国もこれはできない)


 物を集めるところから不可能だ。

 ツェリ・アデラを訪れる度、エルデュミオは痛感する。

 生国であるストラフォードを誇りに思ってはいるが、贔屓目があったとしても帝国にはかなわない、と。


 しばし門の外から町の姿を眺め――感傷を振り切って足を踏み入れた。

 途端、驚かされることになる。ここにいると思っていなかった、見知った姿を見付けたからだ。


「どうも、お久し振りですね」

「リーゼ!?」

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