第45話
「当たり前だろ。誰もルーヴェンかお前かという話なんかしてないんだ。自分が今就いている役職にとって、どちらの派閥が力を持った方が利益があるか、それだけで競っている」
「末期だな」
国王選挙で投票ができるのは、伯爵位以上の貴族のみ。権利すら有していないフェリシスは、心の底から口惜しそうだ。
「その通りだ。だが幸い、お前のように考える者も中にはいる。――何だ?」
話している途中でフェリシスが驚愕の表情を見せたので、一旦言葉を切ってそちらを振り向く。
「いや。貴方が私の言葉にどのようなものにせよ同意するとは思っていなかっただけで……。すまない、関係ないことで中断させた。続けてくれ」
「道理が通っていれば肯定ぐらいする。お前は僕を何だと思ってるんだ」
「……話がまた逸れるから、止めよう」
「……そうか」
とりあえず、好ましいものでないことだけははっきりした。元からはっきりしていると言えなくもない。
「とにかく――いなくはないが、今度はお前に信用がない。だから利益を取る」
「はい……。わたくしが無意義に過ごしてきた十七年の結果、ですね」
「今更どうにもできないことはどうでもいい。いいか、今から言う配置と日程を頭に叩き込め。紙には残すな。覚えて、偶然を貫け。まずは――」
「は、はいっ!?」
そう前置きしてエルデュミオがルティアとフェリシスに伝えたのは、先程会議で決まった騎士たちの編成内容の一部。スカーレットの報告と合わせて、寝返らせることができそうな人物がいる場所だ。
エルデュミオたち貴族派とは逆に、武官派、文官派、どちらが権勢を取っても大して旨味のない、力の弱い貴族たちである。彼らは武官派に所属している意識が薄弱で、とりあえず所属している組織がそうだから、以上の意思がない。
その中でもフェリシスのように、組織の枠を超えて国を想う人間というものが、相応にいるのだ。
選挙だけを考えるなら、ルティアが自分を売り込むべきはそういった人材たちに対してであったと言える。
とはいえルティアが彼らと接触するのは難しい。文官派の票を減らすわけにもいかないとなれば、尚更接触できる相手は限られる。
だが、無意味でもない。彼女の行動は後々にこそ活きる。それが分かっていたから、エルデュミオも放置した。
力が弱かろうと、爵位がある以上彼らの一票は武官派の予定の中に入っているだろうし、その価値は大貴族とも変わりない。
奪いさえすれば相手の票を減らしてこちらを増やせるという、一番効果的な結果をもたらす。
とりあえず、直近の一週間分。それ以上この騒動が時間をかけることはない、とエルデュミオは踏んでいる。
元々候補者もそう多いわけではないので、日にちにして三日。配置場所も十に満たない。
「もし今僕が言った日付で魔物が一斉に襲撃してきたら、そのときは教えた部隊の応援に行け」
「い、いいんですか?」
「誰しも己の身を案じて、同じ苦労を背負う相手には親近感が湧くものだ。――命を助けられれば恩義も感じるだろう」
必ず当人である必要はない。親しい誰かを護ってくれた相手にも、同じような気持ちを抱くものだからだ。
成功すれば、何人かは確実に票をこちらに与えてくれる。その自信がある。
その場合は文官派ではない。ルティア王女派だ。
「だが、それ以外の場所には何があっても行くな。これ幸いと、事故に見せかけて殺されかねない」
「…………分かりました」
たっぷり十数秒考える時間を置いて、ルティアはうなずいた。
(微妙に信用ならない間が空いたが……。命がかかっていて、そこまで馬鹿な真似はしないだろう)
ルティアは承諾したのだ。それを信じるしかない。
「それと、フェリシス。同じく魔物の襲撃が発生したら、第二部隊の血気盛んな輩がお前の担当個所に行って、僕が功績の場を与えたと主張するから、お前は僕に確かめに来い」
「つまり?」
「ルティアの護衛に加われと言っている」
魔物の襲撃は、十中八、九、フェリシスがルティアの近くにいられない時を狙うだろう。騎士団に伝手さえあれば、フェリシスがいつどこを担当するかなど筒抜けとなる。
「ルティアが狙われているのは、お前も分かっているはずだ」
アリエラの手前裁炎の使徒の名前は伏せたが、ルティアとフェリシスにはそれで通じた。
彼らは一度失敗している。次はもっと戦力を厚くしてくるだろう。
正直に言って、エルデュミオには自分一人でルティアを護りきれる自信がない。
「僕もルティアの近くにいるつもりだから、そこで合流しろ。だが執務室に寄って、レイナードから居場所を聞く手順を省くなよ。たとえルティアの予定を知っていてもだ」
「分かった」
予定外のことが起こり、ルティアの居場所が変わる可能性がある。しかし中継点さえ機能していれば対応は可能だ。
「だが、その功を焦ったということになる騎士は、どうなるんだ」
「別にどうにもならない。僕が許したからやった、それだけだ。ああ、安心しろ。ちゃんと武功を立てられる奴を送る。事実功績があれば大してうるさくはならない。送るのは武官派の家の奴だからな」
家人との仲が悪くなければ、一族が立てた功績を悪いようにはされない。手心が加えられてうやむやになるのは決まっている。
それが許される家の把握など、エルデュミオの中では常識だ。
「そうか。その人の不利にならないならいいんだ。……指示をした貴方の方は大丈夫なのか」
「問題ない。言っておくが、ルティアを護った功績は僕のものだ。お前に手柄を上げさせなかった功労者として、陰で称賛されるぐらいだろうさ」
平民出の騎士の反感は買うが、フェリシスの助力があってルティアを護り切ったという形にすれば、オチとしての後味は悪くない。
エルデュミオにとっての不利益は、その後中立を名乗ることができなくなるぐらいだ。
近頃はルティアに近付きすぎているし、実際ルティア派になると決めているのだから、遅かれ早かれ同じである。特に問題ない。
「運が良ければ、その後の処理で功を取り返せることもあるだろう。そこまでは僕の知ったことじゃないけどな」
決着が付いた後は、ルティアとフェリシスの才覚次第だ。
「ええと、と言うことは、わたくしが防衛線に向かってもよいのは、フェリシスと合流した後、ですか?」
「そうなる」
魔物と戦っている最中に、暗殺者に狙われた王女が現れたら混乱するのは目に見えている。余計に被害を生むのは確実だ。
「まずはお前を狙ってくるだろう暗殺者を迎撃する。騎士への応援はそれからだ」
「……そう、ですね。それが最善だと思います」
うなずいたルティアの表情は、沈んでいた。その思い詰めた様子には危うささえ感じる。放っておくべきではない。
「どうした。気掛かりがあるのか」
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