第46話

「……その。今王都が襲われているのはおそらくわたくしのせい、ですよね? 神聖樹を護るのを諦めるつもりはありませんから、この先も同じようなことが起こるかもしれません。なのにわたくしは、巻き込んだ人を護ることができないのですね……」


 エルデュミオたちが来るだろう暗殺者を撃退するまで、ルティアは動けない。動けば被害が広がるだけ。そのことそのものを気に病んでいるらしい。


「己の巻き添えとなった者を気に掛けるのはいい。だが間違えるなよ。被害を生んだのはお前じゃない。責を負うべきは攻め込んできた連中だ」


 ルティアが口にした内容には、間違いなく事実が含まれる側面もある。しかし気に病まれ過ぎては困る。

 きっぱりと否定したエルデュミオに、ルティアは表情そのままの重さでうつむきがちだった顔を上げた。

 そして小さくではあるが、どうにか微笑みを作る。


「はい。そうします」

「お前はもう少し図太くなれ。見ていて頼りない」

「頼りないのは困りますね。努力します」


 気合いを入れた主張なのか、ルティアは両手に拳を作って力を入れて見せた。

 同意を取れたところで、ルティアたちとしたい本題は終わった。だがせっかくなので、もう一点気になることを確認しておく。


「話は変わるが、少し確認しておきたい。お前、ルーヴェンのことをどう思っている?」

「お兄様、ですか?」


 訊ねたエルデュミオに、ルティアもフェリシスも戸惑った顔をした。


「お兄様とはあまりお会いする機会もなく、人物について特に思うところはありませんが……?」

「ルーヴェン殿下の協力を得ようというのか? 殿下との接触は、こちらの情報を相手に与える危険を増やすと思うが……」


 ルーヴェン本人には然程力がなく、かつ接触をすればそれだけで周囲の人間には話を持っていかれる可能性がある。利と害を天秤にかけて、害の方が大きいと判断した。

 だがエルデュミオが協力を提案すれば、頑なに拒む雰囲気ではない。彼らにとってのルーヴェンは、やはり敵対者ではないのだ。


(やはり、違うんじゃないか?)


 ちらりとスカーレットに目をやるが、優秀な侍従は無反応だった。


「少し気になっただけだ。僕には兄妹がいないから分からないが、身内と争うのは嬉しいものでもないだろう?」

「勿論です。ただ……。わたくしにとってお兄様が『兄』である実感は、正直あまりありません」


 顔と血縁を知っているだけ。二人の間に兄妹としての交流がほぼなかったのは、エルデュミオも知っていた。見えたままという確認ができただけだ。


「ですが似た立場にある者として、心穏やかに生きていただきたいと思っています。母同士の関係もありますから、真に兄妹としての関係を築くのは難しいかもしれませんが……」


 事情は呑み込んでいても、ルティアは寂しそうだった。手に入っていないからこそ、憧れがあるのだろう。


「わたくしが王になれば、お兄様とも仲良くできるでしょうか」

「第二王妃の力を削って、ルーヴェンが望めばできるだろ」


 難しいのを承知で、エルデュミオは求める結果のための道筋を口にする。

 ルーヴェンの母親である第二王妃は他国の王女だ。彼らは自分たちの血脈が、帝国時代の皇族の直系を現代まで継いでいると自称している。


 そんな彼女が第二王妃なのは、妃に迎えられた時期と――出身国がすでにストラフォードよりも力がないため。しかし反して、発言力もプライドもそこまで低くない。

 ストラフォードの有力貴族の娘である第一王妃に対して、己を敬うべきだという態度をあまり包み隠さないような人物である。

 可能性はある。しかし待っていても訪れはしない。そういう関係だ。


「はい。そうですよね」


 容赦なく言ったエルデュミオに、しかしルティアはどこか嬉しそうに笑みを見せた。


「貴方は強く、冷静です。わたくしの意を汲んでくれるその優しさも、とてもありがたく思います」

「強く優秀であるのは貴族の義務だ。それなりの慈悲は持ち合わせているが、優しさなんていう甘さはない。妙な風評を生むのは止めろ」


 その評価は、エルデュミオにとって邪魔なだけだ。


「……そういう貴方だから、わたくしは今、心配でもあります」


 表情を引き締め、言った通り瞳に不安の色を映したルティアはエルデュミオを見詰める。


「たとえ矜持を護るためであっても、強引な権力の行使を妥協し過ぎないでください」

「――……」


 ルティアは、というかルティアたちは、エルデュミオが体面を護るためになら他者を殺す人間であることを知っている。

 そしてエルデュミオも、その懸念を否定できない。

 しばし、沈黙が落ちる。ややあってエルデュミオは短く息を吐き、立ち上がった。


「用件は以上だ。失礼する」

「エルデュミオ、答えを訊いていません」

「不要だろ。心配だったら、僕を切り離して自分の身を護る言い訳を考えておけばいい」

「エルデュミオ!」


 ルティアの非難を聞き流して、扉を開き外に出る。当然のように、スカーレットは何も言わずに付き従って来た。


「わたくしは貴方が――」

「うるさい」


 首だけ振り返って、冷ややかに言い捨てる。後はまっすぐ前を見据えて、出口へ向けて足を進めた。


(大貴族であるイルケーアの傷は、ストラフォードという国そのものの権威にさえ影響する。国を護るために必要であれば、平民の命などいくらでも支払うべきだ)


 そうしなければならない、と骨の髄まで沁み込まされている。避けたいのなら、誰かを犠牲にするような状況に陥らないよう、上手く切り抜けるしかない。


(最善を尽くす努力はしている。だが、叶わないことだってあるだろうが)


 まさしく前回、エルデュミオは叶わなかったがために民で清算しようとて、命を落としたのだから。


(ああ、そうとも。美しい花畑の中で理想を語る、神輿のお前はそれでいい。だがそんな理想が何もせずにまかり通るなら、社会はそもそもこんな構成になっていない)


 理想を叶えるためには、ある程度の強者である必要がある。弱者に落ちれば何もできない。

 今回エルデュミオがルティアの護衛のために人員を配し、調整をかけられるのは隊長の地位にあるからだ。有用な権限を持たないフェリシスや、力のないルティアはただ流されるしかできていない。


(目的のために権力が必要なら、立場は護らなくてはならない。負ければ、語った理想など水泡に帰すのだから)


 エルデュミオの中で、優先するべきものの答えは明確だ。だというのに、ルティアの言葉に揺らぐ自分もいる。


「……スカーレット」

「はい」

「お前はどう思う。理想を追うべきなのか、現実を見据えるべきなのか」


 他人の意見を聞いてみたいと思ったのなど、初めてだった。


「理想は追うべきかと。しかし、現実を見なければ死ぬだけです」

「では、理想のための犠牲を是とするか? だが果たして、それで到達した先は理想を叶えたと言えるのか」

「目的次第と考えます。そして、私の答えは先に述べた通りです。この地上全てを殺してでも、私は護るべきものを護ります」


 手段のために目的を違えることはしないという、断言。その迷いのなさに、エルデュミオは少しだけほっとした。


「……僕も、同感だ」

(努力はする。しかし――)


 この件においてルティアたちと意見が合致することは、永遠にないだろう。

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