第44話

 宮中警備の編成を決めた後、レイナードを帰したエルデュミオは、正門前の庭園で時間を潰していた。

 太陽はすでに朱く、地平線の先に沈もうとしている。


(遅い……ッ。あいつらは本当に正気で生きているのか)


 待ち人は町の聖神殿に置いてきたルティアとフェリシスだ。

 仕事を終えた後で使いを出したが、ルティアはまだ戻ってきていなかった。時間も時間だったから、それならばもうそう待たずに返ってくるだろう、と軽く考えた過去の自分が悔やまれる。

 どうせなら二人一緒に捕まえようと正門で待ったことも、失策だったと言わざるを得ない。


(普通、女性を陽が落ちる時間帯まで外出させるか?)


 エルデュミオの常識からすれば、あり得ない。

 ただ、ルチルヴィエラでルティアもリーゼも平然とエルデュミオの部屋を訊ねてきたので、彼らの中の常識は違うのかもしれない、とは思う。

 冒険者ならまかり通るのかもしれないが、ルティアは王女、それも女王となる身だ。悪意に付け込まれる隙を、わざわざ作るような真似をされては困るのだが。


「エルデュミオ様、今日は諦めて、改めて翌日に伺ってはいかがでしょうか」

「……そうだな。帰りを長々と待ち侘びているように思われても腹が立つ」


 スカーレットに促され、エルデュミオも切り上げる踏ん切りをつける。座っていたベンチから立ち上がり、帰宅しようとする――と、馬車の音が近付いてくるのが聞こえた。


「……」


 町で調達した一般の馬車だったためだろう。馬車は城門を潜ることなく手前で止まった。

 まずフェリシスが降りて姿を見せ、中にいる人物へと手を差し出す。彼のエスコートでルティアが地に足を付けた。


(なぜこうも間が悪い……)


 帰ろうと切り替えた気持ちが、億劫さを倍増させる。

 ただ安堵したのは、ルティアがきちんと元のドレス姿に着替えてきていたことだ。一般用とはいえ馬車も貴族街で走っているもの。神官服のまま城に戻って来るという暴挙は犯さずにいてくれた。

 いつもよりやや深めに呼吸をして、心にわだかまったあれこれを抑え込む。それからエルデュミオはルティアへと歩み寄った。


「ルティア」

「ああ、エルデュミオ。ごきげんよう。お帰りですか?」

「そのつもりだったが、予定が戻った。お前も部屋に帰るんだろう。送って行く。フェリシス、お前もこのまま付き合え」

「分かった」


 ルティアを部屋まで送る点に関しては、おそらくフェリシスの中でも予定通りだろう。異論を差し挟むことなくうなずいた。

 ルティアとエルデュミオが隣に並び、その後ろからフェリシスとスカーレットが従う、という形で城内へと入り、廊下を進む。


「随分遅かったが、そんなに治療に手間取ったのか?」

「はい。あの後も散発的に負傷者が増えましたから。騎士団が警備を強化してからの王都周辺は大丈夫だったのですが、行商の方や旅の方の被害が多かったのです」


 王都の周辺が異常に危険地帯になっている、という情報がまだ伝わっていないせいだ。それも明日以降になれば落ち着くだろう。

 ただし――。


「物流が滞るな。早く解決しないと、治安が荒れるぞ」

「そうですよね……」

「今回の件、お前に心当たりはないのか?」

「ごめんなさい、ありません」


 心許なそうに言ったルティアの答えは、予想通りのものだった。本拠地とも言えるフラングロネーアが襲撃されると分かっていればもっと備えるだろうし、事前の警告の一つもあっただろう。


 ルティアが住んでいるのは、執務などを行う公的区画の奥、王族が暮らす私的区画だ。庭園と渡り廊下で区切られた境目を越え、居住区に移る。

 その二階の一部屋に、ルティア個人の私室があった。


「では、皆。どうぞ中へ」


 フェリシスは勿論エルデュミオとて、軽々に入れる場所ではない。しかしエルデュミオがわざわざ待っていたことでルティアも察していて、三人を室内へと招き入れる。


「――姫様っ!?」


 ここに辿り着くまでに、陽もすでに沈んでしまった。皇女が男性三人を部屋に招き入れたことに、侍女が咎める声を上げる。


「アリエラ。そのような顔をしないでください。褒められた行いでないのは分かっています。それでも、必要なのです」

「……わ、分かりました。姫様がそうおっしゃるなら……」

(ほう)


 アリエラと呼ばれた十七、八程――ルティアと同年代の侍女は、感情が顔に出過ぎる少女だった。そのせいで主からの命令というだけではなく、彼女自身が言った通りルティアへの信頼が言葉と態度から窺えるほどだ。

 それに対してエルデュミオが抱いたのは、意外だという気持ち。しかしルティアが周囲の人間を掌握できているのは、喜ばしい限りである。


「ですが、お通しするのはここまでです。よろしいですね」


 断固許さない構えで、控えの間とルティアの私室を繋ぐ扉の前でアリエラは仁王立ちをする。


(ルティアの侍女なら貴族の娘だろうに、その姿はどうなんだ……)


 行儀見習いを兼ねてきているはずなので、本来ならばルティアが手本になるべきだ。だがエルデュミオにはルティアが悪影響を受ける予感がしてならない。

 それとも、冒険中に獲得してしまった姫君らしくない行いが、侍女の方にも作用するという悪循環が発生しているのか。

 ……他に実績を積んだ侍女がいるはずなので、ぜひそちらに期待したい。


「大丈夫です。――それと、アリエラ。ここで交わした内容は、全て他言無用です」

「分かりました」


 この上侍女の席を外させるのは難しい状況なので、エルデュミオも妥協することにした。

 もし内容が筒抜けになって不都合が起きれば、犯人は一人だけだと分かりやすくもある。


「どうぞ、座ってください。ええと……エルデュミオの侍従の方も、どうぞ」

「スカーレットだ。会ったことがなかったか?」

「そう……ですね。おそらく……」


 ルティアの返事は曖昧だ。このやり直しが始まるまでは大して接触もしてこなかったのだから、無理もない。

 エルデュミオの周辺にいる人物など、ルティアが把握しているはずもないだろう。


「では、話に入りましょう。まずエルデュミオ。貴方の用件は何でしょうか」

「国王選挙の話だ。こんな状況ではあるが、今のところ日程に変更はない」

「変更になるほど響かせたくもない状況だしな……」


 苦い声でフェリシスが呟く。同感であったので、何も言わずに聞き流した。


「神凪の月――今月の十五日、ですね。……頑張って話してはいるのですが、上手くいきません」


 肩を落とし、ルティアは項垂れた。自身の求心力の程を見せつけられているのだ。仕方がないと言える。

 ただし、エルデュミオに言わせれば少々的外れだ。

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