第27話

「ただ脈絡なくてピンポイントだと思ったので、伝えておこうと思ったです」

「……そうだな」


 辺境へ冒険に出かけているわけではないのだ。ある程度人の行き来のある、魔物避け結界が設置された街道での話。

 なくはないが、限りなくないはずのことが起こった。それは気に掛けて然るべき状況だ。


「もし手紙が届かなかったら、困っていたです?」

「……いいや」


 結果的には、無用な手紙となった部分もある。騒がれる前にセルジオの身柄を移せたので、まったくの無駄というわけではないが。

 だがそれは、結果的には、だ。


(あの夜。もしローグティアの丘に行っていなかったら、どうなっていた?)


 魔を含んだ十数人の命を飲み込まされたところで、神聖樹がいきなり魔力化することはないだろう。

 おそらくより大きな問題として取り沙汰されるのは、セルジオが町の住民に手を下したという事実だ。


(僕はその話の流布を防ごうとするだろう。きっと生贄になった住民たちこそを邪神信者と断じる。前回と同じように)


 その場合手紙が届いていなければ、セルジオの身柄を移動させるのが遅くなる。もたついている間に、館からさらわれた住民が見付かればどうなるか。自明だ。


(イルケーアへの非難は避けられない。特に、隠蔽を図った僕には徹底的に集中する)


 折よくリューゲルには、不正を糾弾するのにためらいがなく、自身の正義のために無謀な行動を起こしかねないテッドがいる。


(だが、なぜ僕だ? ただの廻り合わせ――偶然か?)


 前回のエルデュミオの人生は、あまりに無様で虚しいものだ。

 名誉を護るために突けば破れるような薄い膜でできた嘘を必死でつなぎ合わせ、しかし結ぶこともできずに命を落とした。

 マダラはそれを知っているはずだ。


(相手にするのも馬鹿馬鹿しい。そう軽んじられても無理はない行いだ)


 認めるのは腹立たしいが、エルデュミオがマダラの立ち位置にいればそう見なす。


(僕に罪過を与えて孤立させたところで、意味などないだろうし)


 マダラの目的は神聖樹のマナを魔力に塗り替えること。その道筋において、エルデュミオに役回りなどありはしない。

 事実、前回彼らは自滅したエルデュミオの存在などあってもなくても関係なく、神聖樹を魔力に染め上げて見せたのだから。


(……考えても無駄か)


 注意は怠れないが、とりあえずリューゲルでは事なきを得た。

 偶然であればそれで終わる。もし手紙の件がエルデュミオに累を及ぼすために仕組まれたものだとするのなら、マダラがどの程度重要だと見ているかは、今後で判断するしかなさそうだ。


「でも、まあ、エルデュミオ様がわたしを送ったおかげで、一人の命が助かったですよ。よかったですね」

「――……」


 思ってもみなかったことをにこりと笑ったリーゼに言われ、エルデュミオは目を瞬く。

 つい、それによって起こる事象ばかりを考えてしまっていたが。


「……そうだな。その通りだ」


 一人の命が助かった。それだけで充分、甲斐があったではないか。


「さって。じゃ、わたしはそろそろお暇するですよ」

「ああ。ご苦労だった」


 話の終了と共に、そう労いの言葉をかける。立ち上がって伸びをしたリーゼは、手を後ろに組んでエルデュミオを見た。


「無理はしすぎないで、でも少し無理をして、頑張ってくださいです。……わたしは今、貴方が死んだりするところは見たくないですから」

「……」


 エルデュミオが平民を軽視した態度を取り、尊厳を疎かにするようなことを続ければ、いずれそのときは来る。


「……別に、僕に限った話じゃないだろ」


 王女という立場だけで襲われたルティアもそう。今このときにだって、理不尽に魔物に襲われて命を落としている者だっているだろう。


「だから、可能性を減らすために頑張るですよ」


 正論だ。


「一応、頭には留めておく」

「はい。――それでは」


 ぺこりと頭を下げ、リーゼは部屋を後にする。彼女の背を見送って扉が閉められたあと、エルデュミオはだらしなくソファの背もたれに体重を預け、深く息を吐いた。

 何となく、とても厄介なものを飲み込んでしまった気分だ。

 ただし不可思議なことに、それは不快なものではなかったが。




 王都からルチルヴィエラまでは、成人男性の足でおよそ七日の道のりとなる。姫君を加えた集団での移動は、充分な休憩を挟んで二十日の道程となった。

 途中一度、リーゼから報告が来た以外は問題も起こらず、実に順調に辿り着く。

 ローグティアのある土地は基本的にマナが濃くなり、実りが豊かだ。ルチルヴィエラも例に漏れず、清らかな水が有名で、優れた茶葉の産地となっている。


 ルチルヴィエラは湖を中心に、円形に広がって発展していった町だ。ローグティアは湖の中央にある小島に生えているので、真の中心はローグティアと言ってもいいだろう。

 小島まで架かる橋も渡されており、普段は市民の憩いの場となっていることが窺える。

 リューゲルでは麦の穂を思わせる黄色の花を咲かせていたが、ルチルヴィエラのローグティアは澄んだ水色だ。


 町で一番大きな宿を借り上げ、調査が終わるまでの拠点とする。

 三階建ての建物で、最上階の二部屋にルティアとエルデュミオが、階下に騎士たちという配置だ。

 ルティアを部屋に送り届けたエルデュミオは、そのまま窓から一望できるローグティアの樹を眺める。


「ここからだと、問題があるようには見えないけどな」

「はい。ですが近付けば花びらの中に黒ずんだ物が見付かるでしょうし、橋を見れば水位が下がっているのも明らかだと思います」


 ささやかだが、明確な異変だ。


「明日にでも向かうか?」

「そのつもりです。時間をかける理由もありませんから」


 到着から一日置けば、興味のある見物客も揃うだろう。エルデュミオはうなずいた。


「なら、今日は休んで――」


 明日に備える。

 そう言いかけたエルデュミオの言葉を、ノックが遮った。


「誰だ?」

「第二部隊副隊長、レイナードです。お疲れのところ、申し訳ありません」


 エルデュミオが割り当てられた部屋にいなかったため、こちらに来たらしい。

 部屋の主であるルティアに目で許可を取ってから、扉を開く。


「どうした」

「聖神教会の方が、ルティア殿下にお目通りを求めています」

「……早速来たか」


 ルチルヴィエラに聖神教会の第五聖席が来ていることは、事前に知っていたので驚きはない。先行していたリーゼがきっちり情報を持ってきたおかげだ。

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