第26話
「城は酷い騒ぎだっただろうな」
「そりゃあもう。わたしなんか、お姫様をさらった重罪人ですよ。依頼されただけなのに」
「それで今回は、仕事として向かうことにしたわけか」
「です」
犯罪者になって追われながらローグティアの異変を治めるよりも、国の支援を受けながら処置をした方が余程効率的である。
公務であれば名声にもつながると、いいことしかない。
(一つ気掛かりな点といえば……)
「時間は大丈夫なのか。ルティアが城を抜け出してそのままルチルヴィエラに向かったのなら、今回の日程では大分遅れが出ているだろう」
「そこは大丈夫です。色々あって、ルチルヴィエラに付いたのは前もかなり遅かったのですよ。フェリシスがまだ滞在してたぐらいです。なにせ、追われる身でしたからね」
ルティアを連れて街道は通れなかっただろうし、関所などますます無謀だ。避けて通ろうとすれば、整備されていないような道を大幅に回り込むことになる。
道中の危険も増したはずだ。
「よく、付き合ってやったな」
「ルティアは悪い人間じゃなかったですからね。見捨てるのは寝覚めが悪いです。声を掛けたのもわたしが先でしたし」
手を差し伸べた責任を、リーゼは果たそうとしたのだ。命も名誉も懸けて自分を助けたリーゼに対し、ルティアもまた、命を懸ける覚悟を決めたのだろう。
「今回はフェリシスも異変がなぜ起こっているかをもう分かっていますから、調査も最短ですよ。差し引きトントン、ってとこですね」
「予定通りという訳か。ふむ……」
顎に指を添え、エルデュミオはしばし沈黙する。
「何か気になるです?」
然程の時間を待たずに、リーゼが答えを求めて訊ねてきた。
「いや、なぜ前回をなぞっているかが気になっただけだ」
「はい?」
「僕はリューゲルで、マダラと名乗った邪神信徒と会った。そいつはお前たちと同じく記憶保持者のようだった。少なくとも、事態は理解している」
「いてもおかしくないですね。時間軸は巻き戻っていますが、経験したことに違いはないですから」
やや複雑な話ではあるが、時間は戻っても人生の流れの中では延長線上にある、という状態だ。
「邪神側からすれば、手にした世界が手に入っていないところまで戻ってしまったわけですから、必要な人物に干渉して、同じように運んでもおかしくないのでは?」
「おかしいに決まっているだろ。僕ならそんな非効率的な手段は採らない」
敵対する相手に記憶がないのを前提とするのなら、同じように動けばいいだろう。だが相手が未来を知っているのなら、邪魔されるのが目に見えている。
そして今回、時間を巻き戻す必要があったのは聖神側。やった側がやられた側よりも情報が少ないなどと考えるのなら短慮に過ぎる。
「目的達成のために必要なのだとしても、手段は変えるはずだ」
だがルティアから話を聞いた限り、マダラがリューゲルで行おうとしていたのは前回と同じ内容だ。
「言われてみると、そうですね。んー……」
リーゼも腕を組み、不思議そうに唸った。
「こちら側に記憶保持者がいるかどうか、正確に確かめるため、とか……」
「いないと考えるような楽天家には見えなかったけどな。まあ、人数や人物を探るという意味ではあり得るか……?」
探るためにあえて同じ行いをして、違う行動をした者を炙り出すというのなら理解できなくはない。
「だったら、ここからは違う行動を取るかもです?」
「その可能性もあるだろう。だがそれなら、こちらは順調に前回しくじった部分をやり直して、無邪気に喜んで見せてやった方がよさそうだ」
「敵にこちらを舐めさせるですね? 意外です。相手に馬鹿にされるのとか、フリでも嫌がると思ったです」
「馬鹿にされるのは僕じゃないからな」
「最っ低ですねッ!」
しゃあしゃあと言ってのけたエルデュミオに、寸前まで感心していた様子だったリーゼが、眉を吊り上げて怒鳴った。
「表面上はそれでいいとして、裏では相手の動きを正確に探り、対応する必要がある。国内はどうとでもなるが……」
干渉されないのが一番だが、向こうの目的は神聖樹だとはっきりしている。異変が生じたときにすぐ気付けるよう、ローグティアに今よりも人手を割く必要があるだろう。
だが、国外はそうもいかない。
「他国に伝手はあるのか?」
「少しなら。でも、全部は無理ですよ」
「……だろうな」
世界はそんなに狭くない。
ストラフォードの大貴族であるエルデュミオとて、話を持ち掛けられそうな他国の貴人の知り合いは数えるほどだ。
「ストラフォードのローグティアから神聖樹に干渉してマナを聖神寄りに維持するよう努め、その間に急いでルティアを王座に押し上げる。当面はここからだな」
「ルティアもそう言っていましたけど。他国の王の言うことを、他の国が聞くですか?」
「警告以上には効かない。だが王になれば聖神教会の聖王に会える。そこで交渉をする」
世界の情勢によっては、聖王の説得も充分に勝機があるはずだ。
帝国時代より続くフラマティア聖神教会は、各国に根を張り人々から信仰という名の力を得ている。どこの国も聖神教会の意向を完璧に無視することはできない。
「とはいえそれは、もう少し先の話だ。まずはルチルヴィエラのローグティアを癒す。お前はルチルヴィエラに先行して、情報を集めておけ。前回と変わっていてもいなくても、注意を怠るな」
変わっていないように見せかけて、罠を仕込んでいる可能性もあるのだから。
「了解です」
そうしてリーゼを先行させておけば、明らかな危険は排除できるだろうし、手に負えなければ連絡をしてくるはずだ。
「ああ、あと一つ。ルティアからよろしく言っておけと頼まれた」
「……ふふ。はい、確かに聞いたです」
不本意そうに顔をしかめつつ、実務上必要のない言伝を口にしたエルデュミオに、小さく笑ってリーゼはうなずく。
「僕の話は以上だ。お前から他に報告はあるか?」
「ええとですね……。あ、あったです」
少し考えてからはっとした声を上げ、リーゼは手を叩く。思い出せたことにほっとした様子だ。
「偶然かもしれないですが、わたしがトルトーワに向かうとき、先行して貴方の手紙を配達に行っていた人が魔物に襲われてたですよ」
「追いついたのか」
その足の速さを買って依頼したわけだが、合流してしまったのでは合理性としては微妙だ。
「というか、聞いていないぞ」
「町の移動で魔物に襲われるのは、なくないですからね。依頼料も危険性込みです。いちいち言ったりしないですよ」
運悪く襲われたからと言って、冒険者は報告などしない。国に仕える兵士や騎士とは違うところだ。
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