第28話

「ルティア、いいな?」

「はい。お会いしましょう」


 振り向いて確認したエルデュミオに、ルティアも迷わず答えた。

 後々聖王に会って協力を求めようとしている以上、聖神教会の訪問を断るなど悪手だ。


(向こうがこちらに求めるものも、想像がつくしな)


 主の返事を受けたレイナードは一度引き返し、客人を伴って戻ってくる。


「お初にお目にかかります、ルティア王女殿下。イルケーア伯爵」


 部屋に入ってきた白いローブ姿の男性は、指を伸ばして揃えた右手を左胸に当て、頭を下げた。身に付けたローブには金糸と銀糸で細かな刺繍が施されており、控えめながらも上品だ。


「私はクロード・ミルダ。フラマティア聖神教会にて、第五聖席を預かっております」


 聖神教会の最高権力者は聖王で、その下に第一聖席から第十聖席までの権力者が並ぶ。聖神教会の方針を決めるのが、この十一人での会議となるのだ。


「お会いできて光栄です、クロード殿。今この時に聖席たる貴方がルチルヴィエラにいらしているのは、ローグティアの件と考えてよろしいでしょうか」

「ご明察の通りにございます」


 人々の信仰の中心にある聖神教会だ。神聖樹のマナに異変が現れる事態を、静観するはずもない。


「今世界は静かに、しかし確実に、危機に陥っております」

「そう仰るということは、ローグティアの異変は我が国のみで起こっているわけではないのですね」

「すべてのローグティアは、神聖樹を介して繋がっております。どの樹が一つだけ、ということはあり得ません」


 誤魔化すでもなく異変と認めるクロードに、エルデュミオは内心で驚いた。


(話は早くて助かるが、それでいいのか?)


 表にはそう現れなかった動揺だが、それでもクロードは気が付いた。他者の感情に敏感である必要がない者とある者の差だろう。


「イルケーア伯爵。貴方は世界にどれ程金眼の持ち主が残っていると思われますか」

「正確には分からないが、そう少なくもないんじゃないのか」


 金眼に生まれた王子王女が王座を継ぐことが多いと考えれば、血筋が維持されている国がほとんどのはずだ。


(僕のように、母が継いでいなくとも世代を超えて発現する場合もあるのだし)


 血は枝葉のようなもの。どこかで不意に途切れない限り、連綿と続き、広がっていくものである。


「我々が確認できているのは、八人です」

「!」


 予想外の少なさに、今度ははっきり驚きを顔に出してしまった。


「金眼の持ち主の子どもが、必ず金眼を持って生まれてくるわけではありません。帝国が瓦解してから長くの時が流れ、その重要性が失われつつあることも理由の一端でしょう」


 危機感を覚えている様子でクロードは言う。

 普通に生きていくだけなら、瞳の色など何でもいい。王としての才覚があれば、政治も問題ない。

 だがリューゲルでローグティアと、もしかすればより深い位置にある神聖樹に触れたエルデュミオには分かる。


(神聖樹が生み続けている膨大なマナに触れて変質させるには、かなりの親和性が必要だ)


 そうでなければ、触れた瞬間呑まれかねまい。


「長き時をかけ、魔に侵された神聖樹を再び聖神の加護を持つ呪力で清めることは可能です。ですがどうやら、それでは間に合わない」

「神聖樹を魔力に変えようとしている者の中に、金眼の持ち主がいるということか?」


 エルデュミオは神聖樹からマナを引き出し、一瞬でリューゲルのローグティアが宿す力を変質させた。

 いずれは大地の実りに呼応した黄金色へと戻っていくだろうが、今は純粋なる癒しを顕した白色だ。


(逆も、おそらくできるだろう)


 意思一つで神聖樹は応えたのだから。


「いえ、それはないかと。もし魔に堕ちた金眼の持ち主がいれば、神聖樹はとうの昔に魔力に染まっています」

(それもそうか)


 体感したからこそ、クロードの言葉にうなずけた。


「大地に恵みをもたらすローグティアは聖神の加護の元、世界各地に存在しています。どこのローグティアからでも神聖樹に影響を与えることは可能であり――また金眼を途絶えさせマナの恩恵を心身で受け取れなくなった国々は、この異変を軽視している」

「……大変、危険な状況ですね」

「その通りです。その中でストラフォード王国は金眼を継いだ殿下方がいらっしゃる。そしてローグティアを救いに行動を起こしてくださった。我々聖神教会も、協力は惜しみません」

「心強いお言葉です」


 ここに聖神教会の聖席がいるのは少々癪だが、大枠としてはエルデュミオもルティアの言葉に同意する。

 世界の国々に根を張り影響力を持つ聖神教会が、危機感を持ってくれているのはありがたい。クロードの様子からして、ルティアを王に押し上げるのを待つまでもなく、聖王と渡りを付けることも可能かもしれない。


 それはそれとして、ストラフォードを国として動かすために、王座を埋める必要があるのは変わらないが。

 歓迎すべきこの状況でエルデュミオが気に食わないのが、クロードが『協力』を口にしたためだ。


(ローグティアの異変を治めるのに、自分たちが介在していないのが面白くないというだけ。実際には何の役にも立たないだろうに、厚顔無恥も甚だしい)


 エルデュミオやルティアからすれば、ローグティアを癒すのにクロードの力など不要なのだから。


(聖神教会の権威を維持するのに有益だからと、諦めるしかないが。手柄を掠め取っていく卑しさにはうんざりだ)


 せめて何かしらの役には立たせよう、と心に決める。


「私は町の神殿に滞在していますので、ご用がありましたらお伺いください」

「ありがとうございます。実は明日明後日にも、ローグティアの元へ向かおうと思っているのですが」

「よろしいかと思います。その時は私も同行させていただいても構いませんか?」

「勿論です」


 快諾したルティアに、クロードは満足そうな笑みを浮かべて大きくうなずく。


「ストラフォード王国とは、親しき友になれましょう。では、失礼します」


 利益も目的も一致している。抉れようがない会談は、始終和やかに運び、終わった。

 クロードの退出を見送って、エルデュミオは鼻を鳴らす。


「気に入らない」

「なぜです? 良いお話だったではありませんか」


 心の底からそう思っているらしく、ルティアはきょとんとして首を傾げた。その無欲で純粋な心性が、あまりに頼りなく腹立たしい。


「己の功績に執着することを覚えろ。そんなことじゃいつまでたっても王座になんか就けないし、就いたところでいつ追い落とされるか知れたものじゃない」


 功績とは、分かりやすい名誉だ。人の尊崇を得て、座る権力の椅子に相応しいことを主張する。


「……気を付けます」


 自分が人々の支持を取り付けるのが必要だとは分かっているのか、ルティアは自信がなさそうにエルデュミオの言い分を受け入れた。

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