第11話

 書いた手紙をスカーレットに渡して配達の手配に向かわせてから、エルデュミオは領主館を訪れた。

 リューゲルで代官を務めているのは、オルゲン・コルデッキオという初老の男だ。

 白髪が目立つようになった藍色の髪を綺麗に撫で付け、身形も姿勢も衰えを窺わせない。


「ようこそお出でくださいました、エルデュミオ様」

「ああ。代官の務め、ご苦労。ときに、なぜ僕がリューゲルに足を運んだか、理由は分かっているだろうな」

「お恥ずかしい限りにございます。治安悪化の件でございましょう」

「その通りだ。把握すらしていない無能ではなくて、安心したぞ」


 領主館の中でも、奥まった位置にある小部屋。ソファの上座に座って脚を組み、己の二倍以上の年齢の相手をねめつける。


「それで、なぜ放置している」

「ただいま、事実確認を終えたところにございます」

「ふん。では、事実だったのか?」

「……はい」


 表情に苦渋を滲ませて、オルゲンは認める。


「私の目が曇っていたこと、弁明の余地もございません。しかしここまで来てもなお、分からぬことがございます」

「それは?」

「さらわれた民の行方です。それに、このような大それたことを、なぜセルジオが行ったのか……」

「賊には、足りない税収を補うため、と言ったらしいな」

「とんでもないことにございます」


 首を横に振り、オルゲンは否定する。


「昨年、農作が不調だったのは事実だろう? しかし確かに、リューゲルが納めた税は然程下がっていなかった。他の何を売ったんだ?」

「恵まれた土地の豊かさに胡坐をかくようでは、代官失格でございます。収支をご覧いただければ、納得していただけるかと。帳簿をお見せいたしますか」

「いや、いい」


 この場ですぐにその答えが返ってくるのなら、少なくとも探られたときに問題がないように調整されているはずだ。本当に疚しくないのであれば、それこそ問題ない。

 別に不正を暴きに来たわけではないので、監査に入ろうとは思わなかった。


「さらわれた者の行き先が分からないと言ったな。誰一人か」

「然様にございます」

「……妙な話だ」


 人間が煙のように消えるはずもない。数人ぐらいは足取りを掴めそうなものだが。


「まあ、いい。賊を捕らえれば少しは分かるだろう。セルジオとやらの後任を決めておけ」

「は。滞りなく」

「それでいい。――そうだ、あと一つ。この人さらいが起こったのは、いつからだ?」


 オルゲンの処理能力に問題はなさそうだった。そのため、疑問が湧いたのだ。

 ルティアがリューゲルの情報を得るなら、十日以上の時がかかるのが普通だ。当然、それ以前から事は起こっているはず。

 まさかリューゲルを監視しているわけでもないだろうから、リーゼを派遣するにしてもさらに遅れは生じているはず。それこそ、発生から一月以上は経過しているものと思っていた。


「そうですな……。半月ほど前になりましょうか」

「――」


 思い起こす間を空けてから返ってきたオルゲンの答えに、エルデュミオは絶句する。


(馬鹿な。早すぎる)


 エルデュミオがルティアから情報を得たのが十一日前。たとえリーゼが始めからリューゲルにいて、発生と同時にルティアに伝えに行ったとしても時間が合わない。

 では賊の準備を嗅ぎ付けて、ルティアを頼ったのだろうか。


(……どんな奇跡だ)


 あまりに都合が良すぎる。そんなことが起こるなど、信じ難い。


「いかがなさいましたか」

「……何でもない」


 答えられるはずもなかった。エルデュミオ自身、わけが分からなかったのだから。


「――今、父上に手紙を送り、セルジオの身柄を別領に移し昇進の手筈を整えている。お前の名前で警備軍に討伐命令を下して準備を始めさせろ」

「承知いたしました」


 公に討伐隊を出す。そのために編成と準備をする――となれば、テッドも勝手には動けなくなるだろう。というより、彼に協力して独断で行動を起こす者が減るので、自然、テッドも動けなくなる。

 テッドはオルゲンのことも信じていないだろうが、同じことをするのにわざわざ命令に逆らって先走り、罰を受けたい者は少ない。多少の時間稼ぎにはなるはずだ。


「隊長格には、情報規制を徹底させろ。己の身、強いては親族に悪評の類が及ぶことを忘れさせなければ、それなりの働きが期待できるだろう」

「心得てございます」


 オルゲンの表情も声も、微塵も揺らがなかった。当然の指示を受けただけの様子である。


「ときに、功を認められ、他領に招かれ昇進しましたセルジオですが、すぐにも送り出すことが可能でございます。最近は魔物の凶暴化も懸念されているところ……。彼の者の行き先を知れば、皆、己の職務に忠実に励んでくれましょう。いかがでしょうか」

「お前もか……」

(僕の周りには、どうにも安直な殺したがりが多い。……それが許される権力があるから、か)


 死人に弁明はできないし、都合の悪い事実を語られることもない。

 理解はしているし、エルデュミオとて似た手段を講じるつもりである。オルゲンを責める資格はないし、そのつもりもない。

 だが改めて他人の口から聞くと、妙な抵抗感を感じる。

 それでいいのか、と。


「私も、とは?」

「侍従も似たようなことを提案してきた」


 スカーレットの対象はテッドだったが。


「然様にございましたか。では……」

「却下だ」

「何故にございましょう?」


 即断したエルデュミオに、オルゲンは静かに聞いてきた。そこにどう感じたかの感情は見えない。


「関係者を急いて片付けては、知らない者まで深読みしかねないだろう。特に王宮は、そういう噂が大好きな奴らが大勢いる」

「噂ごとき、気にされることもありますまい」

「己の無能の対価を、イルケーアに支払えというのか。大層な厚顔だな」


 噂が立たないように計らうのが当然。それによってイルケーア家が揺らぐ、揺らがないは、まったく別の問題だと告げる。


「これは……失礼いたしました。大きな傘の下にいることに、慢心していたようです。ご指摘いただき感謝いたします」


 エルデュミオがオルゲンの言葉を受け入れなかったのは、感情的な理由が大きい。しかし一理はあるので、オルゲンはすぐに主張を覆して謝罪した。


「賊徒が無法を働いた。僕たちは法の下、その行いを罰するだけだ。いいな」

「しかと、承りましてございます」

「期待している」


 自分の要求を百飲み込ませて、エルデュミオは席を立つ。

 オルゲンを始めとした上級使用人たちに見送られ、領主館を後にした。

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