初陣


「アーサー、武具も手に入れたし実戦に参加してみない?」

 僕が鎧と剣を手に入れた次の日。帰宅する車内の中で、有希が唐突に切り出した。

「いいよ。僕も準備万端だ」

 僕は自信を込めて自負する。今日の活動で鎧と剣をさっそく使ってみた僕は、その性能を存分に発揮させていた。吸血鬼と闘ったときも、この鎧と剣があれば楽に撃退できていたかもしれない。そう感じさせる程に僕の強さを下支えしてくれた。

「流石アーサー。じゃあ、ちょっと待ってね」

 そう言って有希は目を閉じる。僕はどういう意図の行動か読み取れず、ただずっと目を閉じた有希を眺めていた。すると、次第にその顔がキス待ち顔に見えてしまい、そのままキスをしてしまいたい衝動に駆られた。

「うん、大丈夫そう」

 しかし、僕がウダウダしている間に有希は瞼を開いてしまった。人形のような美しい顔で安堵するように言った。僕はその意味を測ることができない。

「ごめん、前川。次の角を右に曲がった所で止めてくれる?」

 有希は前川さんにお願いする。

「かしこまりました」

 前川さんは有希の意図が読めたのか、理由を聞くことなく従った。



「こっちよ」

 有希は車から降りると、僕の手を引いて路地を歩き出す。なんの気なしに繋がれた手に、僕は僅かばかりに照れくささを感じた。

 クネクネと路地を曲がって裏路地に入っていく。始めに降ろされたのは人通りの多い場所だったけど、入り込んでいくにつれて人気はなくなっていった。

 僕は、何故ここに降りたのかを引っ張られながら考える。


 まさか、ここでエッチなことするとか!


 なんてね。人気のなさから桃色の妄想が広がったけど、もちろん本気でそうだと思った訳ではない。でも少しぐらいなら有り得えないかなと期待するぐらいには、人気のない所に有希は入っていくのだ。

 有希はさらにいくつか路地を折れた所で、歩くのを止めた。

 どうやらここが目的地らしい。僕は辺りを見回してみる。しかし、分かるのは特に何かある訳でもない路地裏であるということだった。

 僕が実戦をするためにここに来る理由はなんだろう? と考えを巡らせていると


 にゃー


 かわいらしい猫の鳴き声が聞こえてきた。ちょうどこの近くの路地から出てきたようだ。出てきた猫は茶白の体毛とクリっとした茶色の瞳で僕をじっと眺める。確か、じっと眺めるのは警戒してるんだったかな?

 僕と猫はしばらくお互いを見つめ合う。猫はこちらを警戒しているようだが、逃げる様子は見られなかった。

「アーサー。この猫拾って」

 有希は猫を指さして言った。

「えっ? うん、わかった」

 僕は有希の指示に従って猫に近づいていく。猫は警戒している様子だったが、それ以上に僕たちに飼われるメリットに気づいたようだ。媚を売るように、大人しく僕の腕の中に収まった。

 猫を抱き抱えた僕はしばらくその意図を読み取れずにいた。飼うことは別に構わないけど、それが進人狩りの仕事とどういう関係───

 そこまで考えて、僕は可能性に気がついた。


「もしかして、この猫が進人に?」


 自らの考えを確認するように有希に尋ねる。有希はコクンと首を縦に振り

「そう。なるのは一週間後だけど、今から隔離しておこうと思って」

 といきなり予言じみたことを言った。僕にとって有希の言い分は謎だらけである。

 なぜそうなることが分かるんだ? 既に屍人になっているのならばまだしも、この猫はまだなんの変化も起こしていないのに。

 屍人になるのにあたって、事前の兆候は見られないことが報告されている。昨日まで元気に過ごしていた人であっても、なにかの拍子に発症してしまう事例は後を絶たないのだ。

 それ故に、屍人はいつどこであっても出現する可能性がある。それは人通りの多い場所や、住宅街のド真ん中であっても例外ではない。

 だからこそ素早く、完全な個人で倒すことができる屍人狩りの存在は貴重なのだ。現在、この仕事は『世界で最も難しい仕事』として従事するものは10人もいない。

 それだけいきなり発症する病気なのだ。そんな病気の特定を有希は平然と実行していた。やっていることは神業と言って相違ない。

「どうして分かるの?」

 僕は聞かずにいられなかった。まるで預言者のような有希の真意が知りたい。

「私はね、見えるのよ。未来が。その力でこの子の未来を観測したわけ」

 有希は自分の眼を指さしながら、とんでもないことを言い放った。

「み、未来が見える……?」

 僕は突拍子もない発言に面食らう。

「ははっ、まさかそんな冗談」

「冗談じゃないよ。この猫はこれから一週間後に発症する。それに私、一度アーサーの前で未来視を使ってるんだけど」

「え? いつ?」

「椿とアーサーが部屋に不法侵入してきたとき。あのときも、入ってくる未来が見えたから事前に準備できたのよ」

 確かにアレは、あまりにも出来すぎだった。まるで最初から分かっていたかのような──


 まさか、本当に可能なのか?


「じゃあ、ローレンスが未来視を持ってないって言ってたのって……」

「同じことができれば分かると思ってね。けど使ってる様子が見られなかったのよ」

「そういうことか。ちなみにだけどさ、未来はどこまで見れるの?」

「自分自身なら一ヶ月先まで主観視点で見えるわ。他人なら、対象を絞ればその人の一生の可能性を見ることも可能よ。全体を俯瞰した場合は、重要な場面がフラッシュバックするように一瞬だけ。後は自分に危機が迫ってるときも同じように一瞬だけ見えるわね」

「お、おう……情報が多くてついていけない」

「とにかく、私は未来視を使ってこの子の未来を見て、特にイレギュラーはなさそうだから、仕事として選んだというわけ」

「ちなみに、発症しない可能性は見えなかったの?」

「私が見た限りでは、この猫の発症は避けられない」

 有希は猫に対してどこか憐れんだ目を向ける。無理もない。屍人になるということは死亡宣告に等しい。

「どう? できそう?」

 有希が僕の様子を伺う。その瞳は断られないのを確信しているようだった。

「できるよ。この子は可哀想だけど、やるからには手を抜かない」

 僕は快諾した。愛らしい仔猫であるこの子を殺すのは心が痛むけど、それでも有希がなるという以上はしょうがない。

「けど、それまでペットとして飼ってもいいかな?」

「うーん、どうせ殺すことになる以上、あまり甲斐甲斐しくお世話するのはオススメできない。きっと殺すのがツラくなるから。あくまで隔離だと思った方が良いと思う」

 有希は真剣に考え直すよう諭してくる。

「だからこそだよ。この仔猫を殺すにしても作業として処理するより、愛情を持って送り出してあげたいんだ」

「……アーサーって、変な所でロマンチストだよね」

「そうでもないさ。一応理由もあるよ。愛は奇跡を起こす力があるんだ。癌や難病に対して、愛情が勝利したのを何度もテレビで見ている。これも病気なんだから、可能性はあると思うよ」

 それだけじゃない。吸血鬼に襲われたときだって、有希を想ったから切り抜けることができたのだ。同じように、このにペットとして愛を注いであげれば、奇跡が起こるかもしれない。

 有希は眉を寄せて苦々しい顔をする。ここまでロマンチックな理由とは想定していなかったのだろう。

 でも僕とてロマンチストだから言っている訳じゃない。これは賭けだ。僕は本当はこの子を殺したくない。この姿を見てしまったら、なんとかして生かしてあげたくなった。

「頼むよ。屍人になったときは、僕が責任を持って倒すから」

「わかったよ……」

 有希は渋々と言った形で折れる。あまり納得が行っていないことは明白だった。

「ごめんね有希。わがままに付き合わせて」

 僕は有希に対して、申し訳ない気持ちになった。



「というわけで、今日からこの猫を飼わせてほしいんです」

 家へ帰ると僕は、お義母さんに事情を説明しに行った。

「わかったわ。けど、もし屍人になったら頼むわね」

「わかっています。責任はしっかり果たしますから」

 お義母さんは僕の言葉にニコリと笑った。

 仔猫は、家に着くとだだっ広い敷地を縦横無尽に歩き回っていた。猫からしてみればこの家の広さはいい探検になるのだろう。

 しかし、しばらくするとお腹が減ったのか僕の下に戻ってきて、スリスリと僕の脚に頬を擦りつけていた。

「今日から一週間。しっかり面倒みてやるからな」

 僕はスリスリしている猫を抱き上げる。

「ほら、たらふくお食べ」

 そうして餌のもとまで連れていくと、仔猫は美味しそうにキャットフードを食べ始めた。



「ほら、猫じゃらしだぞ」

 ご飯を食べ終わった後は仔猫と遊んでやる。仔猫はおもちゃに興味をそそられてパンチを放つ。猫がこういうのが好きなのは知っていたが、実際に遊んでいる仕草を見ると中々に癒されてしまうな。

「そうだ、名前をつけてやらないと」

 少なくとも一週間はペットとして飼うのだ。名前があった方がいいだろう。といっても、パッと浮かぶほど僕はクリエイティビティに溢れていないので、すぐには思い浮かばない。

 そうしてしばらくの間、僕はこの子に相応しい名前を考えていた。インターネットで調べたり、インスピレーションに頼ったりしてみた結果、『ケイコ』という名前にすることにした。この猫の品種はスコティッシュフォールド。この品種の、明るい茶色の毛並みからインスピレーションを得たのだ。

 ちなみに、ケイコという名前からもわかる通り彼女はメスだ。

「ケイコ、おいで」

 僕は名付けた名前で早速ケイコを読んでみる。ケイコは初めは戸惑ったようなそぶりをしていたが、すぐにそれが自分を指した言葉であると気づいたようだ。



 そうして、ケイコの武藤家のペットとしての生活が始まった。僕は毎日のようにケイコにご飯をやり、遊んでやる。もちろん躾もする。

 僕だけじゃない。武藤家の人たちがケイコの飼育を手伝ってくれた。有希もよそよそしい態度をしつつも、手伝ってほしいときは手を貸してくれる。

 ケイコを飼って思ったことは、この子は気位が高いということだった。仔猫でありながら、動きの節々に上品さを感じることができる。

 それでいてたまに抱きかかえてやると途端に甘えん坊になる。どうやら抱えられるのが気に入ったようで、日が経つに連れて、自分から抱えられるのをせがむほどだった。

 また猫でありながら人間のようにきれい好きだった。普通の猫なら嫌がるお風呂や爪切りをケイコはあっさりと受け入れた。知能が高いおかげか、人間がどうして爪を切ったり、お風呂に入れようとしたりするのかを理解しているようだ。



「お前は抱えられるのが好きだな」

 僕はケイコを抱きかかえながら語りかける。ケイコを飼い始めて既に6日が経過していた。

「お前を飼い始めてもうすぐ一週間。やっぱりまったく屍人になる気がしないなあ」

 僕はこの一週間でどんどん愛着が湧いていくケイコに、寂しさを混じえながら言った。


 にゃー


 ケイコはそんなことなど露知らず、リラックスしたように緩やかに鳴いた。



 そして6日目の夜。

「ねぇ有希、ケイコはもうどうにもならないの?」

 猫を抱きかかえた椿さんが有希に尋ねている。この一週間で、ケイコはすっかり武藤家に馴染んでいた。

「何度未来を見ても変化しないわ。この猫が進人になるのは確定事項よ。でも……」

「でも?」

「変なのよね。最初は屍人になった姿がはっきりと見えていたんだけど、今はなるのは同じだけど、その姿が安定しないの?」

「どういうこと?」

「つまりね。未来をいくつか見ていくと、所々で少し違う姿があるわけ。いずれも特徴として、人間に近づいてるんだけど……」

 僕は有希と椿さんのやり取りを聞きながら、ケイコの餌を用意していた。


 進人になる未来が変わってきてる? まさか⁉


 僕は自分の立てた理論が現実になりそうなことに驚く。もしかしたら、本当に奇跡が起こせるかもしれない。

「今日は一緒に寝ような。ケイコ」

 椿さんからケイコを引き取り、餌を与えながら僕はケイコに語りかける。ケイコは基本的にはその日の気分で寝床を変えているのだが、今日だけは僕のベッドで一緒に寝てもらうことにした。



「それにしても、まさか有希まで一緒に寝ようとするとは思わなかったよ」

 現在僕とケイコ、そして有希は僕のベッドに集まっていた。さっきのケイコへの宣言を聞いた有希が、僕と一緒に寝ることを提案してきたのだ。

 まさか猫に嫉妬するとは思わなかった。僕がケイコを寝る相手に指名したのが気に喰わなかったようである。


「もしケイコが寝てるときに進人になったら大変でしょ?」


 以上が有希の言い分である。しかし、未来を視ることができる有希が『かもしれない』でそういう行動するのはおかしいと思うのです。まあ、それは置いといて。

「わかってるよ。僕は有希と寝れて嬉しい。そして、ケイコも有希と一緒に寝れて喜んでいる。まさにウィン・ウィンの結果だ」

 僕はそう言ってケイコを見る。現在、ケイコは有希の枕元で丸くなっていた。今日は有希と寝たい気分だったらしい。

 それに、結果として僕は有希と同じベッドの中で眠ることができるのだ。既に心臓はドキドキで止まらない。

「ちなみに何時になる予定なの?」

「なるのは放課後よ。だから、学校が終わったらすぐに帰って準備しましょう」

「わかった」

「それじゃあ寝ましょうか。もう11時だし」

「そうだね」

「アーサー。抱きしめるまでは許すけど、変な所を触ったら床ペロしてもらうからね」

 有希は警告するようにジト目をする。けど安心してほしい。世界ヘタレチャンピオンの僕がそんな度胸のいることできる訳がない。

 多分、抱きしめるのも無理だと思う。というか、寝れるかすらわかんない!



 深夜、有希とケイコは既に就寝していた。

 僕はといえば、やっぱり寝ることができずに有希とケイコの寝顔を拝んでいた。ケイコは丸くうずくまって上品に眠っている。

 有希は寝静まっていながら、一部の隙もない寝相で微かに寝息を立てていた。僕と同じベッドに寝てるのに、どうしてこうもあっさりと寝れるのだろうか? 未来視で僕が襲わないの見えていたのかな?

「コレがダメ押しになればいいけど」

 僕がケイコと一緒に寝る理由。それはできる限り明日までに愛を注ぎたかったのだ。

「ケイコ、明日も元気でいてくれよな」

 僕はうずくまっているケイコをそっと撫でた。生暖かいフサフサした毛並みがとても気持ちよかった。



 そして、運命の7日目。

 学校を終えた僕と有希は、ケイコを連れて山奥の開かれた場所へ瞬間移動した。

 みなき武具店から貰った鎧と剣を身に着けて、万全の用意でケイコの変化に備えている。既に有希からのバフも受け取っていた。

「そろそろよ」

 有希がスマホを確認しながら告げる。僕たちの間に、緊張がじんわりと熱のように広まった。緊張を紛らわそうとケイコを観察する。ケイコはキョトンとした顔つきでこちらを見ていた。


 本当に、ケイコが屍人になるのか?


 有希を疑っているわけじゃないけど、どこかで信じたくない気持ちがずっと燻っていた。


 このまま、何も起きなければ良いのに……

 そんな希望的観測をし始めたとき


「グミャ!」


 突然、ケイコが今まで聞いたこともないような苦しそうな鳴き声を発した。その鳴き声を合図に苦しそうに咳をし始める。明らかにさっきまでと何かが違っていた。

「始まったわ」

 有希が眉間に皺を寄せて警告する。その声には緊迫感があった。


 やっぱり、変えられなかったか……


 ケイコの身体がドンドン肥大していく。胴体から身体が膨張し、それに釣られるように全身が大きくなる。生の肉が、グチュグチュと気味の悪い音を立てて変化していく様が生々しい。子どもの頃にこの光景を見ていたならば、きっとトラウマになってたな。


「ぐっぐぅ!」


 ケイコだった存在が悲痛な叫びを上げる。

「有希! もう殺してやった方が良いんじゃ!」

 ケイコの苦しそうな声に、すぐにでも楽にしてやりたくなる。

「待って! なんかおかしい!」

 有希が叫んで止める。どうしたんだ? 有希が焦ってるぞ?

 ケイコの変化は留まることなく続いている。身体は徐々に女性のモノに変化し、顔も人間に近づいていく。体毛は禿げ落ち、茶色い体毛の奥から、薄だいだい色の肌が見え始め──


 あれ、おかしくないか?


 僕はケイコの変化に疑問を抱く。何故なら、身体が人間に変化していたからだ。あれだけ生えていた体毛は完全に抜け落ち、薄だいだい色の肌に茶色い髪が生え初めている。屍人の特徴は、屍とつくだけあって腐敗した身体だ。こんなにしっかりした身体を持つはずがない。

「まさか、人間になってる⁉」

 有希はケイコの姿に動揺を隠せない。いや、動揺しているのは僕も同じだ。

 ケイコだった少女には、仔猫だった頃の名残りとして耳と尻尾が生えていた。しかし、それ以外は完全に人間の女性と言って差し支えない。先の変化を見てない人間には、コスプレをした女性にしか見えないはずだ。

 ケイコは苦しむのをやめて四つん這いになり、微動だにしない。

「おい、大丈夫か?」

 僕はケイコに声を掛ける。彼女はその声に反応を示し、こちらに視線を向けた。

「ううっ!」

 だが腹の底から響かせたような声を鳴らして、こちらを威嚇する。僕のことがわからないのか?

「忘れたのか? 一週間とはいえ、一緒に暮らした仲じゃないか」

 説得するように声を掛けるが警戒は解けない。

「ダメよ」

 有希が後ろから諦めるように呟く。

「屍人の症状が出てる。恐らくまともな理性は備わってないわ」

 そして努めて冷静に現状を解説してくれた。まるでクールダウンをさせようと、自らに言い聞かせてるようだ。

「どうするアーサー? このあなたの初仕事、あまりにイレギュラーだから私が────避けて!」

 有希が話を中断して叫ぶ。

「しゃぁ!」

 ケイコは唸り声と共に僕たちに急接近し、引っ掻くように爪で攻撃してきた。

 僕は有希の声のおかげで間一髪で躱す。咄嗟のことで体勢を崩したが、攻撃を受けることはなかった。


 やるしかないのか?


「ブラッド・パージ」

 僕は呪文を唱えてエクスカリバーを構える。しかしそれを振ることに躊躇いが消えなかった。もう少し異形であれば躊躇いつつもできたかもしれないが、今のケイコはただの人間にしか見えない。

「その子の強さは未知数よ! 早く倒さないとあなたが危険!」

 有希が声を張り上げるも、ほぼ同時にケイコが僕に飛び掛かってくる。

「くっ!」

 エクスカリバーでケイコの攻撃を受ける。重い! 攻撃を防いで尚も身体が衝撃を受ける。ケイコの一撃は僕の身体にダメージを通してきた。

 ケイコは攻撃の手を緩めない。その速さは剣で防ぐのが精一杯で反撃の余地がなかった。

「くそっ!」

 ジリ貧から脱しようと振り払うように剣を薙ぐ。しかし、反射神経も向上しているのか、ケイコは華麗に宙返りを決めて間合いを離した。そして四足で綺麗に着地すると、こちらを鋭く睨みつける。

「ゔゔぅ!」

 猫耳少女は濁った鳴き声を発して威嚇した。再びこちらに飛びつくのも時間の問題だ。

「私が代わるわ! あなたじゃあその子には通用しない!」

「初めに言った通り、これは僕が責任を持って終わらせる! だから有希は、そこで見ていてくれ!」

「でも、あなたに万一のことがあったら!」

 有希は純粋に心配しているようだった。それはありがたい。だけど、僕は有希に誓ったことを曲げることはできない。

「大丈夫! それにまだ諦めた訳じゃないんだ! 姿が人間になっているならば、ここから理性を獲得させられるかもしれない!」

 そこまで言って僕は向き直る。ケイコは髪の毛を逆立てるほどにいきりたっていた。

 次の瞬間、彼女は一足飛びに飛び込んできた。強かな踏み込みが地面の土を抉る。そして鋭い右爪が、こちらを引き裂こうと迫ってくる。

 僕はそれを右に転がりながら避け、すぐさま体勢を立て直す。獲物を逃した猫耳少女は着地と同時にこちらに標準を合わせて、猪突猛進に突っ込んできた。

 今度はバックステップでいなす。そこにケイコは、追撃とばかりに左、右と鋭爪を使って連続攻撃を繰り出してきた。

 僕はそのことごとくを躱し、受け流し、剣で防ぐ。


 さっきよりもスピードが落ちてる?


 僕は一連の動きを見てケイコの変化に気づく。人間の姿をしているとはいえ元は猫。もしかしたら、彼女はスタミナがあまりないのかもしれない。もしそうならば、こちらから反撃も可能だ。

 だけどそれは目的じゃない。探すのはケイコの理性を取り戻す算段だ。

 攻撃を捌きながら観察に全霊を注ぐ。何か突破口があるはず。


 そうだ!


 僕はある計画を思いついた。コレができれば、ケイコを救うことができるかもしれない。

「はあっ、はあっ」

 ケイコは攻撃して疲れたのか、息を切らせながらこちらに視線を向けている。やはり体力はないみたいだ。

 なら動けなくなるまで逃げ続けよう。ケイコ、僕はとことんまで付き合う。だから君も奇跡を起こせるように頑張れ!

 僕はエクスカリバーを地面に突き刺し、両手を広げてケイコを挑発した。

「さあケイコ。僕はここだ。どこからでも掛かってこい!」

 ケイコは腹を立てたのか、僕目掛けて突撃してくる。

 そうしてケイコが疲れて動けなくなるまで、攻撃を避けて避けて避けていった。ケイコの爪を用いた攻撃は、理性がない故に単調で、さらに疲労によってどんどん精細を欠いていった。


 そんなことを続けること5分。


 ケイコはゼエゼエと息を吐きながら攻撃しようとする。しかし、既にスタミナは限界を迎え、身体は動かなくなっていた。


 遂に、ケイコの動きを止めることに成功した。


 僕はケイコに歩み寄る。ケイコは疲れ切った表情でこちらを見ていた。

 僕はケイコに微笑みかけながら、ケイコと同じ視線にまで腰を下ろした。そして


「お前は、こうやって抱きかかえられるのが好きだったよね」


 と囁きながら抱きしめた。

「……」

 ケイコは何が分からないのか動かないのか、微動だにせず抱き締められている。

「うう」

 すると、背中に確かな力を感じだ。これは、ケイコの方から抱きしめ返される感覚だ。

「ケイコ?」

 僕は確かめるように呼び掛ける。

「……確かに、私は抱きしめられるのが好きでした」

 ケイコがこちらを抱き締めながら言葉を話した。え? ちょっと待って?

「今のは、ケイコが話したの?」

「はい。ご主人様」

 彼女は、僕の見据えながらそう言った。


「「ケイコが喋った!」」


 僕と有希は目の前で起こった出来事に驚く。まさか、こんな結末になるとは! これは人類史上初の出来事だ!

「あの、ご主人様。そろそろ離していただけるとありがたいのですが……」

 ケイコは抱きかかえられた状態が苦しいのか、離すよう頼んできた。

「大丈夫なのか?」

 僕はケイコに尋ねる。

「心配ありません。見ての通りです」

 ケイコは何故か敬語で宣言する。確かに流暢に言葉を話せるし、言葉遣いも丁寧だ。間違いないだろう。

「わかったよ」

 そう言って僕はケイコを抱いた状態から解放する。すると、ケイコはうーんと伸びをした。

「な⁉」

 僕はことここに至ってある事実に気づいた。真剣になっていて忘れてたが、ケイコは一糸まとわぬ姿だったのだ。今、僕の前には見事な裸体が露わになっていた。


「ん? どうしました。ご主人様?」

 ケイコは特に気にならないといった雰囲気で、こちらに語り掛けてくる。けど、こっちはめちゃくちゃ気になる。免疫がない僕には刺激が強すぎる!

 すると僕を案じたのか、有希が大きなバスタオルをケイコに被せた。おそらくは瞬間移動で持ってきてくれたのだろう。

「ケイコ。アナタ、猫の姿に戻ることってできるの?」

 有希はケイコに警戒心を示しながら尋ねる。ケイコはバスタオルを被せられたままの状態で

「できますよ。有希様。しかし、何故そんなことを?」

「いいから。後、もう一つ聞かせてくれる? あなたって人間と猫、どっちが性愛の対象なの?」

 有希さん。ガンガン行きますね。どうやらケイコをライバル視しているようだ。ついでに調査も兼ねてると思うけど。

「それは……猫ですね。より正確に言えば『猫から人間になった種族』が適切かと思います。だから安心して下さい。あなたの旦那様を盗るようなことはしませんから」

 ケイコは、やっぱり賢いようで有希の真意を看破していた。有希は顔を紅潮させて


「違う! 違うから! これはあくまでも調査だから!」

 有希はテンプレすぎるツンデレムーブで言い訳していた。かわいい。



「ケイコ。君はどうやら私と同類のようだ」

 僕たちがケイコを連れて家に帰ると、真っ先に明美さんに診察をお願いした。そして、診察結果の最初の発言がこれである。

「それはどうしてですか? 明美様」

「君は服を着るのが嫌いだろう。私も同じでね。故にそう言ったのだ」

 僕たちは家に帰ると真っ先に服を着せてやろうとした。しかし、ケイコはヘトヘトの身体でありながら着せるのにかなりの抵抗を見せ、遂に着せることができなかったのだ。

 そのため、今もケイコはタオルを羽織っただけの状態だ。

「だが、君は猫になれるから不要なようだがね」

 明美さんはケイコを見ながらそう呟いた。

「その通りです。普段は猫で過ごせば問題ないのに、無理やり着せようとするから困ったものです」

 ケイコは流暢な日本語でそう返した。

「そんなに嫌がるなんて思わなかったのよ。屍人でも元の動物の特徴は引き継ぐのね」

 ケイコに服を着せようとした張本人である有希が感想を述べる。

「それで? 明美、他にわかったことある?」

 有希は明美さんに診断結果を尋ねる。実はケイコは明美さん主導のもとに、健康診断、身体能力テスト、知能テストなどを受けていた。また、カウセリングによる情報収集もした。

「肉体は人間の特徴をしっかりと有している。しかし、猫であったときの名残として猫耳と尻尾が残っており、頬からは特徴的なヒゲが生えるようだ。

 身体能力はかなりのモノを持っており、アーサーと有希以外では彼女を静止することは難しいだろう。

 続いて知能だが、人間の上位10%に入る程度の知能を持っていた。もしかしたら、進人になる条件として、人間に近い知能を持っているかが重要かもしれない。

 そして、最後のカウセリングからわかったことは、知性を獲得した進人は可逆的に元の身体に戻ることができることだ。既に何度か交互に変身してもらっている。その変化による知識、経験などの断絶は確認されていない」

 明美さんは長々とケイコについて説明していく。どうやら、明美さんは今回の一件にかなり興奮しているようだ。

「愛を注いだことが功を奏したのでしょうか? 少なくとも、有希の未来では観測できなかった結果のようですが?」

「現段階ではなんとも。ただ、私たちの行動が何か作用したのは確かだろうな。それが何に作用したかは断言できないが」

「はっきりと言えるのは、愛が未来を変えたということね。なんともロマンチック……」

 有希はうっとりするように所感を述べた。それを僕と明美さんがニヤニヤと眺めていた。

「それにしても、まさか屍人が理性を持った人間になるとはな」

「それでしたら、私たちが外来種であることが原因かと思います」

「外来種だと? 確かに日本の種ではないが」

「そうじゃなくて。私たち猫の世界では、スコティッシュフォールドは地球外からウイルスを運んだ種として嫌われているんです」

「「「はい⁉」」」

 ケイコさん? あなたは一体何を言ってる? 藪から棒が過ぎるよ!

「う、嘘でしょ? スコティッシュフォールドが宇宙産⁉」

「猫の世界ではそうだと伝わっています。宇宙では屍人は理性を持った人間になることがあるそうです。しかし地球人にはウイルスへの耐性がなく、もれなく腐敗した身体になってしまうのだとか」

「つまりゾンビ症候群の発生源は、宇宙から飛来したスコティッシュフォールドだと?」

「可能性は高いです。なにせ、ゾンビ症候群の発生とスコティッシュフォールドの発見は時期が近いですから」

 もうついていけない。屍人の発生源が宇宙からとか、信じるのは響也ぐらいだってマジで。

「と、とにかくこれからも経過観察をしていく。ケイコには有希同様付き合ってもらうからな!」

「はい。明美様。お付き合いします」

 ケイコは深々とお辞儀をしながら、動揺する明美さんの確認に応えた。



「アーサー、ちょっといい?」

 各自解散し、それぞれの部屋に戻ろうとする所で有希に呼び止められた。

「なに?」

「まずは初陣の感想を聞かせて?」

「そうさなぁ、例外すぎてあまり参考にならなかったかな?」

 初陣というのは、得てしてその場の空気になれる意味合いが強い。なのにいきなり例外詰め合わせセットに出くわしてしまったら、空気も何もないだろうという話だ。

「でも、逆におおよそのことには対応できそうな気がするよ」

 けど、そのおかげで対応力は馬鹿についた。今後活かせる機会があればだけど。

「色々あったけど無事に済んでよかった。結果としてケイコを殺さずに済んだし。だから……」

 有希はそう言うと、僕の胸元に飛び込んできた。

「えっ⁉ どうしたの急に!」

 僕はいきなりの有希の行動に驚く。いやホントになんで? こんな時の対応マニュアルは知らないんですけど!

「だって、アーサーったらケイコにあんなに情熱的にハグするんだもん」

 有希は頬を膨らませて言った。どうやらケイコにハグしたことが気に喰わなかったらしい。

「私のことは抱きしめなかった癖にさ……」

 有希はどうやら、昨日抱きしめてくれるのを密かに期待していたようだ。そういえば、抱きしめるまではオッケーって言ってましたね。

「あ、いやアレは。僕がヘタレだったからその……」

「だから逆襲とご褒美に抱きしめた。アーユーオーケー?」

「お、オッケー」

 しかしながら、僕はまたしても有希を抱きしめることができず、有希が満足するまでの間されるがままだった。

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